屋烏の愛 おくうのあい
8
襲名式を終えた海藤と真琴が、ホテルに軟禁されているジュウに会いに行った。
強制ではなく自ら動いた海藤にどうしてという思いが強かった倉橋だが、それを本人にぶつけることなど出来なかった。
「会長にこれ以上の心配は掛けないようにしていただけませんか」
襲名式の最中、1人になってしまう真琴の様子を窺いに行った倉橋は、そこでジュウのことを気にする真琴に胸の中がざわめ
いてしまい、思わずそう言って真琴を追い詰めてしまった。
ただの部下である自分にこんなことを言う資格はないはずなのに、どうしても海藤の心情に心を沿わせてしまうのだ。
しかし、そんな海藤自ら再びジュウに会いに行き、そこで改めて真琴が拒絶の言葉を言って・・・・・結果的に、海藤の、そして
真琴の気持ちが彼に伝わった様子を見た倉橋は、自分が空回りしていたのだと落ち込んでしまった。
「・・・・・」
「・・・・・」
ホテルから海藤達をマンションに送り届けた帰り、倉橋はとうとう我慢していた溜め息をつく。
すると、
「疲れた?」
運転をしている綾辻が声を掛けてきた。
(分かっているくせに・・・・・)
今倉橋が何を考えているのか、この男が判らないはずが無い。それなのに、気遣って話題を逸らしているような気がして、倉
橋は膝の上で握った手に強く力を込めた。
「克己?」
「・・・・・しばらく、真琴さんの顔が見れません」
「・・・・・」
「私は、自分の考えを押しつけて・・・・・っ」
真琴がどんなに海藤のことを想っているのか分かっていたつもりだった。いや、だからこそジュウに対して煮えきれない態度を取
る真琴が分からなくなった。己にとって一番大切なものがその手の中にあるのなら、他のものなど一切目が行かないはずだと思
う倉橋には、真琴が気持ちが揺れ過ぎていると思えたのだ。
(そんなことを私が思うことないのに!)
考えれば考えるほど恥ずかしくなり、このままどこかに消えてしまいたくなってしまう。
だが、そんな倉橋の気持ちを引き止めたのは、
「いいじゃない」
そう、なんでもないことのように言う綾辻の言葉だった。
「で、でも・・・・・」
「克己は社長のこともマコちゃんのことも大切で、2人のことを思うからそんな風に考えたんでしょう?それって全然悪いことじゃ
ないじゃない」
「綾辻さん・・・・・」
「マコちゃんだって、きっと感謝してくれている。自分のことをそれ程考えてくれる人がいるんだって」
「・・・・・」
違うと叫びたかった。2人のことを思っての言葉だったとしても、あの場で自分が言うべき言葉ではなかったのだと、子供のように
喚いてしまいたかった。
だが、出来ない。恥ずかしくて、出来ない。
その時、握り締めてた手の上に、温かな手が重なった。
「!」
「そんな風に、自分を許せなくて苦しんでいる克己って、可愛い」
「な、何をっ」
「でも、あんまり私以外のことでそんなに悩まないで?妬きもちやき過ぎて暴走しそうだから」
いきなり何を言うのか、倉橋は呆気に取られて綾辻の横顔を見つめた。
倉橋が海藤のことを思って真琴になにやら意見を言ったらしい。何時もならばそんなことをしない倉橋がそこまで踏み込んだ行
動を取ったのは、海藤を慕う上だと十分分かっていた。
(それを聞いた私がどんな風に思うのかなんて、鈍い克己には分からないかもね)
愛情と敬愛、似て非なるものだが、考えを変えれば違うがごく似た感情だと思う。
海藤のことは主として尊敬をしているものの、それ程倉橋の感情を揺さぶるのならば・・・・・憎らしくも思いそうだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「私のとこに行っていいの?」
「え・・・・・」
今から車を進めるのはどの方向か。綾辻は倉橋に決めさせたかった。
「明日は・・・・・」
「ゆっくりでいいって言われたわ」
「・・・・・」
「足腰立たなくなるほど抱き潰してもいいっていう許可かしら」
少しからかうように言えば、倉橋の肩が大袈裟に震えるのが分かった。最近、お互いに忙しくて、先日の自慰の延長のような触
れ合い以外、きちんと身体を重ねたことは半月以上無かったと思う。
(この私がこんなに待てをしているのに・・・・・)
その肌を知る前ならばともかく、自分の腕で甘やかに蕩ける肢体を知っている自分が、ここまで犬のように従順に時を待ってい
るのは、倉橋の肩に掛かっていた仕事が重く、大きかったからだ。
しかし、それも、襲名式も無事に終わり、ジュウのことも解決して、今自分達の時間はぽっかりと空いているはずで、それなら
ば倉橋の時間を自分が独占してもいいのではないだろうか。
「克己」
「・・・・・綾辻さん・・・・・」
「何も言わないのなら、私の好きにしてしまうわよ」
首を横に振りたくない。かといって、頷くことも簡単に出来ない。そんな倉橋の恥ずかしがり屋で意地っ張りな性格を知ってい
るからこそ、綾辻は自分から動いた。
「やっぱり、私のマンションは止める」
「え・・・・・」
小さく聞こえてきた声に落胆の色が含まれていると思うのは、単に自分の願望なのか。
「一秒でも早く、抱きたいから」
身体は疲れているが、頭は冴えていた。
目を閉じれば、昼間見た海藤の凛々しい姿を今でも鮮やかに思い出すことが出来るのに、今自分がいるのは・・・・・ラブホテ
ルの一室だ。
どちらかのマンションに行くまでの時間が待てないなどと、まるで十代の盛っている青年のようなことを言った綾辻に、倉橋は嫌
