竜の王様




第二章 
二つめの赤い眼








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 角持ちの赤ん坊を抱いた昂也が歩いている。
しかし、先程までの1人旅(正式には1人と1竜かもしれない)ではなく、その前には1人の少年が歩いていた。

 「俺についてきて」

 何を言ったのかは分からないが、眼差しと歩き掛け、何度も振り返るその仕草で、昂也は勝手に付いて行っていいのだというように
解釈した。
(どこ行くんだろ・・・・・なんか食べる物があればいいんだけど)
頬には笑みを浮かべたままの昂也だったが、その頭の中ではそんな事を考えた。
 お握り一つという例えはおかしいかもしれないが、とにかく何か1つ口にするのにも、こんなにも苦労をするのだということを昂也はしみ
じみと実感していた。
考えれば、逃げ出したあの建物の中では、確かにグレンやコクヨーのあまり歓迎しない視線はあったものの、湯には入れたし、食べ物
も口に出来た。
シオンやソージュ、アサヒといった、話し相手(まともには話せないが)いた。
(逃げ出すんじゃ・・・・・無かったかな)
 一瞬、そうは思ったものの、いやともう一度頭の中で否定する。
何がどうなっているのか、自分自身が何も分からないままで、ただ時が過ぎるのを待つことは自分にはとても出来ないだろう。
(ま、敵意は無さそうだし・・・・・それに、逃げ足じゃ負けないしな)
腕に赤ん坊を抱いていることは忘れて、昂也は前を行く少年の背をずっと追い掛けて歩いた。



 歩いた時間はそれほどでもなかったかもしれない。
せっかく開けた場所に向かったというのに、少年はどんどん草木の生い茂る森の中へと向かって行った。
(・・・・・食われないよな?)
まさか、人食い花の生贄か、それとも何か肉食動物の・・・・・竜がいるのだからここに虎やライオンがいてもおかしくは無いなと思いなが
ら、反面少しワクワクもしながら歩いていると、頭の中にアオカの声が響いた。
《コーヤ、コーヤ》
(アオカ?)
《どうでしたか?今、どうなっています?》
 きっと心配して交感を解かないままだったのであろうアオカの気持ちを嬉しく思いながら、昂也は自分が森の中に向かって歩いている
ことを伝えた。
《では、敵意は感じられないのですね?》
(ん〜、多分)
《森というのはどういった場所でしょうか?何か目に付くものはありませんか?》
(目に付くものか・・・・・)
 確かに、場所によって何か特徴があるのなら、アオカにはそこがどこだか、向かっている場所がどういう場所なのか想像が出来るのか
もしれない
・・・・・いや。
(アオカ、俺、いーこと思い付いちゃった)
《え?》
いきなり、昂也の頭の中に名案といってもいいほどのアイデアがポンッと生まれた。



 【思いがけず助けの手を差し伸べて頂き、本当に感謝致します】
 「・・・・・」
 今まで黙って後ろを付いてきていた相手がいきなり声を掛けたことに少し驚いた少年は振り返ったが、赤ん坊を抱いた不思議な神
官見習いという男・・・・・いや、自分とそれほど年頃の変わらない相手は、相変わらず人懐こい笑みで立っている。
だが、どこか雰囲気が違うような気がして、少年は僅かに眉を潜めた。
 【どちらに行かれるのか、聞いてもよろしいですか?】
 「・・・・・あんたが神官見習いと言うから、火焔(かえん)の森の江幻(こうげん)様の所に行こうと思ってる」
 【火焔の森・・・・・】
 「どうかした?」
 【い、いいえ。お気遣い、感謝します・・・・・あの、あなたの名前は?】
 「珪那(けいな)。そっちは?」
 【コーヤ、です】

(カエーのもりの、コーヘン?)
 頭の中に響くアオカの声に、昂也はふ〜んと頷いた。
自分の代わりに、アオカにこちらの世界の人間と話してもらう・・・・・それは思い掛けなくいい思い付きだと昂也は思った。
たとえ交わしている言葉の意味は全く分からなくても、後からアオカに説明してもらえれば確実なことが分かる。
(いい考えだけど、あんまり頼らないようにしないとな)
 ただし、この方法は昂也は出来るだけ、いや、本当に困った時しか使わないようにしようと思った。
確かにアオカに頼るのは簡単だし、絶対に間違った情報は入ってこないだろうとは思う。ただ、この先しばらくこの世界で過ごさなけれ
ばならないのならば、自分で道を切り開くということをしていかなければならないと思っていた。
それに、アオカだって全く見知らぬ人間界に行って1人で頑張っているのだ。東苑が手助けをしてやっているとは聞いたが、それでも全
く生活習慣の違う世界で頑張っている。
(うん、自分で頑張らないとな)
言葉だって、もっと覚えなくてはならないし。
食べ物も、口にしたことが無い物だって、生きて行く為にも食べようとは思っている。
(今は非常事態だから・・・・・ごめんな、アオカ)
お腹が空いて、寒くて仕方が無いんだと、昂也は情けない気持ちで2人の会話を聞いていた。



