竜の王様
第一章 沈黙の王座
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※ここでの『』の言葉は日本語です
下半身・・・・・それも、尻の奥という信じられない場所が熱く、ジンジンとしていて、昂也は何度も深く眠りそうになってもその痛みの
せいで直ぐに意識が浮上してしまった。
(いた・・・・・よ・・・・・)
声を出そうにも、少しでも身体のどこかに力を入れてしまうと痛みが走るので、昂也は心の中で唸るようにして呟きながら目をギュッと
閉じていた。
「・・・・・っ」
どの位時間が過ぎたか・・・・・不意に昂也はグッと身体が開かれる感じがして、無意識のうちにパッと目を見開いた。
『なっ、なにするんだよ!』
男が、大きく昂也の足を広げていた。
多分、傷付いているのだろう、その広げられた場所は痺れるように熱かったが、それ以上に見知らぬ相手に下半身を見られていると
いうその現実を認めたくなくて、昂也は痛みが走るのも構わずに叫んでしまったのだ。
『手を離せよ!見るな!』
言葉は何とか発することが出来ても、身体はまだ痛みのせいか緩慢に動くだけで。
それでも昂也は何とか男の視線から逃れようと、腰を捻って足をバタつかせた。
「思ったよりも元気だな」
昂也の身体を清めることを自ら買って出た紫苑は、自分を蹴飛ばす勢いで足をバタつかせた人間の少年を見て呟いた。
神官長という立場の紫苑も、人間を見るのは初めてだった。過去の文献では人間について色々と知ることはあったが、それが現実
に目の前に現れると・・・・・やはり衝撃はかなりある。
「人間とは醜く、自分の意思さえもはっきりと伝えない者が多いと書いていたが・・・・・」
あまり、良いようには書かれていなかった文献。
しかし、目の前にいる人間の少年は自分達よりもまだ遥かに若く、華奢ながらも伸びやかな四肢と、強い意思を込めた美しい黒い
瞳をしていた。
紅蓮がこの少年を自らの陰茎で突き刺した時、紫苑は自分の下半身にも確かに衝撃を感じてしまったのだ。
「・・・・・」
『離せって!』
「大人しくしなさい。お前の身を清めるだけだ。紅蓮様の精をその身に入れておいたままではお前も辛いだろう」
多分、言葉の意味は分かっていないのだろうが、紫苑はそう言いながら人間の少年を宥めた。
『・・・・・っ』
「・・・・・」
人間の少年がこれ以上暴れない為に・・・・・それ以上に、少しでも身体を休めてやりたいと思い、紫苑は出来るだけ素早く処理を
した。
身体の最奥に放たれた紅蓮の精液を指でかき出し、濡れた布で身体を拭いてやる。
『・・・・・っ』
その感触が嫌なのか、人間の少年は眉を顰め、身体を硬くしていたが・・・・・何とか受け入れている。
(可哀想に・・・・・)
紫苑は自分の中に生まれた不思議な感情に途惑っていた。
(・・・・・抱かないのか)
どうやらこの人物がしているのは、あの赤い目をした男の後始末らしい・・・・・昂也はようやくそのことに気付いたものの、やはり身体
の強張りを解く事は出来なかった。
それでも、暴れることはしなくて、ギュッと目を閉じて時間をやり過ごす。
その時間はそれほど長くは無かった。
「終わった」
『・・・・・』
しばらくして身体の上にファサリと何かが掛けられた気配がした。
ゆっくりと目を開いた昂也は、まだ身体が痛むものの、ようやく自分がいる場所を見ることが出来た。
『・・・・・どこ?』
先程までいた場所ではないというのは直ぐに分かった。
部屋の大きさは明らかに狭いようで、作りつけている家具の類も少し光が鈍い感じがする。
(さっきがスイートルームなら・・・・・ここはビジネスクラス)
そんな風に思えたのは、自分の心も落ち着いたのかもしれない。
『・・・・・ありがと』
