竜の王様




第一章 
沈黙の王座



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※ここでの『』の言葉は日本語です






(これはいったい・・・・・どうしたらいいっていうんだ?)
 昂也は腕の中にいる赤ん坊を見下ろしながら心の中で呟いていた。

初めて見た大きな卵に触れてみたくて手を伸ばしたのはいいものの、その拍子に卵はひび割れてしまった。
それだけではなく、その中からまるで御伽噺の《ももたろう》のように、赤ん坊が泣きながら出てきたのだ。
(そりゃ、びっくりするって・・・・・)
 その不思議な出来事は、部屋の中にあった8個もの卵全てに起こり、結局8人もの赤ん坊が生まれ(?)出てくることになった。
見た目は、人間の赤ん坊とほとんど変わらなかった。ただ、手足の外側や背中にかけて、よく見なければ分からないほどの肌色に近
い柔らかい鱗のようなものが覆っており、尾てい骨の辺りには小さな尻尾のようなものが生えている。
耳も先が少し尖っていて、生まれたばかりだというのに八重歯のような小さな歯が牙のように口から覗いているが・・・・・昂也は不思
議と怖いとも気味が悪いとも思わなかった。
自分自身、感覚が麻痺しているのかもしれないが、必死に自分に擦り寄って泣く姿を見たら可愛いという思いしか生まれない。
 しかし、そんな可愛らしい赤ん坊達とは正反対のような大きな男達が自分を取り巻いて見下ろしているのは気持ちがいいものでは
なく、昂也はどうしようかと赤ん坊を抱いたまま考えていた。



 「これを、全てこの者が?」
 紅蓮の口調に驚きの響きはあったものの、そこに疑念は無かった。
それほどに、この不思議な現象は通常ならば有りえるものではなく、この人間の少年の存在が原因だろうということは確実だからだ。

 紫苑が腕に赤ん坊を抱いて紅蓮の前に現れた時、紅蓮はその姿に衝撃を受けた。
ここ数年、あまり卵が生まれないという現実とともに、完全な竜に変化出来ない者達が増えた。
それは長い年月の間に少しずつ血が変わってきたものかもしれないが、竜に変化出来ることが竜人の誇りと思っている紅蓮にとって
は嘆かわしいことだった・・・・・が、この、目の前の赤ん坊達は多分、変化出来る力を持っている。鱗を持って産まれた者達は、成長
するにつれてその鱗自体は消えてしまうが、変化する時には身体の中から鱗が浮き上がってくるのだ。

 紫苑から大まかな話だけを聞いて静卵の部屋に行くと、そこには更なる衝撃の光景があった。
人間の少年の周りに、7人もの赤ん坊がいたからだ。
そして、その者達全員の肌にうっすらとした鱗の存在を見つけた時、紅蓮はこの奇跡のような孵化を促したらしい人間の少年を驚愕
の目で見つめてしまった。
 『あ、あの、どうにかしてくれない・・・・・ですか?』
 腕に2人、膝元に5人の赤ん坊を纏わり付かせた人間の少年が困ったような視線を向けてきた。
(どうして私にそんな視線を向けることが出来る・・・・・?)
無理矢理に犯した相手を信じるような眼差し・・・・・そこには恐れや蔑みの気配は微塵も無い。
 「・・・・・黒蓉、そなたが来た時にはもう?」
 紅蓮が駆けつけた時、入口近くに立ちすくんでいた黒蓉は、紅蓮の言葉にようやく我に返ったかのように膝をついた。
 「はい、私が参りました時には既に孵化した後でした」
 「・・・・・」

 「ギャッ、オギャア!」

 「あ」
紫苑の腕の中にいた赤ん坊が激しく泣いてむずかり出した。
まるで手を離してくれとでもいう様に暴れ出したその赤ん坊を見つめた紅蓮は、紫苑に下ろすようにと言った。
 「宜しいのですか?」
 「ああ」
紫苑が言われた通りに赤ん坊を下に下ろすと、保温用の柔らかな敷き布の上を這った赤ん坊はそのまま人間の少年の膝に向かっ
た。
仲間を押しのけるようにして近付いた赤ん坊は、その身体に触れるとまるで安心したかのように泣きやんでおとなしくしている。
それがいったいなぜなのか、紅蓮以下そこにいる者達は皆分からないままだ。
 『ちょっと、聞いてる・・・・・ですか?』
 途惑っているのは紅蓮達だけではなく、当の人間の少年も同様らしかった。
どうにかして立ち上がろうとしたいようだが、動いて小さな赤ん坊が怪我でもしないのかと心配して動けない・・・・・ように見える。
言葉は分からないものの、その表情から気持ちは十分分かった紅蓮は、紫苑を振り返って言った。
 「何時までもこの部屋に置いておく事は出来ないだろう。直ぐに部屋を用意して・・・・・ああ、親達にも連絡をしてやらねばならぬ
な」
 「はい」



