狼と7匹目の子ウサギ
4
胸騒ぎを感じて森の中を駆けたレンは、小さく開けた場所に白い耳を見た。
(いたっ)
そこにキアがいたことにホッとしたレンは、そこでようやくキア以外の存在に気付いた・・・・・いや、匂いは森に入った時から気が付
いていたが、頭の中のどこかでキアとその匂いの主が一緒にいるとは思いたくなかったのだ。
「キア!」
多分、自分か気が付いているように、相手もレンの存在には気が付いているだろうが、改めて自分の存在に気付かせるように
わざとキアの名前を大声で呼んだ。
「・・・・・?」
振り向いたキアの大きな目は、何時もより更に丸くなっている感じがする。
「・・・・・っ」
(何もされていないようだな)
目に見える場所には傷は無く、服にも乱れは無い。
レンは大きく溜め息を付いて、まだ何が起こっているのか分からないようなキアを抱きしめると、じっとこちらを見つめている男に向
かって言った。
「お前、誰だ」
髪や目を見れば、それが虎族というのは分かった。今までの旅先でも出会った事もある。
(1人だけでこんなとこを歩くか?)
「・・・・・レン、さん?」
不安そうにキアに名前を呼ばれ、レンはハッと視線を向けた。
レンの闘争本能は目の前の男に向けられていたが、本来はキアを守る為に駆けつけたのだ。
まだ一言も声を掛けていないことにやっと気が付いたレンは、ギュウッと小さな身体を抱きしめた。
「怪我はないか?」
「う、うん」
「そうか」
レンがここに駆け付けてくれたことが信じられなくて、嬉しい。
(たまたま、じゃ、無いよね?ちゃんと僕を探しに来てくれたんだよね?)
何時も訊ねる時間より遅くなっても現われない自分を心配して、こんなところまで来てくれたのだと思う。
普段は冷淡で、あからさまに慕うキアに対してもそっけない態度しかとらないレンだが、本当は優しくて思いやりがあるということを
キアは感じていた。
「レン・・・・・」
(本当にレンが来てくれて良かった・・・・・。この虎族も僕を食べようとは思っていないようだけど、やっぱり肉食動物と向き合うの
は怖いもん)
草食動物にとって、肉食動物と目を合わせるだけでも身体に震えがくるほど恐ろしいことだ。
直ぐに食われるというわけではないが、圧倒的な力の差というものが両者の間にはあり、どんなに嬲られても抵抗など出来ない。
今更ながら怖さが増してきて、キアは耳も尻尾もフルフルと震わせた。
「大体、お前が悪い。たった1人で森を抜けようとするからこういう目に遭ってしまうんだ。キア、おい、聞いているのか?」
そんなキアに気付いているだろうレンは、何時もよりはかなり口調を抑えて言う。
キアはうんうんと頷いた。
「う、うん、聞いてる」
(レンさんが心配してくれているのは分かる)
「・・・・・おい、お前さっきから言いたいこと言ってるが、俺が何をしたって言うんだ」
突然、、2人の背後から声が掛かった。
キアは驚いてピョンッと跳ねると、慌ててレンの腕にしがみ付き、自分達をじっと見つめている金の瞳を見つめた。
(虎族なんて・・・・・初めて見た)
力の弱い草食動物は常に集団で行動し、集落も固まっているが、肉食動物の中には単独で行動するものも多い。
キアが暮らしている町にも、レンを含め僅かながらの肉食動物が暮らしている。しかし、毛も瞳も見事な金色という純潔な虎族
には会ったことがなかった。
きっと強いのだろうということは、纏っている気配だけで十分分かった。
(でも、何しにここに来たんだろ・・・・・)
レンの身体の後ろからじっと視線を向けてくるキアに気が付いたのか、コードが唇の端を上げて笑みを見せる。
「・・・・・っ」
キアは驚いて再びレンの身体の影に隠れ、レンは眉を顰めてコードを睨みつけた。
キアに馴れ馴れしく笑い掛けるコードが面白くなくて、レンは睨むような視線をコードに向けている。
かといって、キアと自分がどういう関係かと言えば・・・・・口付けさえもしていない間柄で、口を挟むなと言われれば、何とも言い
返すことが出来ないのだ。
レンはそれをコードに悟られないように、更に強くキアを抱きしめるようにして言った。
「この辺りに住んでいるわけじゃないんだろう?何しに来た?」
「ウサギをヤリに」
「!!」
あからさまなコードの答えに、レンだけではなくキアも目を見開いた。
「この村にはどんな相手にも足を開くウサギがいると聞いた。種族の繁栄以外の目的なら、雄同士の交尾の方が気持ちいい
からな。それも、淫乱な兎族なら尚更だ」
「・・・・・っ」
(こいつ・・・・・っ!)
