竜の王様
第一章 沈黙の王座
12
※ここでの『』の言葉は日本語です
『電灯が無いのに明るいなんて変な感じ・・・・・』
昂也はゆっくりゆっくりと、壁に手をつきながら足を進めていた。
部屋の中と同様、長い廊下には昂也の見知っている電灯の類は無く、天井や壁、そして床自体が光っているような感じだ。
どんな原理なのかと調べたい気もするが、とにかくこの空腹を何とかしたいと思っていた。
『台所とか・・・・・食堂みたいなとこ、ないのかな』
これだけ広い建物ならば、普通の家族が暮らしているといった状態ではないだろう。もしかしたら学校や会社のように、皆でまとまっ
て食べる場所が有るような気がした。
『・・・・・あ』
その時、1つの扉を見付けた。
『ここ・・・・・何だろ?』
少しだけ考えた昂也だったが、思い切って扉を開けてみた。
『・・・・・なんだ、ここ?』
床一面に、フワフワの綿のようなものが敷き詰められていた。
そして、そこには、一抱えも有りそうなほどの大きな卵が数個、まるで暖めるかのように布を被せられた状態で部屋の中央に置かれて
いた。
『ダチョウの卵よりも大きいんじゃないか?』
初めて見る大きな卵に驚いた昂也だったが、好奇心の方が勝って中に足を踏み入れた。
どこもかしこも寒い感じがしていたが、この部屋の中は少し温かな感じがする。
(卵を温めて孵すのか?)
『でも、この大きさ・・・・・まさか、恐竜じゃないよな』
口に出してそう言うと、昂也はなんだが本当にそんな気がしてきた。
そうでなくても言葉の通じない変な場所にいるのだ、この卵が恐竜であってもおかしくは無いかもしれない。
『・・・・・』
どんな感じなのだろう・・・・・少しだけ触ってみたくなった昂也は、一番側にある卵に触れてみた。やはり、卵と同じ様に硬い。
(これが食べられたらなあ)
いったい、卵焼きが何人分作れるのかとじとっと見つめながら考えた時、カタッと音がして閉めたはずの扉が開いた。
「ど、どなたですか?」
慌てて振り向いた昂也の目に入ったのは、自分と同じような年恰好の少年だった。
髪は明るい栗色で、目は綺麗な碧色だ。
(が、外人だ)
その容姿と、言葉が通じないことから安易に外人だと昂也は思ってしまったが、相手の少年の方も昂也の姿形を見てかなり驚いたよ
うだった。
「ここは神聖な静卵(せいらん)の部屋。神官以外は竜王様しかお入りになられない場所なんですよっ?」
『いや、あの、だから、言葉が分かんないんだけど』
「・・・・・先程からおかしな言葉を言っておられるが・・・・・あなた、竜人ではないな?」
『・・・・・』
(な、何だか、拙いかな?)
言葉が分からないまでも、相手が警戒を高めているのは感じた。
まさか自分と同じ年頃の相手が、あの赤い瞳の男のような変な真似をするとは思えないが、それ以外の・・・・・暴力という手を使って
くることは考えられた。
普段ならそうそう負ける気もしないが、今のコンディションは最悪だ。
(・・・・・逃げた方がいいか)
そう、昂也が思った瞬間、
グゥゥゥゥゥ・・・・・
盛大な腹の虫がその部屋の中に響き渡ったかと思うと、
バリバリバリッ
何かが割れる音が同時に響き、
『あ?』
「ああ!!」
先程昂也が触れた卵にヒビが入って、
「おぎゃあぁぁぁっ」
中から現れたのは、恐竜などではなく、丸々とした赤ん坊だった。
『も、ももたろう?』
思わず昔話の光景を頭に思い浮かべて現実逃避をしようとした昂也だったが、そこにいた少年にとってはこの出来事は歓喜に近いも
のだったらしい。
「この部屋の卵が孵化するなんて!直ぐに紫苑様にお知らせしなければ!」
そう言うが早いか、泣いている赤ん坊を卵を包んでいた布に包み込むと、そのまま駆け足で部屋を出て行った。
『・・・・・おいって』
取り残されてしまった昂也は、思わず小さく呟いてしまった。
姿を消した人間の少年を、4人の臣下達は手分けをして捜した。
紫苑の所見ではそれほど動き回ることが出来るような状態ではないということだが、黒蓉はそれが人間のずる賢い騙しなのではないか
と疑っていた。
(誰が騙されても、俺だけは・・・・・!)
