狼と7匹目の子ウサギ













 来てもいいとはっきりと言われたわけではない。
それでも、来るなとも言われなかったと思い直し、キアは弾む胸を押さえながらレンの住む小屋に足を向けた。
夕方以降に行くと、もしかしたらキアに抱かれに行った誰かに会うかもしれないと思い、昼過ぎに自分が大好きな野菜を手土
産として訪ねたのだが・・・・・。

 「あ・・・・・ん!」

 声が、聞こえた。
それは、女の子の嬌声ではなく、少し高めだが明らかに少年のような声だった。
(誰か・・・・・いるの?)
胸がズキズキと痛むが、キアはそのまま引き返すことが出来なかった。
大好きなレンに抱かれているのはいったい誰なのか、どうしてもその目で確かめたかったのだ。
 「・・・・・」
 木や石で出来ているだけのレンの小屋はところどころ隙間があって、窓から覗かなくても中の様子が見えてしまう場所がある。
一呼吸おいたキアは、木の隙間からこっそりと中を覗いて見た。
 「・・・・・っ」
(タム・・・・・?)
粗末な木のベットの上で、逞しいレンの腕の中で恍惚の表情を浮かべていたのは・・・・・白い柔らかな毛と、くねった角を持つ
ヒツジの少年、タムだった。

 「狼に抱かれようと思うなんて信じられない。あいつらは僕達を食べるんだよ?僕は絶対に近付かない」

 つい数日前にも、キアに向かってそう言っていたタム。
しかし、虚ろな目をレンに向け、必死に愛撫をねだっているのは間違いなくタムだ。
(僕に、嘘を言った?)
もちろん、タムはキアがレンを好きだということは知らない。
それでもキアは騙されたような気がして、急に寂しさが襲ってきた。
 その時、
 「・・・・・」
 「!」
内側からはよく見えないはずの覗き穴。なぜか、レンと目が合ったような気がした。
 「・・・・・っ」
レンに叱られてしまう・・・・・そう思ったキアは、思わずその場から逃げ出してしまった。


          


(今のは・・・・・ウサギか?)
 はっきりとは見えなかったが、誰かの気配は感じた。それが、なぜかあの子ウサギだと思ったのだ。
 「ああん、止まらないで動いてよ〜」
じっと気配を探って体を止めてしまったレンに、焦れたように催促しているのはまだやっと大人になりかけたばかりの子ヒツジだ。

 「みんなが言ってたように、本当に気持ちよくしてくれるの?」

生意気にそう言ってきた子ヒツジを、レンは無言のまま押し倒した。
まだ角も小さく、身体の毛も柔らかな子供だが、本人が望んだのだ、抱いてやるしかない。
手に握ってきた金の額など、どうでも良かった。
 「・・・・・」
 「はっ!」
 大きく足を開き、グイッと強く腰を押し込んだ。
ギチギチのそこは、きっと切れているかもしれないが、快感に溺れきっている子ヒツジは涎を垂らしながら自ら身体を揺らしてい
る。
 「ああっ、きっ、気持ち、い!」
 「・・・・・」
 「もっとっ、動いてよっ、レン!」
 耳障りな声を早く黙らす為に、レンは手加減無しに子ヒツジを快感の海に沈めていく。
(・・・・・いない?)
動きながら、レンの視線は再び気配を感じた場所に向けられる。
そこにはもう、静けさしか残っていなかった。


          


 くったりとベットに沈み込んでしまった子ヒツジをさっさと追い出してしまったレンは、ゆっくりとした足取りで小屋の外に向かった。
交尾が終わったばかりの気だるげな雰囲気は消すことは出来ないが、それでも頭の中はすっかりと覚めている。
 「・・・・・」
(やっぱり来てた)
小屋の丁度入口とは反対の外に落ちていた野菜。それはウサギが好んで食べるものだ。
大体、肉食である狼の自分に、野菜や果物だけを持ってくるなど、そんな馬鹿なことを考えるのはあの子ウサギしかいないだろ
う。
(あれを見たのか・・・・・)
 他の兎族ならば、きっと混ぜてくれと飛び込んできただろうが、あの子ウサギだけはそんなことは絶対に言わない。
言って・・・・・欲しくない。
 「戻ってくるか・・・・・?」


          


 それからかなり時間が経って・・・・・そろそろ空が赤くなってきた頃。
 「レンさん、こんにちは!」
元気よくドアをノックしながら、子ウサギが再び訪ねてきた。
それまで、小屋の中を出たり入ったりしていたレンだったが、そんな素振りを少しも見せないで、まるでさも迷惑だとでも言うよう
に冷たくキアを見つめた。
 「なんだ、今日こそ抱かれにきたのか?」
 「ち、違いますよ!今日は美味しいお野菜が手に入ったからでっ・・・・・っと・・・・・」
思わずそう叫んだキアだったが、自分の手に何も持っていないことに気付いたらしい。
キョロキョロと視線を揺らすキアに、レンはあっと今気付いたかのように言った。
 「もしかしてそこに置いてあるものか?」
 「え?」
 ドアから少し離れた水桶の側にあった籠を指差してやると、キアは慌てたように駆け寄ってその籠を抱き上げた。
不思議そうに耳をピクピクさせているのは、なぜここに籠があるのかと不思議に思ってのことだろう。
(まあ、覗いていたのは裏側になるからな)
 「・・・・・と」
 「俺は野菜は食わない」
 「で、でも、これ美味しいんですよ?すっごく甘いし!」
 「お前が食えばいいだろう」
 「・・・・・」
 たちまちシュンと俯いたキアは、きっとこのまま追い返されると思っているのだろう。
レンはその次の言葉をもったいぶったように言ってみせた。
 「一応、テーブルとイスは貸してやろう。どうする」
 「え・・・・・?」
 「入るのか、入らないのか?」
 「は、入る!」
途端に顔を輝かせ、嬉しそうに満開の笑顔を向けてくるキアに、レンの表情も自然と柔らかいものになる。
 「ほら、早く入れ。帰りが遅くなったら抱いてしまうぞ」
 「う、うんっ」

 一度抱いてしまえば、二度と会うことは無い。

そう決めたはずの自分の言葉に縛られているのはキアだけではなかった。
(こいつだけは・・・・・絶対に抱かない)
レンは華奢で小さなキアの背中を見つめながら、初めて感じるといってもいい穏やかな時間を無くさない為にも、そう心の中で
強く誓っていた。