レンは口の中で小さく舌打ちを打った。
草食動物はその存在自体が弱いものだけに、常に種族を増やそうという本能が働いて交尾をするのも積極的で、レンもその身
をもって体験してきた。
その中でもレンもしつこく言い寄られて相手をしたキアの兄弟達は、6人共にその身体は素晴らしく、本当に快楽を求めるだけの
関係ならば虜になったとしても可笑しくないほどだった。
あの淫乱なウサギ達の話は、思いがけず遠くまで広まっているようだ。
(・・・・・キアも・・・・・)
思わず、レンは抱きしめている小さな身体を見下ろした。
あのウサギ達の兄弟ならば、きっとキアの身体も素晴らしく良いのだろう。
キアの身体がまだ小さく未成熟なのは、誰とも交尾をしていないからだと兄弟達の誰か・・・・・多分、一番歳の近い者が言って
いたことを思い出した。
まだ誰も知らないまっさらな身体に自分の欲望を突き刺したい・・・・・そこまで考えたレンはハッとして頭を振った。
「レンさん?」
「・・・・・」
(俺は、キアをそんな対象にして見ないと誓ったじゃないか・・・・・っ)
自分の中に湧き上がった欲望を振り払うように、レンはわざと蔑むようにコードに言った。
「虎族の女に相手にしてもらえないのか、気の毒に」
「・・・・・」
その挑発に、コードは口元に笑みを浮かべた。
「住んでる村の奴は一通り味見した」
「・・・・」
「でも、残念ながら俺のところには兎族がいなくてな。噂の柔らかな肉を喰らってみたいと、ここまでやってきたんだが・・・・・最初
に出会ったのがネンネの子ウサギとはな」
喰らうというコードの言葉に、キアは怖がってレンにしがみ付く。
多分、キアは言葉通りに食べられてしまうことを恐れているのだろうが、コードが今言ったのは陵辱し尽くすという事だ。
(意味が分からなくて良かったな・・・・・)
これ以上キアを怖がらせるのも可哀想だろう。
(み、みんなを食べに来たの?)
周りからは淫乱な種族といわれているが、家族の結束は固く、陽気で楽しい大切な兄弟。
キアが生まれた時はすでに両親はいなくて(兄達の話によれば、母親が病で亡くなってしまい、父親は新たな番(つがい)を求め
て家を出たらしい)、キアは兄弟達に育てられたも同然だった。
食べ物や着る服も、兄弟達が身体を与えた相手から貰った金で買っていることも知っている。
腕力も飛び抜けた頭脳も持っていない兎族が身体を売るのはよくある話だし、それに、兄弟達はまだ子供のキアに身体を売る
ことなどさせない。
キアもそんな兄弟達が大切で、大好きだ。
「ぼ、僕達を食べるの?」
「ん?」
「そんな怖いこと・・・・・どうしてするの?」
「キア」
「僕は、嫌だ!僕の兄弟を食べないで!」
勘違いしたままそう叫ぶキアを驚いたように見つめていたコードだったが、次の瞬間とても面白いことを聞いたかのように大声で
笑い始めた。
「なんだ、お前、面白いなっ」
「・・・・・え?」
「そうだ、お前の兄弟を喰うのは止めてやろう。その代わり、お前が俺の相手を出来るか?」
「ぼ、く?」
「そんなことを聞く必要は無い!」
思わず身を乗り出そうとしたキアを、レンはグイッと引き止めた。
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