ただ、あの存在はまだ人に知られるわけには行かず、誰彼にと聞いて回ることは出来ない。
それに、この世界では4人は誰も彼も位が高いので、慌てた様子を見せてしまうことも出来なかった。
何時もと変わらず、しかし、急いで。
人間の為になぜ自分達がこれ程に気を遣わなければと黒蓉が歯噛みする思いをした時、前方から早足で掛けてくる者がいた。
その白い服装から、神官だというのは分かる。
「江紫(こうし)、どうしたのだ」
案の定紫苑はその少年を知っているらしく、その名を呼んだ。
神官は皆【紫(し)】という名前になるように改名されている。間違いなく、この少年は神官のようだ。
「紫苑様!」
「その腕に抱いているのは・・・・・」
「静卵の部屋の卵が孵化したのです!」
「静卵の?」
思わず、黒蓉も声を上げた。
竜人は人間とは違い、母親の胎内から卵として生まれる。
それは1,2ヶ月はその姿のまま卵が大きくなり、やがて卵は孵化し、ヒト型として生まれ出でてくるのだ。
しかし、中には半年以上経っても、孵化しない卵がある。
それは父母の相性が悪い場合や、先天的な病を抱えているもので、それらの卵は神殿に集められ、それから更に孵化を促す。
そこで孵化するのはほとんど無く、1年以上経った卵は静卵の部屋に入れられ、神官長が魂を沈める祈りを捧げて、地下神殿にあ
る聖泉の中に沈めるのだ。
静卵の部屋というのは、いわば卵の棺といってもいい。
先王が病に倒れてから、生み出される卵の数は極端に少なくなり。
それと同時に、静卵の部屋に行く卵は・・・・・回を経るごとに多くなっていった。
黒蓉は少年、江紫の腕に抱かれた赤ん坊を見下ろした。
通常より小さいようだが、それでも元気に泣いている。
「いった、何があったのだ?」
紫苑の言葉に、江紫ははいと言葉を続けた。
「少し、寒くなったような気がしたので、気になって静卵の部屋に参ったのです。すると、そこに見知らぬ者がいて、卵に触れていまし
た」
「・・・・・見知らぬ者?」
黒蓉と紫苑が視線を交わす。
「私がその者を詰問していた時、急に、その卵が割れて・・・・・」
「その者は黒い髪をしていなかったか?」
江紫の言葉を遮るようにして黒蓉が訊ねた。
黒蓉を紅蓮の側近だと知っている江紫は直ぐに頷く。
「はい、それと、黒い目を・・・・・」
「・・・・・っ」
黒蓉は直ぐに走り出した。
確かにあの人間がいた部屋を真っ直ぐに行けば、静卵の部屋があったはずだ。
しかし、あの部屋は哀れな卵を静かに送る部屋なので、無意識のうちに捜索から外していた。
(何をしたのだ・・・・・っ)
後は聖泉に帰るだけだったはずの卵にいったい何をしたのか・・・・・黒蓉は何があったのかと知りたくて、急いで目的の部屋に向かっ
た。
そして。
バンッ
激しく扉を開くと同時に、耳に煩いほどの赤ん坊の泣き声が聞こえ・・・・・。
「こ、これ、は・・・・・」
部屋の真ん中に、あの人間の少年が座り込んでいた。
『あ、あの、どうにかしてくれませんか?触ったら、なんか、みんな割れちゃって・・・・・』
そして、その周りには、7人もの赤ん坊が競うように泣きながら、まるで人間の少年に助けを求めるかのようににじり寄っていた。
「・・・・・いったい・・・・・」
『ちょっと〜』
命が無いはずの卵を全て孵化させてしまった人間の少年を、黒蓉は驚愕の眼差しのまま見つめるしか出来なかった。
![]()
![]()
![]()