だと拒絶しなかった。
いや、こんなわけの分からない感情を抱いているからこそ、生活感の無い、セックスをするための場所であるホテルの方がいい
気がした。ここでなら、もしかしたら素直な自分が出せるかもしれない。
「お先に〜」
先にシャワーを浴びていた綾辻が、腰にバスタオルを巻いた姿で出てきた。何度も見た、それも自分と同じ男の裸体なのに、
濡れた髪や素肌が妙に色っぽくて視線のやり場に困ってしまう。
「今日は飲んでないのね」
「あ・・・・・」
(飲めば良かったかも・・・・・)
前回は自分の方が先にシャワーを浴び、後から入った綾辻を待っている間にアルコールを口にすることが出来たが、今回は自
分がシャワーから出れば直ぐに・・・・・するのだ。逃げることを考える余裕が無い。
「綾辻さん、あの」
「ゆっくり磨いてきていいわよ」
「・・・・・」
「どうぞ」
今更何を言っても仕方が無いのかもしれないと思った倉橋は、そのままバスルームへと向かった。
さすがにそういった種類のホテルのせいか、浴室も大きい。
倉橋のために湯を溜めてくれていたらしい綾辻の気遣いに心の中で礼を言いながら湯船に浸かると、自然と口からは大きな溜
め息が漏れた。
「・・・・・」
(気持ち、いい・・・・・)
随分、身体に力が入っていたのか、湯にゆっくり浸かると思った以上にだらりと神経が緩む気がする。
「・・・・・」
(何時も、だ)
何時も何時も、自分は綾辻に甘やかされている。いい年をした男が子供のような駄々をこね、それを倉橋のプライドを守りな
がらも上手にあやしてもらって・・・・・。なんだかとても情けないのに、こんな自分を見せられるのはあの男しかいないのだ。
(社長にだって・・・・・見せられない)
有能な部下の顔を精一杯見せ続けなければ自分が持たない。
「・・・・・ふぅ」
湯船から出た倉橋は身体を洗い、泡を流しながら・・・・・ふと、下半身に視線を落とした。
薄い下生えの中に見えるペニスが、僅かだが頭をもたげていた。追いつかない気持ちとは裏腹に、どうやら身体は今からのセッ
クスに期待しているらしい。
(まるで、淫乱みたいだ)
恥ずかしいが、今からこの身体を綾辻に見られるのだ。
(そう言えば・・・・・私は何もしなくてもいいんだろうか・・・・・?)
何時も何時も、綾辻に感じさせられてばかりで、自身ではほとんど何も出来ない。
少しは何かした方がいいのかもしれないと思った倉橋の脳裏に浮かんだのは、何時も綾辻が言っている言葉。
「克己のここ、何時も頑固に口を閉じちゃってるのよねえ。宥めるのが大変」
それがどこを指しているのか、さすがに倉橋も分かる。
男の身体だから受け入れるようには出来ていないと言えばそれまでだが、そう言ってしまうには自分はもう何度も綾辻を受け入
れている。どうすればそこが解れるのかももちろん知っていて・・・・・。
(少し、自分でもした方が・・・・・いいの、か?)
セックスは一方的ではなく、お互いが気持ちよくなるためにする行為のはずだ。
「・・・・・」
何時も何時も、綾辻に任せているばかりではなく、少しは自分でも・・・・・そんなことを思っている倉橋は、今自分が緊張感
から解放されてハイになっていることに気付いていなかった。
さすがにラブホテルに連れ込んだ時は、倉橋の顔色は真っ青になったり真っ赤になったりと忙しなかった。
しかし、こういう場所だからこそ、何も考えなくてセックスが出来る。特に、今の倉橋のように迷いが多い時など、どちらかのマン
ションに行ってしまえばその後の生活を考えてまたグルグルと悩みそうなので、わざとこの手のホテルを選んだ。
「あ、そうだ」
綾辻は不意に気がつき、立ち上がってバスルームの近くのスイッチを押す。すると、
「ふふ、綺麗」
スモークで見えなかったはずの壁が透明になり、バスルームの中が丸見えになった。
「こういう楽しみがないとね」
明るい場所では倉橋は恥ずかしがって身体を隠そうとする素振りが多くなるので、この機会にじっくりと堪能してやろうと思った
のだ。
こういう場所を利用したことが無いだろう(想像出来ない)倉橋には、この仕組みは分からないはずだ。上がる前にまたスイッチ
を切ればいいしと、綾辻はベッドに腰を掛け、頬づえをしながらその光景を見続けた。
「・・・・・こんなに綺麗なのにな」
最近の忙しさでまた痩せてしまったようだが、薄く筋肉がついた身体はしなやかで瑞々しく、とても30代半ばの男の身体には
見えない。
小さく引き締まった尻も、折れそうに細い腰も、赤い乳首も、綾辻にとっては芸術品に等しいものだった。
「・・・・・ん?」
なぜか、シャワーを浴びていた倉橋の手が不意に止まり、何か思案するように眉を顰めた。
もしかして、こうしてマジックミラーを見ているのがバレたのかもと思ったが、どうやらその様子は無く、
「!」
(か、克己っ?)
いきなり湯船の縁に片足を上げた倉橋は、シャワーノズルを持っていない方の手で自分の双丘の奥、今から綾辻が愛そうとし
ている場所に触れた。
「・・・・・っ」
(自分で慣らそうとしてる・・・・・?)
表情は不安げなのに、手を引こうとはしない。そして、
「・・・・・っ」
唇を噛み締めながら人差し指の先端を蕾に含ませた倉橋の姿に、綾辻は熱くなった顔を片手で覆ってしまった。
「やばい・・・・・クル」
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