竜の王様




第一章 
沈黙の王座



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 強引に腕を掴まれて歩く昂也は、全く違う歩幅のせいで今にもこけてしまいそうになっている。
それでも、そんな昂也の様子を一切気にする風も無く、相手はどんどん歩を進めていた。
 『ち、ちょっとっ、どこに行くんだよ!』
 「・・・・・」
 「コクヨー!」
 「・・・・・っ」
堪りかねて思わずその名を呼ぶと、いきなり立ち止まった黒蓉は怪訝そうに昂也を見下ろした。
 「なぜお前が私の名前を呼べるのだ」
 『・・・・・』
(うわ・・・・・なんか、怒ってる気配バシバシ感じるんだけど・・・・・)
名前を呼んだことがコクヨーにとってそんなに嫌なことだったのだろうかと思う。確かに年上だろう相手に対し、敬称も付けずに呼ぶのは
失礼かもしれないが、そんな細かな言い回しまで碧香から聞いていなかった。

 「グレンの後ろにいる気難しそうな男」

 昂也のそれだけの説明で、碧香はそれがグレンの守役であるコクヨーだと教えてくれた。グレンと何時も共にいることで、一番グレンに
近い嗜好の持ち主であり、とにかく何を置いてもグレンの事を一番に考えて行動する相手とも。
少し気難しいが優しいと碧香は言っていたが、多分それは社交辞令ではないかと昂也は思う。この男のいったいどこに優しさを見つけ
ればいいのだろうか。
 「あー・・・・・わたし、おやすみ、おにゃがい」
 「・・・・・」
 「ごあん、いりゃにゃい、おやすみ、おれにゃい」」
 「・・・・・」
(やば、全然通じてないじゃん〜)
 ずっと一緒に旅をしてきたソウジュとアサヒは、昂也の言葉を理解しようとしてくれていた。
だが、全くその気の無いコクヨーは、昂也の言葉などただの雑音にしか聞こえないのだろう。
(もう・・・・・っ、そんなに俺が嫌いだったら、近付かなきゃいいのに)
やっとグレンのもとから逃げ出したというのに、どうしてまたこんな面倒臭い男に掴まってしまったのか。
昂也は自分の悪運を思わず嘆いてしまった。



(驚いたな・・・・・こちらの言葉を覚えてきている・・・・・)
 黒蓉は自分の肩ほども無いコーヤを見下ろした。
北の谷に行くまでも簡単な単語は言っていたが、10夜を過ぎて戻ってきた今、コーヤはかなり危ういとは思うものの、会話のようなこ
とをこちらの言葉で話している。
 グレンの弟君である碧香と、この人間のコーヤが、なぜか意思の交換が出来るらしいということは黒蓉も自身の目で見て確認して
いる。それは碧香の竜人界の王族としての素晴らしい血のせいで出来たことだろうが、こうやってコーヤが話せるようになったのは自身
の努力もあるだろう。
 それだけではない。
コーヤは希少な存在とされる角持ちの赤ん坊も見付けてきた。
今となってはほとんどその存在を認められなかった角持ち。あのくらいの赤ん坊ならば、きちんと育てて、将来紅蓮にとっての最強の手
駒になってくれるだろう。
それほどに、黒蓉もあの角持ちの赤ん坊が見つかったことに驚きはしたものの嬉しさの方が増していた。
 それを認めないではないのだが、黒蓉も紅蓮同様、頭から人間に対する嫌悪感を捨て去ることは出来なかった。
 「コーヤ」
 『・・・・・』
 「私は、お前の存在の為に紅蓮様がお変わりになってしまうのを防がなければならない」
先程も、コーヤをわざわざ私室へと呼び出した。
多分、紅蓮はコーヤの身体を再び抱くことによって、コーヤへの支配力を強めようとしたのだろうが、人間ごときを二度も抱こうとするこ
と自体、何時もの紅蓮の思考からはずれていることに・・・・・本人は気付いていないのだろう。
 そう遠くない未来、この竜人界の王となる紅蓮の面前の道は自分が綺麗にしなければならないと黒蓉は思っている。
そこに、人間の存在などいらないのだ。
 「出来ればこのまま殺してしまった方がいいのだが、お前の存在は碧香様の存在と表裏一体だ。お前がこの世界で存在しなくなっ
てしまった時、人間界にいる碧香様にまで何か災いが及ぶことになったとしても困る。それならば、地下神殿の奥にある牢に幽閉して
おくのが一番いいだろう」
そう、それが一番いい方法に思えた。とにかくこの存在を紅蓮の目に触れないようにしておけばいい。
 「紅蓮様の許可は後から頂く」
 「コ、コクヨー?」
 「とにかく、一国も早くお前の姿を目の前から消し去らねばならぬ」
これ以上紅蓮が惑わされないように、早くコーヤを隔離しなければならないと思った。



