竜の王様




第一章 
沈黙の王座



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 『お、おはよ・・・・・ございます』
(うわ、睨んでるよ)
 昨日もそうだったが、今日も変わりなく冷たく見つめてくる紅い目。
昂也はまたかなと思う反面、なぜ自分がこんな目で見られるのかと不思議て、理不尽でたまらなかった。
だが、それがこの男の普段の姿なのだというように意識を切り替えれば、それはそれで何とか我慢出来るかもしれない。
そう思いながらも、昂也は心の中で深い溜め息をついてしまった。



 シオンとシオンの周りにいる歳若い少年や青年達は、昂也に向かって好奇や畏怖の視線を向けて来るものの、そこに憎悪や嫌悪
はない気がする。
見掛けは人間とは変わらないが、多分、どこか違うというのはさすがの昂也にも感じ取れる。その違いが分かれば、この赤い目の男の
視線の意味が分かるかもしれないが・・・・・。
(そんなの、今の俺に分かるわけ無いじゃん)
 半ば開き直りかもしれないが、昂也はその目を無視することにした。
なぜだか分からないが、1日の中で多くの時間をこの男・・・・・グレンの側で過ごさなければならないのなら、少しでも自分にとっていい
環境にしたい。
 『・・・・・ねえ』
 「・・・・・」
 『俺、ここに座っていいの?』
 どうやら仕事をしていたのか、グレンに負けず劣らず自分に向かって何時も冷酷な目を向けてくる黒髪の男が、手に何かを持ってグ
レンと向かい合っていた。さすがに邪魔をするのは悪いなと思った昂也は(しかし、強引に呼ばれたのはこちらだが)、2人から少し離れ
た壁際の椅子を指差しながらシオンを振り返る。
 「シオン?」
 「ああ、そこに」
 頷いてもらったので、昂也はそのまま椅子に座って3人の方を見つめた。
(なんだが、外国にいるみたいだな)
髪の色も目の色も違う、3人の美丈夫達。今目の前にいるというのに、どこかテレビか映画を見ているような不思議な気がする。
もしかして、自分はまだ眠っているのだろうか・・・・・?
(やば・・・・・眠くなっちゃったよ・・・・・)
お腹がいっぱいになったことと、やはり慣れない場所で身体は緊張し続けているのか、昂也は大きな欠伸をしてしまった。



 「紫苑」
 「はい」
 「何時、人間の言葉が分かるようになった?」
 ごく自然に、コーヤが紫苑を振り返って何かを言い、それに対して紫苑も聞き返すことなく頷いた。
まるで2人に絆が出来たような気がして、紅蓮は胸の中に不快感が生まれる。
(人間と意思の疎通をするつもりは無いが・・・・・)
それでも、自分に出来ないことを紫苑が事も無げにしてしまうのは面白くなかった。
 「いいえ、紅蓮様」
 そんな紅蓮の感情に敏感に気付いた紫苑は、直ぐにその面前に進み出て言う。
 「私はあの者の言葉を理解しているのではありません」
 「・・・・・分からぬと?」
 「そうです。ただ、世話をするにはあの者の意向を出来るだけくみ取りたいと思い、その表情を注意深く見るように致しました。それで
少しは、考えていることが感じ取れるようになっただけのこと」
 「・・・・・」
(そこまで、あの者に心を寄せているということか?)
元々、神官である紫苑は、竜人界の過去の出来事も生真面目に学んできた。その中には人間界と人間のことも書かれた箇所が
あるはずで、他の者よりは人間についての知識はあっただろう。
それでも、こんな短期間でこれ程分かり合えることが出来るだろうか?
 「紫苑、お前少しあの人間に近過ぎじゃないか?」
 紅蓮は一瞬、無意識の内に自分がそう言ったのかと思ったが・・・・・紅蓮の心の内をまるで代弁するかのようにそう言ったのは黒蓉
だった。
 「いずれは向こうに帰す者だ。それほどに気遣う必要も無いだろう」
 「黒蓉殿、私は」
 「それとも、碧香様がお戻りになられたと同時に、その命を奪う方が容易いかも知れぬ。この竜人界の事を人間どもに話されても困
るしな。そうは思われませぬか、紅蓮様」
 「・・・・・それも、一案ではあるな」
黒蓉の言葉を暴論とは言えなかった。
確かに紅蓮自身、碧香が人間界に行くことにしてからそのことを考えないではなかったのだ。ただ・・・・・この国に来るのがあんな子供
だとは思わなかったということもあるが。
(女ならばまだ使い道があったかも知れぬし、年老いたものならばその存在さえも気に掛けぬくらいだったがな)
思いがけず、碧香と同じぐらいの年頃の、生命力に溢れた少年。無視するにはその存在感は眩しいほど大きかった。
 「紅蓮様、コーヤの命を奪うことには賛成しかねます。彼は無事人間界に戻さねばっ」
 「紫苑っ、お前、紅蓮様に意見する気か!」
 「冷静にお考え下さい、黒蓉殿。コーヤは碧香様と入れ替わりにこちらの世界に来たのですよ?碧香様が戻られると同時にその姿
は人間界に行ってしまう。殺害することなど不可能です」
 「・・・・・」
 「それに、コーヤは碧香様と意思の交感が出来るということも分かっています。人間界での碧香様のご様子を知るにも、コーヤの存
在は不可欠です。なれば、出来るだけ居心地よい場所を与えたい。違いますか、紅蓮様」
 「・・・・・そなた、かなり肩入れをしておるな」
 「・・・・・」
 「紫苑、どういうつもりであの者の側にいる?」
 「・・・・・コーヤは、とても不思議な人間です。命が無いはずの卵を孵す事が出来る者など、この竜人界には今まで存在しません
でした。だからこそ、もっと良く知りたいと思った・・・・・その気持ちに偽りはございません」



