狼と7匹目の子ウサギ
3
「キア、お前毎日毎日どこ行ってるんだよ?」
何時ものようにレンの小屋に行こうとしていたキアは、直ぐ上の6番目の兄にそう言われて足を止めた。
「ど、どこって・・・・・」
「兄さん達にも言ってないだろ?心配してるんだよ?」
「・・・・・」
「まさか、誰か恋人でも出来た?」
「そっ、そんな人いないよ!」
「うん。誰かを知った身体には見えないからそれは分かるけど・・・・・キア、何か困ったことがあるんなら言ってよ?」
キアの顔を覗き込むように見つめている兄の顔は、本当に心配しているのが分かり、キアは黙っていることが申し訳なくて思
わず俯いてしまった。
淫乱で、誰かれ構わずに抱かれる軽い存在と思われがちだが、そんな兎族も家族愛というものはある。
禁忌がないはずの一族が親兄弟とは交尾をしないのも、純粋な愛情を持ち続ける為だ。
「・・・・・ありがと」
「暗くなる前に帰って来るんだよ?僕達は誰に襲われるか分からないんだから」
「うん」
「ちゃんと、気持ちいい初めてを経験出来る前に、乱暴にされたら可哀相だもん」
ギュウッと強く抱きしめられ、頬にキスされても、そこには優しい慈しみの感情しか感じない。
こんなにも優しい家族なのに、『淫乱な兎族』と言われることが、キアはとても悲しかった。
自分の事を心配してくれる優しい兄に嘘をつくことを心苦しく思いながら、キアは今日もレンの小屋に向かって森の中を走っ
ていた。
(レンさん、今日は何話してくれるんだろ)
けして口数が多いわけではないが、全くの無口だというわけでもないレンは、キアが請うと少しづつだが今まで自分が旅をして
きた国の話をしてくれる。
それはこの地で生まれ育ったキアにとってはまるで物語のような話ばかりで、レンの甘く響く声で話を聞く時間が、キアにとっては
何にも変えがたい幸せな時間となっていた。
「ふんふん♪」
真っ白い耳を揺らしながら走っていたキアは、突然足を止めた。
「・・・・・」
(何か・・・・・いる?)
周りはうっそうとした茂みに囲まれている森の中・・・・・そこに、感じたことがない気配がした。
(なんだろ、何も聞いてないけど・・・・・?)
町の友達も、兄弟達も、森で変わったことがあるとは言っていなかった。
何より、キア自身昨日の夕方この道を通ったが、今感じているような鋭い気配は感じなかったのだが・・・・・。
ガササ・・・・・ッ
「・・・・・っ」
直ぐ近くの茂みが揺れた。
キアは思わず持っていた果物を落とすと、ただその音がした方を見つめるしか出来ない。
そして。
ザザザザザッッッ・・・・・!!
目を丸く見開いたキアの目の前に、輝く金色の毛が光った。
「・・・・・キア?」
そろそろキアが来る頃かと小屋から出てきたレンは、ふと嫌な予感かして呟いた。
この平和な町には滅多に危険なこともなく、余所者のレンに対して陰口を言う男達がせいぜいいるぐらいだった。
キアが通ってくるようになってからは時折森の中を見回っていたが、子ウサギにとっての危ないものは何もなかった。
いや、無かったはずだが・・・・・。
(何だ・・・・・この胸騒ぎは・・・・・)
気にしないようにしようと思った。
子ウサギがここに通って来ているのはあくまで気紛れで、今日になってもう止めたと思ったのかもしれない。
もしかして昼寝をしていて、そのまま寝過ごして遅れているのかもしれない。
勝手に通ってくる相手を気にするなど馬鹿らしい・・・・・そう思うのに、レンの気持ちはどんどん焦ってきてしまった。
「・・・・・っ」
とうとう、やせ我慢のようにその場に居続けることが出来なくて、レンは急いで何時もキアが通ってくる森の中に急いで向かった。
「・・・・・金、色?」
キアの目の前には、綺麗な金色の髪の男が現われた。
耳も金色の毛で覆われ、尻尾には・・・・・僅かに黒い縞が見える。
「・・・・・子ウサギか」
綺麗な金色の目で見つめられ、キアはブルッと身体を震わせた。
低い声は肉食獣独特のもので、それだけで怖いと思ってしまうのだ。
「1人で何してる?」
「・・・・・」
「声が出ないのか?」
「だ、誰、ですか?」
ようやく、それだけを言い返したキアに、金色の男は少しだけ頬に笑みを浮かべた。
怖がっているのが面白いのかもしれない。
「俺はコード、虎族だ」
「と、トラ?」
(どうしてここに虎族が?)
キアが住む町は比較的大人しい一族が多く、特にキアなどはほとんど肉食獣とは接点がない。
兄弟達は交尾の為に相手がどんな種族でも受け入れていたし、相手も交尾相手を傷付けることはなかったが、まだ子供のキ
アにとっては、肉食獣は近付くのも怖いと思う相手だった。
レン以外は。
「お前は?」
「・・・・・」
「人の名前を聞いて、自分は答えないのか?」
そのまま逃げたとしても、キアの足ではとても逃げられないことは分かっている。
とにかく、今は目の前の男の言う通りにした方がいいかもしれないという防衛本能が働いたキアは、長い耳を小さく縮めながら
答えた。
「キ、キア」
「兎族のキアか」
「は、はい」
何の為に名前を聞いてくるのか、いや、そもそもなぜこの森にいたのか、キアの頭の中には様々な疑問が渦巻いているが、そ
れを声に出して聞くことは出来ない。
とにかく怖くて、キアはじわじわと後ずさりながらも視線を逸らせなかった。
「捜していたのはお前じゃないようだが・・・・・」
「え?」
木漏れ日の中でも金色に輝く瞳が、じっと自分を見つめながら近付いて来た。
「キア、といったか、お前は・・・・・」
その手がもう少しでキアの腕を掴もうとした時、
「・・・・・」
不意に、コードが視線を向けるのとほぼ同時に、
「キア!」
「・・・・・?」
(え?)
キアは、何が起こったのか全く分からなかった。
「お前、誰だ」
「・・・・・レン、さん?」
自分の腰を強いくらいに抱いているのがレンだと気付いたキアは、驚きながらもギュッとレンの腕を握り締めていた。
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