 嫌な予感がする。
(この手の予感って当たるもんな)
この不思議な世界にいる自分にとって嫌なこと・・・・・それは自由に動けなくなるということだ。
今日までの旅は確かにきつくて大変だったが、身体を動かし、外の空気を吸うことは単純に気持ち良かった。
碧香からこの旅の意味もきちんと説明され、ソウギョクという玉が見付かればもとの世界に戻ることが出来るという先の希望も見えて、
昂也はとにかく自分が動いてその玉を見付けようと思った。
 しかし、今コクヨーが自分の手を掴んで連れて行こうとしているのは下の方・・・・・昂也がグレンに荷物のように担がれてきた暗い地の下の方だ。
(もしかしたらどこかに閉じ込めるなんてこと・・・・・)
笑ってまさかと思いたいが、このコクヨーならばするかもしれない。
最初から昂也に冷たい目を向けてきていたし、今だ少しも態度を軟化することもない。
 最悪の事をとっさに連想してしまった昂也は、どうしたらこの現状から逃げ出せるのか必死で考えた。
(どうする・・・・・力じゃ絶対敵わないし・・・・・)
相手は腰に剣も携えている。
仮にこの手から逃れたとしても、城の中を逃げ回っているだけでは直ぐに掴まってしまうだろう。
 『どうしよう・・・・・』
 「何と言った?」
 再び歩き出したコクヨーが足を止めずにそう言った。
昂也の顔を見たならば気付いていたかもしれないが、コクヨーは出来るだけ昂也を見ないようにしているのでその変化は分からないの
かもしれない。
(誰か・・・・・どうにか力を貸してくれ!)
思わず昂也が心の中でそう叫んだ時、

 ドン!!

まるで、何かが爆発したような音が響き、
 『うわあ!!』
いきなり、足の下の床が大きく揺れたかと思うと、昂也の全身が金色の光に包まれた。



(なになになにっ?)
 何が起こったのか全く分からない昂也は、思わず側のコクヨーを振り返った。
しかし、コクヨーも目を見張って昂也を見ているだけだ。
(これって、コクヨーのせいじゃないってことっ?じゃあ、この光っていったい・・・・・っ?)
 そう思った瞬間、ガラガラと何かを壊す音と幾つもの悲鳴が徐々に自分の方へと近付いてきた。昂也は全身金色に輝いたまま、た
だその音が近付いてくるのを待っているしかない。
 『何なんだよ・・・・・怪獣でも来るのか?』
 竜がいるこの世界だ、後何が出てくるとも分らないしと昂也が思った途端、 いきなり横の壁が(壁といってもいいのか分らないが)崩
れてきた。
まともにそこに立っていたら、多分昂也は瓦礫の下敷きになっていただろうが、なぜか黒蓉がその身体を抱いて飛び退いた。
大柄な彼には似合わない俊敏な動きに驚く間もなく、昂也はポッカリと開いてしまった壁の向こうに、大きな金色に輝く竜が顔を見
せたことに息を飲んだ。
 『な、なん・・・・・っ』
《のって》
 『!』
頭の中に声が響いた。
それは碧香と意識を交感させた時と同じ様な感覚で、昂也は思わず周りをキョロキョロと見回してしまう。
《コーヤ、はやく》
 『お・・・・・まえ?』
 声を出す相手など、ここには自分とコクヨー以外、もう1人・・・・・いや、人ではない存在がそこにいるだけだ。
不思議と怖いとは思わなかった。自分が見つけ、その腕に抱いてここまで来たのだ。
 『赤ちゃんのくせに・・・・・竜になれるのか?』
額から突き出ている角を見れば、それが誰かと分らない方がおかしいだろう。
 「おい!」
昂也が竜の鼻先に触れた時、黒蓉が我に返って手を伸ばしてきた。しかし、それよりも一瞬早く身軽に身を翻し、昂也は器用に
(浅緋の変化した竜に乗ったのでコツは掴んでいた)牙に足を掛けてそのまま頭へと移動する。
その瞬間、竜はドンッと外壁を尻尾で叩いて、その弾みで王宮から離れた。
 『すっげ・・・・・』
 下を見れば、ここがビルの何階と一緒なのか・・・・・そう思うと一瞬身体が震えそうになるが、あまりにも非現実的過ぎてその怖さも
薄れてしまう。
 『あ、シオンに何も言ってない』
優しくしてくれた相手に、何も言わないままなのは心苦しかったが、よく考えれば二度とこの王宮に戻ってこないというわけではない。
むしろこのままソウギョク探しを続け、無事に見付けて堂々とここに戻ってくればいいだけの話だ。
それならば、コクヨーも閉じ込める前に、昂也をもとの世界へと帰してくれるだろう。
 『よっしゃ!決まり!今からソウギョク探しを始めるぞ!』
食べる物とか、寝る所とか。言葉が通じないということも一切頭の中から飛んでいた昂也は、高揚したように叫ぶ。
すると、

 ギャアウ!

全く可愛くない声が、昂也の声に同意するように高く鳴いた。





                                                                  第一章  完