竜の王様
第一章 沈黙の王座
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※ここでの『』の言葉は竜人語です
東翔はじっとアオカを見つめながら長い話を聞いていた。
アオカの話は龍巳に話してくれたものよりも詳しいもので、龍巳も初めての内容を興味深げに聞く。
(竜人界か・・・・・)
小説や漫画の中では、ごく普通に出てくる人間以外の存在が住む世界。
幼馴染の昂也は、
「そんな世界があったら行ってみたいと思わないか?俺が勇者とかなったりしてさ、それって凄いじゃん!」
そう、よく空想して楽しんでいたが、現実主義の自分はそんなものがあるはずがないと思っていた。昂也の話も、そうだなと相槌は打つ
ものの、何時までも子供っぽい奴と苦笑が零れていたのだが・・・・・。
(その昂也の言葉の方が正しかったって事か)
「・・・・・」
アオカは東翔に話しながらも、時折龍巳の存在を確かめるように視線を向けてくる。
その視線に頷いてやりながら、龍巳は昂也は今頃どうしているのだろうかと考えていた。
トーエンと同じ様に、トーエンの祖父、トーショーは自分の話を笑わずに聞いてくれていた。
人の気配に敏感な碧香は、それが同情や投げやりな気持ちの上ではないことをちゃんと感じ取っている。
(本当に、トーエンに出会えてよかった・・・・・)
遥か昔、竜人界の王族が、この人間界にやってきたことは間違いはないはずで、その血を引く人間・・・・・いわゆるハーフはそれこそ
何人もいる可能性があった。
そんな中で、自分がこのトーエンの目の前に現れたのは何らかの意味があると思う。
ただの偶然でこの地に現れたとは考えられなかった。
「・・・・・分かった」
様々なことを考えながら、碧香は何とか自分がこの人間界に現れた理由を話し終えた。
すると、頷いたトーショーは窓から今碧香達が後にしてきた滝壺の方角を見ながら口を開いた。
「2,3日前、滝が吹き上がった」
「え?」
それはトーエンも知らなかったことなのか、驚いたようにトーショーを見ている。
「本当に?」
「その日の朝、夢を見たんでな。気になって滝を見に行った」
「夢って、どんな?」
「一匹の竜が玉を抱いている夢だ」
「!」
トーショーのその言葉に、碧香も慌てて顔を上げた。
「その竜をご覧になられたのですかっ?」
「・・・・・いや。わしが滝を見ていた間は何も起きなかった。その後、帰ろうとした時に飛沫を感じた。竜が実際に飛び立ったかどうか
は見ていないな」
「・・・・・そうですか」
碧香は落胆の溜め息をついた。
その竜の姿を見てもらえれば、碧香には玉を盗んだ者の正体が分かるはずだった。
そもそも、今の竜人界で完全な竜の姿になれるものは5分の1ほどしかいない。その中でも、それぞれ鱗の色合いや姿は微妙に違っ
ているので、特長さえ分かれば相手を突き止めることは可能だったのだ。
(残念だけれど・・・・・兄様にお任せするしかないのか・・・・・)
2人の会話をじっと聞いていた龍巳は、ふと思い当たって祖父に聞いた。
「じい様は昂也の事を覚えてるんですね?」
「ん?」
「アオカが、自分がこちらにいる時は、昂也の存在は無いものとされてるって言っていましたから」
ああと、東翔は頷く。
「まあ、わしも竜の血を引く人間だからじゃないか」
「え?」
事も無げに言う東翔の言葉は実は重大なことだ。
龍巳は思わず身を乗り出した。
「どういうことですか?」
「神社には古い文献が幾つもある。その中にはこの神社の謂れを記した物もあった。それによれば、この神社の初代神主の娘は竜
の化身と結ばれ、子を生したと書かれてあった。なかなか奇抜な話だとは思っていたが、アオカの話を聞けばそれも有りうるのかと思っ
ているところだ」
「竜の化身・・・・・」
例え話のようなそれが、実は真実だったということか。
龍巳は驚いたように自分を見つめているアオカを見返して・・・・・思わず笑ってしまった。
「事実は小説よりも奇なりということか」
「東苑」
「はい」
「わしらの見知らぬ世界に行った昂也の身を案じても、わしらが出来ることは何も無い。昂也の無事を考えるならば、早くアオカの
言う玉を見付けるしかないだろう」
