竜の王様




第一章 
沈黙の王座



11





                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です






 水を浴び、汚れた服を着替えた紅蓮は、自分の部屋に訪れてきた4人の臣下達を振り返った。
 「あの人間のことだが」
 「紅蓮様」
紅蓮が全てを言う前に、黒蓉が進み出た。
 「あの者に関しては、碧香様がお戻りになられるまで我らがしかと世話を致します。紅蓮様はもう人間などを気に掛けられることはご
ざいません」
 「黒蓉」
 「そうだな、紫苑」
黒蓉が振り向くと、紫苑が深く頭を下げた。
 「黒蓉殿のおっしゃられる通り、あの人間の世話は私が致します」
 「・・・・・」
 紅蓮は黙って黒蓉と紫苑を見比べた。
2人の申し出は、至極当たり前のことだった。常日頃から人間に対して蔑みと憎しみに近い感情しか抱いていない紅蓮が、あの人
間を側に置けるはずが無い、そう思っているのだろう。
だが、紅蓮の心中は少し、違った。
(あの人間は私が見ていなければならないのではないか・・・・・)
 大切な弟碧香と入れ違いにこの世界に来た人間を、本当に紫苑達に任せておいていいのだろうか。
自分のこの目で、その存在を見ていた方がいいのではないだろうか。
 「紅蓮様」
 何時まで待っても紅蓮の了承の言葉が無いことに、黒蓉は顔を上げて再度その名を呼んでみた。
 「それでよろしいですか?」
 「・・・・・紫苑、世話はお前に任せよう」
 「はい」
重々しい紅蓮の言葉に紫苑が頷く。
しかし、次の紅蓮の言葉に、そこにいた4人の臣下は驚きのあまり声を上げてしまった。
 「あの者は私の部屋に住まわす」
 「紅蓮様っ?」
 「あの者の存在は他の者に見せるのは良しとしない。だが、やがて竜人界を統べる私が、この世界に入り込んできた人間を野放し
にすることは出来ない」
 「だからこそ、紫苑が!」
 「紫苑を信頼しておらぬわけではない。だが、私は自分の目であの存在を監視したいのだ」



 『いたあ〜・・・・・』
(ちょっと・・・・・何時まで俺放置されているわけ・・・・・?)
 先程部屋にいた男は食事を持ってきてくれるということを言っていた(らしい)のに、もうかなりの時間が経ったような気がしていた。
時計が無いので正確な時間は分からないが、自分の腹時計はかなり正確だと自負している。
(もう30分は経ったよな・・・・・)
 『それとも、さっき別のことを言ってたのか?』
うつ伏せの身体を少しずらそうとすれば、それだけで尻に痛みが走る。
(大体、出すところに子供の腕みたいなチンコいれるかあ?)
 怖さと、激痛と。
身体に植えつけられてしまった昂也だが、それと同じくらいあんなものが自分の尻の穴に入ってしまう事実に驚愕を覚えていた。
とても、あの目で見たものが自分のそこに入るなんて信じられない。
 『・・・・・っくしょっ』
 同じ男に犯されたということが悔しくないはずが無い。
それでも、泣いたり喚いたりしているだけでは現状は変わらないような気がした。
 『抜け出してみるか・・・・・』
 何もあの男が戻ってくるのを待っていなくてもいいかもしれない。
そう思った昂也は、そろっとベットのような(少し硬いが)場所から、恐る恐る床に足を下ろした。
 『・・・・・っ』
その瞬間、再び尻にピリッとした痛みが走ったが、それでも激痛といわれるほどではない。痛みに慣れてしまったのか。
やはりあんな大きなものが中に入っていた時と、入った後では痛みは違うものらしかった。
 『・・・・・と』
(これくらいなら我慢出来る)
 完全に消えることは無い痛みだが、それでも我慢すれば歩ける。
昂也は自分の体力に感謝しながら、先程男が出て行った扉へそろそろと近付いていった。
 『よくある話だったら、この外には見張りがいたりするんだけど・・・・・』

 ギイ

僅かな音をさせて少しだけ扉を開き、こそっと外を見ると、ぼんやりとした青い光を放つ長い廊下が見える。
 『・・・・・いない』
 心配していた見張りの類もおらず、昂也はゆっくりと部屋の外に出た。
右と左。
どちらに行けばいいのかと悩んだのも一瞬だった。
昂也は、迷わず右を選んで進み始めた。それは自分の利き手・・・・・自分が力を出せる方側の手と同じ方向だ。
 『お化けなんか・・・・・いないよな』
見当違いの心配をしながら、昂也は足を進めていった。



