狼と7匹目の子ウサギ













(レンさん、来てくれた?僕の為に、レンさん、戻って来てくれた・・・・・!)
 目の前のレンの背中を見つめながら、キアは嬉しさで胸がいっぱいだった。
今まで、交尾など、誰でもすることだと思っていた。
自分も、誰とでも出来ることだと思っていた。
しかし、まだ子供な自分は、兎族特有の淫乱な性をまだ持っていないらしい。いや・・・・・キアだけは、それはレンに対してしか向
けられないもののようなのだ。
(コードさん・・・・・)
 キアは、たった今まで自分に快感を与えてくれていたコードに申し訳なく思う。
コードはその言葉通り優しくしてくれたし、思った以上の快感を味あわせてもくれた。
だが、そのペニスを受け入れる段階になって、キアはどうしても自分の心がコードを受け入れないことに気付いたのだ。
(でも、どうしたらいんだろ・・・・・このままじゃレンさんとコードさん、ケンカしちゃう・・・・・っ!)
肉食獣同士が戦ったらどうなるのか、キアには想像がつかなかった。それでも、掠り傷だけで終わるとはとても思えない。
自分のせいでこんな状況になったことを、キアは後悔してもしきれなかった。
 「コードさんっ、ごめんなさい!」
 「キア」
 「僕、やっぱりレンさんじゃなきゃ嫌なんだ!」
(他の誰も、身代わりになんかならないんだ!)
 「僕が悪いのっ、だからっ、だから、ケンカなんかしないで!」
 キアは謝った。
謝って許してもらえないというのも分かってるが、一番悪いのは自分だと、コードの怒りを向けられることを望んでいた。
しかし。
 「キア、俺は一度逃げたこいつが、またノコノコ現われたのか気に入らないんだ。もう、お前の問題だけじゃない」
 「コードさん!」
キアがその名を叫んでも、コードの視線はレンから離れることは無かった。



(色恋沙汰で戦うなんてな・・・・・)
 今まで色んな町や村を旅してきたが、他族と関わることが嫌いなレンは争いごとも避けてきた。
けして自分が弱いとは思わないが、無駄なことをしてわざわざ傷付かなくてもいいと思っていた。
 「今度は逃げないのか」
 だが、金の瞳を輝かせながら言うコードに、今は一歩も引くつもりは無い。
今ここで逃げたら、今度こそあの存在は自分の手の中から離れてしまう・・・・・そう思うと、レンはどんなことをしてでもコードを地に
沈ませるつもりだった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
低い唸り声を上げながら、お互いが睨み合う。
鋭い牙と、鋭利な爪と。
どちらが先に相手の肉を切り裂くか・・・・・一瞬が勝負だった。
 「待って!」
 その時、2人の間に白い姿が割り込んだ。
 「キア!」
 「どいていろ!」
 「僕を、僕を食べてください!コードさん!」
一瞬、キアが何を言っているのか、レンもコードも分からなかった。
2人が途惑ったように動きを止めた隙に、キアは一糸纏わない姿のままでコードの足元に跪いた。
 「僕を食べていいですからっ、どうかレンさんとケンカしないで下さい!」
 「キア、お前・・・・・」
 「お願い!」



 食べて欲しいと自ら身体を投げ出すものなど初めてだった。
幾ら肉食の虎族とはいえ、人型をとれる草食動物をそのまま食べることなど無い。
キアに言った言葉も、交尾をするたとえで言ったはずなのに、素直なキアは・・・・・あまりにも無知なこの子供は、そのままの意味
で捉えてしまっている。
 「・・・・・」
さすがにどうしたらいいのか、途惑うコードからはレンへの殺気が煙のように消えてしまった。
 「・・・・・」
(たかが交尾のこと位で、身体に傷を負うのも馬鹿らしい・・・・・)
それに、もしもここでレンをねじ伏せたとしても、キアは手に入らないと思う。誰かを思いながら、泣き叫ぶ幼い身体を組み敷くほ
どに自分は飢えてはいないはずだ。
そう・・・・・思うしかない。
 「・・・・・ばかばかしい」
 「コ、コードさん?」
 「こんなことで狼族とぶつかったなんて、恥ずかしくって言えないって。・・・・・キア、お前、絶対後で後悔するぞ?コードの方が
良かったってな」
 苦笑を浮かべながらそう言うと、コードはそのまま服を身に着け始めた。
ペニスは多少萎えたものの、いまだに収まるべきところを求めて勃ち上がっているが、コードはそのまま服の中に押し込んでキアを
振り返った。
 「淫乱な兎を味見するいい機会だったんだが・・・・・」
 「コードさん・・・・・」
 「早くその男に抱かれろ。男を知ったお前を抱きに来るからな」
 「させるかっ」
思わず言い返したのだろう、言ってからしまったという顔をするレンに、コードは笑いながら背を向けた。
 「早く慰めてやった方がいいぞ。身体はもう準備出来ているはずだ」
レンの返事を聞かないまま、コードは来た時と同じ様に唐突に去っていった。



 消えていく煌く髪を見送りながら、キアは泣きそうになるのを我慢した。
今自分が泣いてしまっては、悪いのはコードになってしまう。
(ごめんなさい、コードさん・・・・・)
 「・・・・・キア」
 「・・・・・っ」
 レンが、自分の名前を呼んでくれた。
コードへの申し訳なさを感じながらも、行為への恐怖も一瞬で消えてしまうほどに大好きな人の声。
キアはそのままレンに抱きついた。
 「うわっ」
あまりの勢いで、レンはキアに抱きつかれた格好でその場に倒れてしまう。
キアはレンの腰に乗り上げたまま、泣きそうに顔を歪めて言った。
 「レンさんが好きなんだ!レンさんだけが好きなの!」
 「キア」
 「でもっ、二度とレンさんに近付いたら駄目だって、駄目だって言わ、言われたから、我慢、し、てた!」
それでも、レンと話すたびに、想いだけはドンドン膨らんで、それと比例するように身体も熱くジンジンとするようになった。
決まった発情期というものが無い兎族のキアは、それが欲情だということになかなか気付かなかった。
だが、今なら分かる。
こうしてレンに触れて、レンの匂いを感じるだけで、怯えて萎えてしまっていた自分のペニスが再び勃ち上がってきたことを。
これが淫乱だというのなら、キアはそれでも全然構わなかった。
 「レンさんに、触れて欲しい!」
 「キア、落ち着け」
 「でも、1回なんて嫌だ!」
 「キア!」
 レンはキアの腕を掴んできつい口調で名前を呼んだ。
 「レ、レンさ・・・・・」
(きら・・・・わ、れ、た・・・・・)
ぶわっと、反射的に涙が零れた。
 「・・・・・く・・・・・ぅ・・・・・」
俯いたまま泣き出したキアの耳に、レンが深い溜め息をつく音が聞こえる。
嫌われて、呆れられて・・・・・もう話をすることも嫌になってしまったかもしれない。
 「ふぅ・・・・・ひっ・・・・・く」
泣きながら、キアはゆっくりと身体を起こした。何時までもくっ付いたままだと、レンがもっともっと嫌な気持ちになってしまうかもしれ
ない。
 「・・・・・っ」
 しかし、そのキアの腰が、がっしりとレンの手によって掴まれた。
 「・・・・・レン、さん?」
恐る恐る名前を呼ぶと、レンは眉を顰め、少し怒ったように言った。
 「初めての奴に主導権なんか渡せられないだろ。この先は全部俺に任せろ」