屋烏の愛 おくうのあい











 「・・・・・ふ・・・・ぅ」
(も、っと・・・・・か)
 元々セックスに淡白だった倉橋は、女を抱く時も向こうのリードに任せることが多かった。少し潔癖症の気があるので、あまり
こちらから積極的に愛撫をすることを好まなかったからだ。
 それは相手が同性、それも、同僚といえる相手の綾辻になったとしてもあまり変わらず、どうしても(抱く抱かれるという立場に
係わらず)受身になってしまっていた。
 男同士の場合、特に繋がる前の様々な準備があるのだが、それさえも綾辻に任せていた倉橋。どうしてそう思ったのかは自
身でも分からないが、今日は自分で自分の準備をしようと思い立ったのだ。
 「・・・・・」

 クチュ

 シャワーを出しっぱなしにしているので音は響かないはずなのに、自分の肛孔に指をさし入れた音が妙に耳に響いた。
 「・・・・・っ」
(は、入ら、ない・・・・・っ)
綾辻のあのペニスを受け入れているのだ、指の1本くらい簡単に入るのではないかと思っていたのに、無意識のうちに怖がってい
るのか人差し指の爪先がようやく入ったくらいで、それ以上中に入れることは出来なかった。
 「ん・・・・・ぁっ」
(どうしたら・・・・・っ)
 爪先しか入っていないのに、何だか怖くて引き抜くことも出来ない。
どうしたらいいのかと視線を彷徨わせるものの、まさかこんな状況で綾辻を呼ぶなど出来るはずもなく、倉橋は顔を赤くしながら
俯いて考えた。
 抜くのは、可能かもしれない。だが、それでは何時もと同じだ。
 「・・・・・っ」
倉橋は唇を噛み締めながら何とか指を引き抜くと、近くにあったボディソープを手の平に出し、再びグッと指に力を込めて中へと
入れる。
その思いと滑りが助けてくれたのか、少しの抵抗感を感じながらも人差し指は根元まで入った。
 「・・・・・熱い」
 自分の中をこんなふうに触れるのは初めてだが、思っていた以上に熱く、さらには強く締め付けてくる。

 「克己の中、私のを強く締め付けてくるの。熱くて最高」

綾辻がよく言う言葉。単にその場の雰囲気を高める為の戯言だと思っていたが、今自身の指先に感じる熱さは予想以上のも
ので、倉橋は自分の中の感触というものを初めて知り、何だか眩暈を起こしてしまいそうだ。
(こんなとこ、絶対に見せられない・・・・・っ)
もう、かなりの醜態を晒してきているが、今の自分の姿を綾辻にだけは絶対に見られたくなかった。




 倉橋の手の動きが止まっている。
自身の中に触れるということに恐れを感じているのかもしれないが、綾辻からすればここまでする倉橋というものは想像ですらし
たことが無かった。
 「・・・・・」
(・・・・・ったく)
 奉仕されるよりもする方が性に合っている綾辻は、毎回入れる前の準備を自分ですることを面倒だとは思わなかった。
特に、相手は初めて何もかもを欲しいと思った倉橋で、徐々に彼の硬い身体が柔らかく蕩けていくのを間近で見ることが楽し
かった。
 だが、今目前に見せ付けられている光景は、それ以上の強烈な印象を綾辻に見せ付ける。
 「・・・・・無理」
これ以上黙って見ていることなど出来ないと思いたった綾辻は、直ぐに立ち上がった。




 「なっ?」
 何の前置きも無く浴室に入ってきた綾辻の姿に、倉橋は一瞬全ての時が止まったかのように硬直した。開いた足の間には
まだ自身の指が入っていて、その奥でどんなふうに指が蠢いているのか想像されるだけで羞恥で倒れそうだ。
 「あ・・・・・」
 「続き、して」
 「な、何を言って・・・・・」
 「克己が自分から私を受け入れようとしてくれていることでしょう?ちゃんと私に見せて」
 冗談で言っているのならばまだいいが、綾辻の眼差しはとても真剣で、倉橋が否ということも絶対に許さないという空気が感
じられた。
いや、そもそもこうしていることをなぜ知ったのか。シャワーを出しっぱなしにしているので音は聞こえないと思っていたが、もしかし
たら自分の耳に届いているよりも大きな音が外の綾辻には聞こえていたのかもしてない。
(わ、私は・・・・・っ)
 固まっていた身体がようやく動き、倉橋は慌てて指を抜いた。その動きさえも引きとめようと内壁が蠢いて、自分の身体だとい
うのに別人格を持っているのかとさえ思ってしまう。
 「もう終わり?」
 「見、見せるものではないでしょう・・・・・っ」
 ようやく言葉を押し出したが、みっともなく掠れてしまっていた。
それでも、話せただけましなのかもしれない。倉橋はそのまま逃げるように浴室から出ようとした。
 「!」
だが、脇を通り抜けようとした倉橋は腕を掴まれ、そのまま綾辻の腕の中に抱き込まれてしまう。身長はほとんど変わらないとい
うのに、なぜかすっぽりとおさまってしまう情けない自身の貧弱な身体。
悔しいと思う反面、それが安心出来て、倉橋は男の背中に手を回さないまでも、逃げようと抵抗するつもりはなかった。
 「ふふ、可愛い」
 「・・・・・っ」
(け、獣ですか、あなたは・・・・・っ)
 綾辻の笑みを見て一瞬そう思ってしまったが、綾辻の長い手が伸び、尻を撫でてきて、さらにその指が奥まった蕾を撫で摩っ
た瞬間、倉橋は無意識のうちの自身の腰を綾辻のそこに押し付けてしまった。
これ以上の醜態を見せたくないのに、もっと刺激が欲しい。酒を飲んでいないのに、頭の中はクラクラとしてしまい、倉橋はようや
く綾辻の腕に縋った。