「・・・・・はい」
昂也のことが心配なのは事実だった。
直情的で素直で、親分肌なのに泣き虫で。そんな自分の大切な幼馴染を助ける為には、とにかく玉を見付ける事が先決だ。
龍巳はギュッと拳を握り締めた。
(言った方が・・・・・いいのだろうか・・・・・)
碧香はトーエンとトーショーの会話を聞きながら、自分が切り出すべきかどうか迷っていた。
竜人界に行ってしまったコーヤと、全く連絡を取る手段が無い・・・・・ことはないのだ。
自分達が入れ替わって互いの世界に行ったということは、それだけ気が近い存在だということも言える。碧香が根気よく頭の中でコー
ヤに話しかければ、その思念が通じる可能性は十分にあるのだ。
ただ、コーヤは自分がなぜ未知の世界に来てしまったかを知らないままなので、碧香の呼び掛けに気付かなかったり、気のせいだと
思って聞き逃す可能性は十分あった。
そんな確信も持てないことを2人に言っていいのか、碧香は迷っていた。
(トーエンにとって大切な存在なんだもの・・・・・ちゃんと出来ることが分かってからの方が・・・・・)
そう・・・・・けして、トーエンの目を自分にだけ向けてもらう為ではない。
「・・・・・で、いいか?」
「え?」
「疲れた?」
いきなりトーエンが顔を覗き込んできたので、碧香は驚いて身を引いてしまった。
どうやら少しの間、自分の思考の中に沈んでいたらしかった。
「な、何でしょうか?」
慌てて居住まいを正すと、トーエンはしばらく黙って碧香を見つめていた。
しかし、碧香がそのまま話さないのが分かると、トーショーを振り返りながら言った。
「アオカのこと、父に話す。多分、理解してくれると思う」
「はい」
「ただ、母は外から嫁いで来た人だから、コウヤの事を忘れている可能性が高い。だから、アオカはじい様の知り合いの孫で、うちに
神主の修行をしに来たっていうことにしたらどうかと思う。うちは今までにも何人かの神主の卵を世話してきた実績もあるしな。それで
いいか?」
「私は、力を貸して頂けるだけでも嬉しいんです。何の異存もありません」
「それ」
「はい?」
「アオカ、俺とそんなに歳は変わらないだろう?俺に向かっては普通に話してくれていいよ」
「そんな事・・・・・」
「その方が嬉しい」
「トーエン・・・・・」
碧香の負担にならないように、細やかな気配りをしてくれるトーエンの気持ちが嬉しかった。
(本当に・・・・・優しい)
竜人界では、王族として・・・・・いや、紅蓮の弟として、碧香は一介の竜人達とは接触も制限されているような状態だった。
王族というものに誇りを持っている兄は、自分達は特別な立場なのだと碧香にもよく言い聞かせ続けた。
碧香も、立派な父や兄を見てきて、自分もちゃんとした王族として恥ずかしくない存在でいようと努力をしていた。
そのせいか、周りが自分達に向けてくるのは尊敬や敬愛で、親愛という一番身近な感情を向けられているとは感じていなかった。
それが寂しいと思うよりも、当たり前だと感じていたのだが・・・・・。
「はい、ありがとう、トーエン」
騙しているわけではない。
碧香はそう自分の心に言い聞かせた。まだ実際にコーヤの声が聞けるかどうかも分からないうちに、希望を持たせる方が申し訳ないと
思う。
(そうだ、後からまたあの滝に行ってみよう。清い気が強いあの場所でなら、コーヤの声が聞けるようになるかもしれない)
「服は変えた方がいいな」
「女物って、母さんのしかないけど」
「それは少しアオカに申し訳ないな・・・・・ああ、巫女装束がある。とりあえずはあれを着せておくか」
トーエンとトーショーは、顔をつき合わせて何やら話を続けている。
それが自分の為であることは分かっているので、碧香はその結果をありがたく受け入れるつもりだ。
それよりも、碧香はコーヤに話しかけることが出来るか早く確かめてみたかった。
(でも、トーエンに知られないようにしなければ)
「アオカ」
「はい」
穏やかな声で名前を呼ばれ、碧香は直ぐに返事をする。
窓の向こうに見える森を見ていた目は、直ぐにトーエンへと向けられた。
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