竜の王様
第二章 二つめの赤い眼
プロローグ
※ここでの『』の言葉は日本語です
王宮の中は騒然としていた。
「いったい何が起こったのだ!」
紅蓮は珍しく怒りを露にしたまま叫んだ。
部屋の中に紫苑といた時、いきなり足元から突き上げる衝撃と大きな音が聞こえた。
いったい何があったのか分からず、紫苑は直ぐに部屋を飛び出して行った。
(いったい何が・・・・・っ?)
次期竜王になる紅蓮は勝手に動くことが出来ない。
竜人が全て死に絶えたとしても、王家の純粋な血を引く紅蓮は最後まで生き残り、次世にその血を繋がなければならないというのが
一番重要な役目だからだ。
それでも、じっとしていられない気持ちで報告を待っていると、再び紫苑が現れた。その顔は真っ青になっている。
「角持ちの赤子が竜に変化したそうです!」
「!」
とても信じられない言葉に、紅蓮は赤い目を見張った。
紅蓮が駆けつけた時、そこはまるで何者かに襲撃を受けたかのようなほどに壊れていた。
「紅蓮様っ、角持ちの赤ん坊が!」
「金の竜に変化したのです!」
普段赤ん坊達の世話をしている少年神官達が口々に叫ぶように言っていた。どの顔も興奮したように頬を紅潮させ、自分達が今
見た光景をどう説明しようかともどかしく思っているようだ。
それも、無理は無いのかもしれない。
歳若い竜人達の中で、実際に誰かが竜に変化するところを見たことがある者などほとんどいないからだ。
今の竜人達の中で竜に変化出来るほどの力がある者はごく僅かで、彼らのほとんどは王宮にいるものの、変化の瞬間を見せること
は皆無といっていいのだ。
「あの角持ちはまだ赤子だぞっ?」
「それでもっ、いきなり全身が金色に光ったかと思うと、頭の先から徐々に竜に変化していったのです!」
「そんな事が・・・・・っ!」
(そんな事があるはずがない!)
ある程度の肉体と精神の成熟が無ければ、身体を竜に変化するというかなりの負担に心も身体も耐えられるはずが無いのだ。
「紅蓮様っ」
そこへ、黒蓉が駆けつけた。
無残に崩れた一室と、それに続く壁に視線を向けながら、黒蓉は紅蓮の面前に進み出た。
「コーヤが逃げ出しました」
「なにっ?」
「金の竜が現れ、その背に乗って王宮から・・・・・まさか、あの角持ち、が?」
紅蓮に報告をしながら、敏い黒蓉は壊された部屋がどこかというのを知って、その事情を推測したようだ。
「・・・・・そのようだ」
「・・・・・」
「黒蓉、コーヤは連れ去られたのではなく、自分から逃げたのか?」
「はい。自ら金の竜の頭に乗りました。金の竜も、コーヤを連れ去る目的で現れたように感じましたが・・・・・それが、あの者が連れ
帰った赤子の変化した姿とは・・・・・」
黒蓉の言葉に紅蓮は眉を潜めた。
あの角持ちの赤ん坊のことは何一つ分からない状態で、コーヤまで連れ去られてしまった。いや、コーヤは自分から逃げたのかもしれ
ないが、自分の手元からいなくなったということは事実だ。
紅蓮は直ぐに、居並ぶ部下達に命じた。
「直ぐに角持ちの赤子とコーヤを捜し出せ!!」
何かが頬に触れている。
しかし、昂也は眠くて仕方が無かった。
(もう少し寝かせてくれよ〜)
何か・・・・・大切なことが頭の中から抜け落ちているような気がするが、今の昂也にとって大切なのはこの眠りのような気がしていた。
とにかく眠って、そして目が覚めれば、そこは見慣れた自分の部屋のはずだ。
チガウ
頭の中で、明確な声が聞こえた。
そして・・・・・昂也はようやく重い瞼をゆっくりと開けた・・・・・。
『・・・・・どこだ?ここ』
真っ先に視界の中に飛び込んできたのは真っ黒い石。いや、それは石が黒いわけではなく、昂也がいる場所が暗いだけなのだとい
うことを少しして気が付いた。
そして、次々と頭の中に蘇る記憶に、昂也は我ながらと大きな溜め息を付くことになってしまった。
男子高校の、今年無事2年生に進級出来た行徳昂也(ぎょうとく こうや)。