(やっぱり、おかしい)
 珪那はじっと目の前の人物・・・・・コーヤと名乗った相手を見た。
言葉は不自由なく交わせているのに、初対面の時はどこかぎこちなかった。
容姿も、珍しい黒髪に、見たこともないような黒い瞳・・・・・。
 「あんた、どんな神官に付いてるんだ?」
 【・・・・・】
 「それに、その赤ん坊は?あんたの子じゃないよな?」
 【・・・・・】
 たて続けに質問をすると、コーヤはただ困ったような眼差しを向けてくるだけだ。
 「言えない?」
 【・・・・・私の師は、紫苑様です】
 「王宮専属のっ?」
竜人界でも正当な血統である神官に付いていたという事実に、さすがに珪那は目を見張った。



 「・・・・・」
 「・・・・・」
 何度も自分を振り返る少年・・・・・珪那に、昂也はただ笑みを向けていた。
アオカから今の会話の内容は聞いたが、そのアオカの様子も少し変な感じがした。
(カエンの森の、コーゲン、か)
その人物のことも知りたかったのだが、アオカも名前しか聞いたことが無いと言った。ただ、コーゲンというのは民間の神官でありながら、
様々な術が使えるという噂があるらしい。
(魔法使いとかじゃないとは思うんだけど・・・・・それも分からないしな)

《敵対する相手にも、手を掛けるというような恐ろしい噂は聞きません。でも、コーヤ、危険だと感じれば絶対に無理をせずに逃げてく
ださい、絶対に》

 連続して交感をしたせいか、アオカが疲れていることが感じ取れた昂也は、まだ心配するアオカに大丈夫だからと言い切って、強引
に交感を打ち切った。
 とにかく、何時でも相談してくれと何度も言ってくれたアオカに感謝しながら、昂也はテクテクと歩く。
分からないなりにも行き場所を知ったせいか、足の疲れも心なしか軽くなったような気がする。
 『!』
 やがて・・・・・目の前が少しだけ開けたかと思うと、山小屋のような建物がいきなり現れた。
全てが木で出来ているわけではなく、半分は石の様な鉱物で出来ているようだが・・・・・。
(ここが、コーゲンって奴が住んでいる所?)
 「江幻様!江幻様!」
 それまで、見掛けよりも大人っぽい雰囲気だった少年が、いきなりそう叫んで建物へと駆け寄った。
 「客人です!」
 「聞こえてる」
 『・・・・・』
(この声が、コーゲン?)
大人の、男の声だ。
昂也はどんな人物が出てくるのかとドキドキしながら視線を向けていると、重そうなドアを開いて外に出てきたのは・・・・・。
 『あ、赤鬼?』
 思わず口から零れてしまった日本語を慌てて噛み殺しながら、昂也は自分の方へと向かって歩いてくる男を目を丸くして見つめて
しまう。
赤い髪に、日に焼けたような健康的な肌の色。彫の深い、少し野生的だが十分整っている容貌。
そして・・・・・グレンと同じ赤い目が、面白そうに細められてコーヤに向けられていた。
 「江幻様、こいつは」
 「この方は、だろう、珪那」
 甘い声はしっとりと深い響きで、多分色っぽい言葉など言われていないのだろうが、なぜか頬を赤くしてしまうような威力があった。
(お、女なら腰が抜けてたかも)
少しだけ初対面の衝撃が収まった昂也は、じっと男・・・・・コーゲンと呼ばれる男を見る。
その昂也の視線に、男はにやっと笑みを漏らした。
 「予言通りのお客人だ。丁重にもてなしをせねばな」
 『・・・・・』
(な、何言ってんだろ?)
頭の中を不安が過ぎるものの、昂也は言われた通りの笑みを浮かべながら、再度同じ言葉を言った。
 「わたしは、しんかんのみならいです」