狼と7匹目の子ウサギ
5
「お前が俺の相手を出来るか?」
コードの言った意味を、キアは正確に理解していた。たとえ交尾の経験は無くても、それに関する知識は持っている。
それに、兎族は他の種族からも求められることが多いので、虎族のコードからこんな風に言われても割合すんなりと頭に入ってく
るのだ。
「僕と、交尾がしたいの?」
「ああ」
「僕・・・・・まだ子供だよ?」
「発情期は迎えているんだろ?大丈夫、直ぐに気持ちよくしてやるから」
「・・・・・」
(気持ちよくなんて・・・・・ならないと思うけどな)
多分、受け入れることは出来るだろう。
子供とはいえ発情期は迎えているので、きっと傷付くことも無く交尾は出来るとは思う。
ただ、キアが好きなのはレンで、きっと身体は気持ちよくなっても心は哀しくて泣いてしまうかもしれない。
「キア!奴の言う事なんか聞くな!」
「レンさん・・・・・」
(・・・・・怒ってる?)
どうしてレンが怒っているのかが分からなかった。
よく家に押しかけてくる子兎が、虎から交尾を迫られている・・・・・ただそれだけのはずだ。
「レンさん、どうして怒ってるの?」
「どうしてって、お前こいつと・・・・・っ!」
「だって、僕が相手をすれば、兄弟達は食べないんだって。それぐらいで許してくれるなら僕はいいよ」
「キア!」
「だって、簡単なことだもん」
誰だって出来ることだ。目を閉じて、気持ち良い事をして、それで見逃してもらえるのならば躊躇うことはない。
どうせ、レンには抱いてもらえない身体だ。ウズウズと疼く身体の熱も、これを機会に消えてくれるかもしれない。
(うん・・・・・平気だよ)
「僕、相手します」
パシッ
そう言ったキアに、いきなりレンはその頬を平手で叩いた。
「いった・・・・・」
「おいっ、何するんだ!」
先程までとは反対に、コードがキアの肩を抱いてレンから庇うように身体を隠した。
「・・・・・っ」
レンは、白い頬を赤くしたまま大きな目を更に見開いて自分を見つめるキアから目を逸らす。
(俺、は!)
こんなにも弱い相手に手を上げたことなど今まで一度も無かった。そんな自分が恥ずかしくて、そして自分にこんな行動を取らせ
たキアに腹が立った。
「レ・・・・・ンさ・・・・・」
「勝手にするがいいっ、お前も所詮兎族だからな!」
そう言い捨て、そのまま自分の小屋に戻っていく。
自分が何の為にあの場に駆けつけたのか、キアは全く分かっていないだろう。愛情の無い相手と交尾をする虚しさも、胸の痛み
も、何も分かっていないのだ。
(俺には口付けもさせないくせに・・・・・っ)
手を出さないと言ったのは自分の方だが、あれほどあからさまにキアを誘うコードが羨ましく・・・・・憎かった。
「・・・・・もう、会わない」
(これ以上気持ちを乱されたくない)
緑の中に消えていったレンの姿を、キアはただ見送るしか出来なかった。
最後に投げつけられた言葉が、深く、深くキアの心の中に楔を落とす。
「勝手にするがいいっ、お前も所詮兎族だからな!」
(そんな風に言うなんて・・・・・)
レンが兎族を嫌っているのは感じていた。
どんな相手でも簡単に身体を許し、快感を貪る兎族が許せないようで、キアの兄弟達を抱いた後も、優しい言葉一つ掛けず
に追い出したらしい。
それでも、キアに対しては優しかった。ぶっきらぼうな口調ながら、自分には気遣ってくれていたことは分かる。
それが・・・・・。
(レンさん・・・・・)
「大丈夫か?」
頭上から声が降ってきた。目を上げると、金色の目が気遣わしそうに自分を見つめている。
「泣いてるのか?」
「・・・・・泣いてる?」
レンは自分の頬に手を触れた。確かに、濡れている。
「・・・・・どうして泣いてるんだろ」
「あいつ、お前の連れなのか?」
「連れ?」
「まあ、番(つがい)かって事だ」
「僕、雄だよ?」
「雄同志でも交尾は出来るだろ?」
「でも、番にはなれないよ」
(何言ってるんだろう、この人。番は、雄と雌でなるものなのに)
快感を分かち合うという事と、番になるという事は全く違う。
雄同志でも気持ちはよくなれるが、子孫を増やすことは出来ない。番というものは自分たちの命を未来に繋げる大切な括りで、
どんなに望んでもキアにはなれないのだ。
(僕も雌だったら、レンの番になれるかもしれなかったのに・・・・・)
無理かもしれないが、雌というだけで可能性はあったはずなのだ。
キアは今更ながら雄に生まれてしまった自分を哀しく思った。
「じゃあ、何の遠慮もいらないな」
「え?」
「さっき俺が言ったこと、覚えてるな?」
「え、あ、はい」
そもそも、その事でレンが怒ってしまったのだ。
顔を顰めながらも素直に頷いたキアの頬に、コードは強引に唇を寄せた。
「うわっ?」
「このまま、行くか?」
「え?どこに?」
「俺の家は遠いからな・・・・・あ、お前初めてだろ?まさかそこらへんの草むらでいいなんて可哀想だし」
「え?」
考え込んでいるコードの顔を下から覗き込むと、輝く金の瞳が思い掛けなく優しく笑んだ。
(あ・・・・・レンさんに少し、似てる)
同じ肉食動物だからだろうか、コードとレンは甲乙つけがたいほど精悍に整った容貌をしていたが、その笑みもどことなく共通して
いるように見えた。
「キア」
名前を呼ぶ声も似ているような気がして、キアは少しだけ目を伏せる。
「俺と気持ちいいことしよう」
「コ、コードさん?」
「お前を抱いてみたい」
「・・・・・っ」
「キア、お前を抱きたいんだ」
「ぼ、僕・・・・・は・・・・・」
(レンさん・・・・・!)
自分だけを求められるのがこれ程心を揺さぶられるとは思わなかった。
「キア・・・・・」
長い腕で、大きな胸に抱きしめられる。
キアはどうしていいのか分からず、逞しいコードの背中に手を伸ばそうとしたが・・・・・どうしてもその手を回すことは出来なかった。
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