170センチに遠く届かない身長ながら、そのやんちゃぶりで幼馴染である龍巳東苑(たつみ とうえん)や他の友人達をも振り回して
いた。
その昂也が、竜人界という不思議な世界へときてしまったのは、竜人界の王位継承にまつわる混乱からだ。
王の証でもある翡翠の玉が盗まれ、それは蒼玉、紅玉という2つの玉に分かたれて、それぞれ竜人界と人間界へと隠された。
その人間界に持ち出された紅玉を探しにやってきたのが、次期竜王である紅蓮の弟碧香だ。
碧香は王族だけが開けることが出来るという時空の扉を開けて人間界へと向かったが、その碧香の存在を許す代償として、昂也
が人間界から竜人界へとやってきてしまった。
竜人達は、人間界に対して昂也には分らない憎悪に近い感情を抱いているようで、昂也もこの世界にやってきたその日に、いきな
り紅蓮に犯されてしまい・・・・・。
『ストーーーーープ!!』
昂也は頭の中に沸き上がってきた今までの出来事をブンブンと頭を振って振り払った。
今更何を言っても、今自分がここにこうしていることは確かで、それを誰かのせいにしても何も進まない。
昂也は勢いをつけて起き上がった。
『あの建物は近くには見えないよな・・・・・結構遠くにきちゃったりして』
なぜかいきなり押し倒してきたグレンから逃げ出し、どこかに閉じ込めようとした(多分だが)コクヨーの手から逃げ出したいとは思った
が、それでも全く知らない世界の知らない土地に、知った相手もいなくて1人きりでいるのは心細い。
(でも、こんなトコまで一気に来れるなんて、竜ってすご・・・・・)
『あっ、赤ちゃん!』
昂也はハッとして辺りを見回した。
自分をここまで連れてきてくれた金色の竜がどこにいるのかとっさに捜してしまった。
だが、昂也が心配することも無く、その金竜・・・・・いや、昂也が山の中で見つけた額に一本の角を持つ赤ん坊は、昂也の腰辺りに
身を丸めて眠っていた。
『良かった・・・・・』
あれほどに雄々しく大きな竜に変化したといっても、昂也からすればまだ自分で自由に歩き回ることも出来ない赤ん坊だ。
そっとその顔を覗きこんでみると、今はあの綺麗な金の瞳も伏せられて見えなかった。
眠っていることが分かると、昂也ははあ〜と溜め息をつく。
ようやく今になって、自分がどうしたらいいのかと考えてしまったのだ。
『とにかく、何か食わないとな?それに、お前の服もどうにかしてやりたいし』
赤ん坊が話すわけも無く、そして話したとしても言葉は通じないだろうと思ったが、それでも昂也はそう言って腕に抱いた赤ん坊に笑
い掛けた。
昂也も風呂上りの簡易な服で、赤ん坊にいたっては柔らかな布をぐるぐる巻きにされているだけの状態だ。
日本の秋か冬のような気温はやはり寒くて、昂也は早く赤ん坊に暖かい物を着せてやりたかった。
昂也達がいたのは、小高い丘の、木々の中に隠れるようにあった小さな穴だった。それでも大人4、5人は寝られるぐらいの広さで、
外よりは格段に暖かい場所だ。
近くには家のような建物は無いが、それでも何者かの手が入っているようには開けていて、多分歩いていれば人に・・・・・いや、この世
界では竜人というのだろうが・・・・・会えるのではないかと思った。
ただ、一つ問題なのは言葉が通じないということだ。
幾ら少しだけ単語が分かるとはいえ、会話が出来ないことには仕方が無い。
「こ、こんにゃちわ、ごあん、おにゃかすいーら?」
(・・・・・いや、多分間違ってるな)
細かい発音がどうしてもあやふやになってしまい、聞き取ろうと思って聞いてもらえたらまだ意味は分かってもらえるかもしれないが、全く
の初対面の相手だと多分駄目だ。
『俺が人間だというのは知られない方がいいんだろうけど・・・・・クション!』
・・・・・まずい。
このまま、薄着で歩き続けていれば必ず風邪をひいてしまうだろう。
いや、自分はまだいいが、この赤ん坊まで風邪をひいてしまったら・・・・・。
『・・・・・まずいって』
誰に聞かせるまでも無く、昂也は焦ったように呟いた。
![]()
![]()
![]()