言葉が通じないみたいだが、とにかく昂也は側に立っている男に礼を言った。
この男も確かにあの現場にいたが、実際に自分を抱いたのは赤い目の男だ。
『あの、俺・・・・・どうしてこんな目に・・・・・?』
「何を言っている?」
『俺・・・・・ここにいるわけ・・・・・分かんないよ・・・・・』
「・・・・・」
呟くように言うと、男は困ったように昂也を見つめている。表情の変化はあまり分からないが、確かに困っている様子は分かったの
で・・・・・昂也は思わず笑ってしまった。
『いてっ』
身体を揺すると、下半身に痛みが走る。
笑いながら呻く昂也に、男は僅かに笑みを漏らした。
自分よりも遥かに小さい人間の少年。
感情の起伏があまり大きくは無い竜人とは違い、この人間の少年の感情は見ているだけでよく分かった。
怒っている。
途惑っている。
恐怖を感じている。
笑っている。
見るだけでその気持ちが分かり、紫苑は微笑ましくなっていた。
可愛らしい・・・・・人間の少年に対してそんな思いを抱く自分が不思議だ。
「腹は空いていないか?」
『?』
「ああ・・・・・腹だ」
動作で腹を撫で、口を指差すと、紫苑の言いたいことが分かったらしい。
『腹減ってる!』
人間の少年はパッと顔を輝かせ、うんうんと力強く頷いた。
「では、何か用意しよう。人間の口に合うものかどうかは分からないが・・・・・」
文献には食べる物はそれほど変わらないとの記述があったが、こうして現実の人間を見れば書かれている物が全て正しいとは限らな
いだろう。
少し色々用意してやるかと、紫苑は静かに部屋を出た。
「紫苑」
部屋から出た時、紫苑は黒蓉に呼び止められた。
「あれはどうした」
「気付きましたよ。少し傷が付いていますが」
「・・・・・そうか」
紅蓮に一番近い存在の黒蓉は、紅蓮の感情を忠実になぞっている。
紅蓮が人間を忌み嫌い、蔑んでいるように、黒蓉も人間に対して良い感情は持っていなかった。
今回のことも、きっと黒蓉にとっては、竜王になるはずの紅蓮が人間などを抱いてと、かなり怒りを覚えているのだろう。
紫苑はあの人間の少年と黒蓉を2人きりで会わせない方がいいと思い、まるで庇うように扉の前に立って言った。
「何用ですか」
「・・・・・紅蓮様の精はかき出したか?」
「ええ。全て処理を致しました」
「・・・・・お前が精を注げば言葉が分かるなどと言い出すから、紅蓮様は人間などを抱くような羽目になったんだ。紫苑、自分の
言った言葉を重く考えろ」
「・・・・・はい」
黒蓉はよほど紅蓮が人間と交わったのが我慢出来ないのだろう。
紫苑の背中越しに扉を睨みつけながら低く呟いた。
「忌々しいが、碧香様が無事にお戻りになられるまでは生かしておかねばならぬ。紫苑、あの人間の世話はお前に任せて構うま
いな?」
「はい、お任せを」
「紅蓮様がお呼びだ、このまま参るぞ」
「・・・・・」
4人の側近のうち、一番地位が高いのは宰相の白鳴だが、常に紅蓮と行動し、その意思を全て理解出来ている黒蓉の地位は
それよりも上と認識されている。
自分よりも二歳年下になるが、紫苑はこの黒蓉には頭が上がらないのだ。
「紅蓮様はいかがなされておられますか?」
「・・・・・」
「黒蓉殿?」
「何か、考えておられる」
少し、間を置いて黒蓉は答えた。
「紅蓮様も実際に人間を見られて、考えられることも多いのだろう」
「・・・・・そうですか」
「・・・・・あの人間は出来るだけ紅蓮様と関わらないようにしなければなるまい」
何かを感じ取っているのか、黒蓉の表情は厳しい。
自分はもちろん、紅蓮も、他の竜人達も、初めて実際に人間を見たのだ。何かが変わるかもしれない・・・・・そんな予感を感じて
いるのは紫苑だけではないようだった。
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