 それから少しして、昂也がこの部屋で出会ったような自分と同じ年くらいの少年達が数人現れた。
両腕に赤ん坊を抱き、どうやら別の部屋に移そうとしているらしいが、昂也の身体から離された途端赤ん坊達は激しく泣き始めた。
まるで母親から離される子猫のような鳴き声だ。
 このままの状態も困りものだが、泣かれるのも困る。
昂也は1人1人の頭を軽く撫でて言った。
 『怖い所に行くわけじゃないって。みんな喜んでくれてるはずだから、安心していいんだぞ?』
 言葉が通じるはずはなく、そもそも相手は赤ん坊だが、なぜか昂也の言葉を分かったかのように赤ん坊達は途端に静かになって、
大人しく他の部屋に連れて行かれた。
今までのざわめきが一瞬でなくなってしまい、部屋の中は静寂に包まれる。
 「・・・・・」
 『・・・・・』
(・・・・・あ、そうだよ、俺お腹空いて出て来たんじゃんか)
 ようやく当初の目的を思い出した昂也は、途端に腹が鳴るほどの空腹に襲われた。
自分を強姦した相手を目の前にしてこれはちょっと情けない気もするが、腹が減っては戦も出来ないのだ。
 『え〜っと・・・・・何か、食べさせてください』
 とりあえず、頼んでみた。
だが、赤い目の男は無言のまま自分を見下ろしているだけだ。
(話にならないな、こいつは)
昂也はこの男を相手にするのを早々に諦め、先程自分の身体の後始末をしてくれた(これも改めて考えれば恥ずかしいが)男を見
付けた。
 『ご飯、忘れてないよな?』
指で物を食べる仕草をし、腹をポンポンと叩いて見せると、男はあっと声を上げた。
 「どうした、紫苑」
 「あ、いえ、この者が空腹を訴えていたのを思い出しまして」
 「・・・・・なぜ分かる?言葉が通じたのか?」
 「いいえ、仕草で何とか」
(ちょっと、何話してるんだよ)
自分が言いたいことがちゃんと伝わっているのか不安になった昂也は、立ち上がって更に言葉を掛けようとした。
だが。

《コーヤ》

 『うわあっ!』
 突然、頭の中に声が響いた。
今まで聞いたことの無い、綺麗で柔らかな声。女のように高くも無く、かといって男とも思えないような不思議な声。
(うわっ、何で頭の中に響くんだっ?)
 「どうした?」
 急に挙動不審になった昂也を、目の前の男達は少し警戒するように見る。
だが、昂也に周りを気にする余裕は無かった。
《コーヤ、聞こえますか?》
 『ま、またっ?』
再び聞こえる声。
しかし、今度は、その声が自分の名前を呼んでいることに気付いた。
(俺の名前・・・・・知ってる?)
《私の声が聞こえるんですねっ?》
 『う、うん』
嬉しそうな声に思わず答えると、その声は更に弾んだように言葉を続けた。
《私は、碧香と言います。詳しいことは後で説明しますので、申し訳ありませんが少しだけ口を借りても宜しいですか?》
 『く、口?』
《はい。そこに、赤い瞳の者がいますよね?それが私の兄、紅蓮です》
 『ぐ、ぐれん?あ、あのさ、何か、分かんないけど、ちょっと説明してもらっていい?俺、腹が減ってるんだけど』
《はい》
 有りえないことばかり続いて気持ちに免疫が付いているのか、昂也はあっさりと声の要求に頷いた。とにかく今の現状がどうにかなる
のならと、昂也は声の言うように赤い瞳の男の前に立つ。
 「何だ」
昂也の行動を訝しげに見ていた男が、警戒したような目を向けてくる。
その時、

 【兄様】

 「!」
 『・・・・・っ』
(なに、この声っ?)
確かに口を開いたは昂也だったが、出てきた声は頭の中に響いた声と同じで。
言っている言葉も聞いたことが無い言葉なのに、意味がはっきりと分かった。
(な、何なんだ、これ?)
しかし、昂也以上に驚いたらしい赤い瞳の男は、いきなり強く昂也の両肩を掴んで叫んだ。
 「碧香!碧香なのかっ?」
 『・・・・・』
(うわ・・・・・こっちの奴の言葉は相変わらず分かんないじゃんか〜)