竜の王様




第二章 
二つめの赤い眼








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 『まずい、まずい、まずい』
 昂也はブツブツと呟きながら歩いていた。
移動手段は歩きしかなく、とにかく昂也は歩き続けていた。腕に抱いた赤ん坊は本来なら軽いといってもいい重さなのだろうが、今は
ペットボトルを何本も抱いているように思えた。
(背、背中に負ぶった方が楽なんだろうけど・・・・・紐が無いしな〜)
もう少し大きかったらいいのだろうが、這うのが精一杯だろう赤ん坊に、首にしっかりと掴まっていろと言っても無理な話だろう。
 お母さんって大変だなと思いながら、昂也は溜め息を噛み殺して視線を真っ直ぐ前に向けて歩く。
目印になるような高いビルなど無く、目立つ店も当然無く、同じ様な景色が続く中で、昂也は何時まで歩けば誰かに会えるのかな
と諦めにも似た気持ちになっていた。





 紅蓮は苛立つ思いを抑えていた。
コーヤが角持ちの赤ん坊と姿を消して一夜。何の情報も無いままに時間は過ぎていく。
金竜という、竜人界の中でも珍しいはずの竜の姿を誰も見ていないということが不思議でたまらなかったが、竜に変化する竜人が少
ない今、それも仕方が無いことなのかもしれない。
 「紅蓮様」
 政務など手に付かなかった紅蓮は、部屋に訪れた白鳴の声に思わず椅子から立ち上がった。
 「分かったか」
 「西に向かって飛ぶ竜の姿を見た者はおりますが、降り立った様子を見たという報告はございません。まだ、角持ちの子の存在は伏
せているので表立った調査もなかなか進まなく・・・・・」
 「何をしておる・・・・・っ」
珍しく、紅蓮は唸るように叱責した。
感情の起伏が激しいのは愚かなことだと教えられた紅蓮は、命令する時以外は極力強い感情を露にしないように自分を律してき
た。
しかし・・・・・最近、それも、コーヤが目の前に現れてから、自分の感情が度々乱れているのも自覚していた。
(やはり、人間は悪い影響でしかない・・・・・っ)
 「幾ら角持ちとはいえ、それ以前に金竜を見たといった報告ない。だとすれば、あれが変化したのは今回が初めてだろう。そんな不
安定な力が長く続くはずも無く、舞い降りるのもそう遠くは無いはずだ」
 「はい」
 「あの歳で既に変化出来るとは、やはり角持ちの力は言い伝え通り巨大なものだ。早く保護せねばその力をどんなものに悪用され
るか分からない」
 赤ん坊の時から変化出来るならば、他の力も持っている可能性は高い。
もしも、その力を、紅蓮に、いや、王家に反発する者が握ったとしたら・・・・・。
(いや、絶対にそのようなことはさせぬっ)
あの角持ちも、そしてコーヤも、紅蓮の腕の中にいるべき存在なのだ。
 「浅緋と黒蓉は捜索に向かっておるのだな?」
 「はい。紫苑は、先日生まれた赤子の方を見ております」
 「何か変化が?」
 「金竜が現れてから、かなりの子が興奮状態になっているようです。中には、身体の鱗が鮮明になって反応する者もいて、とにかく
紫苑はそちらに掛かりきりに」
 「そうか」
 金竜の何らかの力に反応したことは予想が付くが、せっかく生まれた命は絶対に大切に守らなければならない。
そうでなければ、この竜人界の存続に係わってしまうのだ。
 「私も、急ぎの政務が終わり次第王宮を出る。準備をしておく様に」
 「はっ」
早く、早くと心は急くものの、紅蓮の身体は自分の意思だけで動かすことは出来ない。
今は一刻も無駄には出来ないと、紅蓮は今まで頭に入らなかった政務に急ぎ取り掛かった。





 いったい、どの位歩いたのだろうか。
いい加減、足も疲れたしお腹も空いたと、とうとう昂也の足は止まってしまった。
相変わらず建物は見えないものの、かなり開けてきたのは間違いはない。
 『そろそろ誰かに会ったっていいと思うんだけど・・・・・あっ』
 キョロキョロと辺りを見ていた昂也は、少し離れた場所に動く影を見たような気がした。なんだと目を凝らしてみると、どうやら王宮の
中にいる少年神官達と同じ様な年頃の子供のようだった。
(やった!あの子に・・・・・っと、今のままじゃまずい、よな)
 駆け出そうとした昂也の足は、一歩踏み出した途端に止まってしまった。
自分の見掛けはこの世界の住人と変わらないかもしれないが、言葉が通じないというのは致命的だろう。
単語しか、それも少ししか話せない自分が怪しまれないように近づけるだろうか?
(もしかして、このままグレンとかに知らされちゃったりしたら・・・・・まずいし)
う〜んっと考えた昂也は、あっと声を上げた。
 『頼る相手がいたじゃんか!』