 勃っている。
それが、綾辻が触れたせいか、それともそれまで自分で嬲っていたせいかは分からないが、これだけ感じていればここから逃げ出
そうとはしないだろう。
 綾辻は口を笑みの形にすると、そのままチュッと耳元にキスを落とした。くすぐったかったのか首を竦める倉橋に、さらにそのまま
首筋にキスをし、鎖骨へと移って軽く歯を立てた。
 薄い肌の倉橋の首筋には、自分がつけていくキスマークや歯型が見る間に出来、その所有の証に満足した綾辻は、今度は
薄赤い乳首を口に含む。
 「!」
 さすがに逃げようと倉橋は腰を引こうとするものの、その動きを利用して蕾に指を入れたので動きは止まった。
 「熱いわね」
 「・・・・・っ」
 「でも、何時もよりずっと柔らかい。自分で先に嬲っていたせいかしら」
 「や、やめ・・・・・」
 「どうして?私は嬉しいわよ、克己が積極的になってくれたら。私だけが求めるんじゃなく、克己も私を欲しがってくれてるって
思えるから」
少し、本音が漏れてしまう。
直ぐに誤魔化そうとしたものの、声の調子が何時もと違ってしまったのか倉橋が真っ赤になった目を向けてきた。泣きたいのを我
慢している可愛い顔。綾辻はその鼻に宥めるようにキスをする。
 「ごめんなさいね」
 「綾辻、さん」
 「克己が私を特別に思ってくれていること、ちゃんと分かっているのよ?こんなとこに入らせてくれるくらい、気持ちを傾けてくれて
いること」
 そう言いながら中に入れた指で内壁を引っ掻くと、倉橋の口からんっと吐息が漏れた。
ソープのせいで何時もよりも滑りが良いものの、相変わらずの締め付けだ。何度抱いても、この身体はバージンのようだと思うの
は、もちろん倉橋には言えない。
 「でもね、時々不安になることもあるのよ?」
 「ど、し、て?」
 「言葉で愛してるって言われたいの」
 「・・・・・そ、それは・・・・・っ」
 「うん、だからこれは私の願望。克己は気にしないで」
 今はこのまま、身体を預けてと言い、綾辻はまた胸元に顔を下ろして乳首を口に含んだ。噛み、舐めて嬲ると、少しだけぷっ
くりと起き上がってくる控えめな様子が可愛い。
胸への刺激で内壁も蠢き、キュウッと強く指を締め付けるのに抵抗するようにグリグリと少し乱暴に中を抉ると、頭の上から聞こ
えてくる喘ぎ声はどんどん高まってきた。
(・・・・・一度イカせるだけのつもりだったのに・・・・・っ)
 この場で最後まで抱くつもりはなかったのに、自分のペニスももう先走りの液を零し始め、早くあの熱く狭い場所に押し入りた
いと猛っている。

 ズリュッ

 「ふっ!」
 中に入れていた指を爪先まで引き抜くと、今度はもう一本の指を沿わせて中へとさし入れた。締め付けはさらに強くなったもの
の、2本の指をバラバラに動かし、中を慣らしていく。
 「んっ・・・・・くっ」
 「口、開いて」
 「・・・・・ん・・・・・っ」
 片手は倉橋が倒れないように腰を抱き、もう片方は肛孔を慣らしていたので、唇を噛み締めて声を我慢しようとする倉橋のそ
れを解かせるために、綾辻は唇を合わせ、強引に舌を中に入れた。
 「!」
 「・・・・・っ」
その瞬間、反射的なのだろう舌を噛まれてしまい、口の中に鉄錆びた味が広がる。痛みなど全く関係なかったが、同じ味を感
じたらしい倉橋が驚いて歯を開き、結果、さらにキスを深いものに出来た。
 「んむっ、ふ・・・・・っ」
 唇の端から唾液が滴り落ちるようなキスをしながら、綾辻は壁に倉橋の背中を押し付ける。そして、腰を支えていた手で彼の
片足を抱えあげた。
 「力を抜いて・・・・・っ」




 身体の中を自在に蠢いていた綾辻の指が一瞬で抜けたかと思うと、その空虚を感じる間もなく熱く硬いものが入口に押し当
てられ、

 グチュッ

 「・・・・・ぐっ」
一気に、大きなものが中に押し入ってきた。
(こ、こんな場所で・・・・・っ)
 ベッド以外でセックスをした経験は、ある。それは全て相手は綾辻で、彼は自分の中の凝り固まった常識というのを次々と(こ
ういうことに関してだけではないが)打ち壊していった。
 それでも、慣れたといえるほど倉橋の理性は柔軟になってはおらず、こんなにも明るい場所で身体を繋げるということにやはり
抵抗はあって、強く目を閉じて男の肩に顔を埋めた。

 ズチュ チュク

(は、入って、くるっ)
 ここで終わりという場所ではなく、さらに奥をどんどんと侵してくるモノ。
熱くて、太くて、長くて。陳腐な形容詞しか出来ないが、これが綾辻という男だと、何度も彼のペニスを受け入れている自分に
は分かっている。
 「む・・・・・」
 クチュクチュと舌を絡ませているので息さえも自在に出来ないが、顔を振って彼を引き離すことも出来ない。
綾辻のことを獣と思ったが、こんなふうに快楽を貪ろうとする自分も同じ獣かも知れなかった。