(長い話だよなあ~。俺がここにいる必要なんてあるのか?)
 全く役に立たないはずの自分をこんなに側に置いているのは、もしかしたら逃げてしまうことを警戒しているのだろうか?
(そんなのするわけないじゃん。どこ行っていいのか分かんないのに・・・・・)
これが日本のどこかとか、いや、世界の国のどこかならば、まだ何とか自分で動こうとしたかもしれない。
しかし、ここはそのどことも、昂也の知識のあるどこの場所とも違うのだと、昂也もようやく納得してきたのだ。そんなわけの分からない場
所を1人で動き回るのはちょっと・・・・・出来ない。
 『・・・・・そういえば、あの卵の子達、どうしてるかな』
 あの時は卵の中から人間が(その表現も少しおかしいかもしれないが)出てきて、ただビックリするだけだったのが、少し時間を置いた
今ではあの赤ちゃん達(これは間違ってはいないだろう)はどうなったのだろうかと気になった。
(シオンに言って会わせてもらおうかな)
その前に、あの頭の中で話し掛けてきた相手、アオカとも何とか連絡を取りたい。
 『あ~、でも、なんか身体がしゃっきりしないんだよなあ・・・・・』



 真っ直ぐに自分を見つめて進言してくる紫苑の言葉の方が理にかなっていることは分かっていた。
自分と黒蓉の意見は偏り過ぎている事も自覚しているし、紅蓮の中ではたった今黒蓉に言われるまでコーヤの命を奪うことは考えて
いなかった。
もしかしたらそれは、命まで奪うことは無いのではないかというよりも、そんな手間を掛けるほども無いのではという気持ちの方が強かっ
たのかも知れないという可能性はあるが。
それでも、目の前の全く見えない人間という存在に対して憎悪を抱いていた時と、現実にコーヤという少年を見てしまった後ではその
気持ちも違っているのは確かだ。
(それでも・・・・・人間を忌む気持ちは変わらぬが・・・・・)
 そう思いながら視線をコーヤに向けた時、紅蓮は僅かに目を見張った。
 「・・・・・」
 「紅蓮様?」
紅蓮の気配に敏感に気付いた黒蓉がその視線の先を追い、その眉を顰める。
 「紅蓮様の前で無礼な」
 「・・・・・」
黒蓉のように怒りを感じる前に、紅蓮は呆れてしまった。
(こんなところで・・・・・眠れるものか?)



 「コーヤ?」
 最後に視線を動かした紫苑は、椅子に座った状態で、そのまま壁に寄りかかって眠っている昂也の姿を見つけた。
けして和やかとは言いがたいこの部屋の雰囲気の中でよく眠れると驚いたが、その反面、これほど神経が太いからこそ、この信じられ
ない現実を受け入れているのではないかとも思えた。
 「申し訳ありません、直ぐに連れ出しますので」
 紫苑は昂也に歩み寄るとその身体を抱きあげた。少し高い体温が、妙に心地良く感じてしまう。
 「話の途中で、大変申し訳ありません」
 「早く連れて行け」
 「はい」
厳しい口調で言う黒蓉に、紫苑は直ぐに頷いた。
 「失礼致します」
続いて紅蓮に頭を下げて、紫苑はそのまま部屋から出た。
紅蓮と黒蓉との話はまだ途中だったが、眠ってしまった昂也をちゃんとした場所に運んでやりたいと思う気持ちの方が先にたった。
この時点で、紫苑の最優先が紅蓮ではなく昂也になってしまっていたことに紫苑は気付かない。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
そして、その姿を紅蓮がじっと見送っていたことにも、背を向けていた紫苑は気づくことが出来なかった。






                                        






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