 「私は自分の目であの存在を監視したいのだ」

 そう言った紅蓮は再び昂也がいる部屋へと向かう。
その後ろには、それぞれ複雑そうな表情をした4人の臣下達が続いた。
中でも黒蓉は今だ紅蓮自身が人間と関わることを快く思っていなかった。自分の敬愛する紅蓮が、人間などと関わると穢れてしまう
と思っているらしい。
既に一度その腕に抱いていることを考えれば今更なのだろうが。
 「白鳴、大臣達に今回のことを説明しておけ。秘密は探られるよりも、こちらの有利になるように話してしまった方がいい」
 「碧香様のことも、ですか?」
 「碧香の不在は直ぐに知れ渡る」
 「・・・・・分かりました」
 竜人界にとって、次期王となる紅蓮の存在は絶対的だが、癒しの存在である碧香もまた、貴重と謳われる存在であった。
僅かの間ならばともかく、紅玉を探し出すまでは戻らない碧香の不在はじきに知られるに違いない。
 「私の方で良い様に取り計らっておきます」
 「・・・・・」
 紅蓮は頷き、次に浅緋に聞いた。
 「軍には反乱を起こしそうな者はおらぬのか?」
 「今のところは。少しでもそぶりを見せれば粛正をしております」
 「・・・・・その中に、確か王族の血を引いた奴がいたな」
 「!」
紅蓮が足を止め、後ろを歩く3人もいっせいに浅緋の顔を見た。
将軍という地位にいるだけに一際身体も大きく、精悍な容貌をしている浅緋の表情が硬く強張っている。
 「浅緋」
白鳴が名を呼ぶと、浅緋は直ぐに気を取り直したように言葉を続けた。
 「蒼樹(そうじゅ)様におかれましては、心より紅蓮様に忠誠を誓っておられます。王族の血とはいえ、先王の嫁がれた妹君のお子、
王位の継承は有りえぬと分かっておいでです」
 「本人がそう申しておるのか」
 「はい、紅蓮様を命を懸けてお守りすると」
 「・・・・・そうか」
 従兄弟に当たる蒼樹は、端麗で優美な姿ながら、幼い頃から天才的な剣術を操ることで有名だった。
一時、先王である父に不満を持つ者が、蒼樹を新しい竜王として担ぎ上げようとしたらしいが、本人が強固にそれを拒否して全ての
企みを父に告げた。
それで反乱分子は全て捉えることが出来、父はその褒美として蒼樹に王族の地位を与えようとした(婚姻で王家を出た王女の子
供は王族にはなれない)が、蒼樹は自分にはその地位は似合わぬと、希望して軍に入った。
 何度か将軍にという話も持ち上がったが、権力というものに嫌悪さえ抱いているらしい蒼樹は、今現在形だけの副将軍という地位
にある。
浅緋がその蒼樹を尊敬しているらしいという話は聞いたことがあるので、紅蓮はまた別の者に蒼樹の事を訊ねることにした。
盲目的な思いは、目を眩ますことも多いからだ。
 「神殿の方はどうだ?」
 「新しい神託はございません」
 「・・・・・」
(では・・・・・誰だ?)
 王族しか開くことが出来ない人間界の扉を開いたのは誰か。
王の証である翡翠の玉を奪った者・・・・・せめてその関係者を早急に捕らえなければならない。
人間界にある紅玉ももちろんだが、竜人界のどこかに隠されてある蒼玉を早く見つけなければならないのだ。
(蒼玉・・・・・蒼の玉)
その名を持つ蒼樹の名が再び頭に蘇った。
(一度、直接会って・・・・・)
 一番最近に会ったのも、王が崩御した時だ・・・・・そう思いながら、何時の間にか紅蓮の足は人間の少年がいる部屋の前まで来
ていた。
 「・・・・・」
 自分の王宮の中なので、もちろん声も掛けずに扉を開く。
その中に、あの人間の少年の姿は無かった。
紅蓮は直ぐに臣下達を振り返って叫んだ。
 「人間が逃げ出した!早く見付けて捕らえよっ!」