(アオカ、アオカ、返事してよ〜っ)
 相手に気付かれないように草陰に身を潜めた昂也は、ギュウッと目を閉じて頭の中でアオカを呼んだ。
日本が今何時かなんて、気を遣っている余裕なんて無かった。食事をしている時とか、寝ている時、もしかしたら風呂に入っているか
もしれないし、トイレに・・・・・。
そう思うと心の中ではごめんと叫んでしまうものの、とにかく早く返事をしてくれと祈った。
 そして。
《コーヤ?》
昂也の願い通り、待つことも無く、アオカの声が頭の中に聞こえた。
(ごめん、アオカ、今いいっ?)
《構いませんが、何かあったのですか?》
 昂也の言葉の響きに切迫感を感じたのだろう、アオカの声もピンとした緊迫感に包まれている。
そのアオカに、昂也は慌てて言った。
(食べ物と着る物下さいって言葉、教えて!)
《・・・・・え?》

 いきなりの昂也の言葉に途惑った様子のアオカに、コーヤは簡単に事情を説明した。
ソウギョク探しをして、角を持った赤ちゃんを見付けて、赤ちゃんが竜に変化して、着の身着のまま王宮から出てしまった。
随分、端折った説明だったが、グレンの弟であるアオカに、グレンに襲われ掛けたからとか、黒蓉に閉じ込められそうになったからとか、
そんな説明はとても出来そうになかった。
それに、昂也自身もそんな原因よりも、今どうにかしなければならないという方法が早く知りたいのだ。

(今、近くに子供がいるんだけどさ、何て話し掛けたらいいのか分かんないんだよ。怖がられても困るし、かといってこのままじゃ俺とこい
つ風邪ひいちゃいそうだし)
《コーヤ、絶対に人間だと知られないこと、これは絶対です。私達竜人は、言い伝えられ、書き記された人間の姿しか知りません。あ
なたや東苑のように、私達にとって味方となってくれる存在がいるということも、教えられていないので知らないのです。だから、もしもあ
なたが人間だと分かってしまったら・・・・・》
(なんか、まずいことになりそう?)
《その可能性もある、ということです》
(わ、分かった、ばれない様にするっ)
《では、今から私が言う通りの言葉を相手に伝えてください。そして、とにかく何時でも私に声を掛けて下さい。絶対、絶対にですよ、
コーヤ》
(うん)



 昂也がゆっくり近付いて行くと、その相手はかなり手前で気配を感じ取ったようでパッと振り返った。
 「とつぜんすみません」
 「・・・・・」
 「わたしは、しんかんのみならいです」
遠目では子供だと思えたのだが、近付くとその身長も体付きも昂也よりも立派だった。
それでもその表情にはまだあどけないものがあり、昂也は絶対に逃がすもんかと、寒さで強張りそうな顔に笑みを浮かべてみせた。
 「神官?」
 「・・・・・」
 「赤ちゃんと一緒に?」
子供は逃げず、昂也に対して何か聞いてくるが、昂也はニコニコと(内心焦りまくっている)笑って黙っていた。
余りに時間が短い為、多くの言葉を教えることは出来なかったらしいアオカは、とにかく神官だと言えば大抵の竜人は無下にはしない
だろうと言った。
後は、あやふやな言葉を話すよりは黙っていること、とにかく、敵意を見せないようににこやかでいることを注意するように言われた昂也
は、その通りに笑って子供を見つめた。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・・」
(な、なんか、怪しいとこでもある、か?)
 今、自分がどんな顔をしているのか分からないが、もしかしたら見るからに怪しい顔でもしているのだろうか?
 「・・・・・」
しばらく、少年は深い碧の瞳で昂也を見つめていたが、ふと、昂也の腕の中の赤ん坊を見てハッとしたように目を見開いた。
(どうしたん・・・・・あっ)
昂也は慌てて自分も赤ん坊を見下ろした。
先程までは目の部分以外は全てすっぽりと布で覆っていたつもりだったのに、多少むずかってずれてしまったのか額の角が今は丸見え
になってしまっていた。
(ま、まずかったり・・・・・して)
 『へ、へへ』
今更慌てても仕方が無いと腹を括った昂也は、堂々と赤ん坊の顔を布で隠してやると、誤魔化すように笑いながらもう一度少年に
向かって言った。
 「わたしは、しんかんのみならいです」