竜の王様




第二章 
二つめの赤い眼



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※ここでの『』の言葉は日本語です





(キスは外国じゃ挨拶なんだよ、うん、気にする方が変だって)
 昂也は目の前で談笑する長身の男達を交互に見ながら、コーゲンが出してくれたお茶をぐっと飲み干した。
見た目はなんともグロテスクながら、口を付けるとほのかに甘い抹茶のようでなかなかイケル味なのだ。
(それにしても・・・・・類友って・・・・・結構当たってるかもな)
 幼馴染で親友で、多分家族と同じくらいに大切だと思っている龍巳と自分は、よく共通する所はないのになと言われていた。
外見から言えば、既に大人に近い容姿の龍巳と、まだ中学生で十分通る昂也。
性格も、慎重で思慮深い龍巳と、とにかく突っ走って前に突き進む自分。
どうして仲がいいのだと言われていたが、それはもう言葉に出来ないほど共に過ごした長い時間のせいとしか言えない。
 だが、目の前のこの2人を見ると、本当にその言葉の意味が分かるような気がした。見た目は全く違うのに、纏っている雰囲気が本
当にもうそっくりなのだ。
 「コーヤ」
 コーゲンが名前を呼んだ。こちらの言葉でも、名前くらいはもう聞き取れる。
 「・・・・・」
返事の代わりに視線を向けた昂也に、コーゲンはにっこりと笑って水晶に視線を向ける。
あ、そうかと、昂也が慌てて手の平を乗せると、当然のようにコーゲンが手を伸ばしかけてきたが、
 「あ、俺が先な」
そう言って、スオーが昂也の手の上に自分の手をのせてきた。
 「・・・・・っ」
(うわっ、何だ、こいつ・・・・・)
その手に妙な気配を感じて、昂也は思わず眉を顰めてしまう。しかし、重なってきた手は妙に強く昂也の手を包み込んできて、今更
引き離すことは出来なかった。
 『コーヤ、改めて紹介する、こいつは蘇芳と言う。隣町で占術師をしているんだ』
 『センジュツシ?』
 『玉に念を注ぐと視ている相手の背景が分かるんだ。災いを予言したり、無くした物を探したり』
 『へえ』
(占い師みたいなもんか・・・・・インチキ占い師だったりして)
 昂也の頭の中に、黒いレースの被り物をしたスオーが浮かび上がり、思わずプッとふき出してしまった。きっと、眼鏡を掛けた、パッと
見は真面目そうな外見に騙される者は多いだろう。
(俺だったら絶対に引き返すけどな)
眼鏡の奥の目を見れば、面白がって笑っているのが分かるからだ。
 『どうした?』
 『な、何でもない。それで?どうしてこの人を呼んだんだよ?』
 『お前の背景を視てもらおうと思ってな』
 『俺の?』
 『確かにこの蘇芳でも全ては視ることは出来ないかもしれないが、それでもある程度のことが分かっていれば心構えや対処が出来る
だろう?』
 『・・・・・あっ、じゃあ、そーぎょくの在り処も分かるわけっ?』
 『蒼玉は無理。あれはこの世界のものには反応しないんだ』
昂也の疑問に答えたのは、コーゲンではなくスオーだった。



 蘇芳は話しているコーヤをずっと視ていた。
水晶で見えた不思議な人間。
玉を通さなくても、その纏っている気は感じ取れる。コーヤは、綺麗な金と赤の、眩しいほどの光を纏っていた。
(生命力のある子だな。暗い色が少しも見当たらない)
どんなものでも、ほんの僅かでもあるはずの暗い背景が全く感じ取れなかった。
 欲望と妬みと、悪意。
その塊であると言われている人間が持つには、あまりにも綺麗で清らかなものだ。思わず、蘇芳の頬に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
(それに、容姿も愛らしいな)
 姿は竜人と比べてかなり華奢で、容貌も幼い感じがする。どちらかといえば麗人が多い竜人を見慣れている蘇芳にすれば、可愛ら
しい容貌のコーヤは見ているだけで楽しかった。
 『でも、他の事はちゃんと視れるから』
 『・・・・・あんまり信用出来そうにないけど』
 『コーヤ』
 『あ、それ、タダで見てもらえるのか?お金が掛かるなら遠慮するっていうか、俺、お金もって無いけど』
 『可愛い子から代金は取らないよ』
 蘇芳が直ぐにそう答えたが、その言葉にコーヤはじろっと少しきつい目を向けてくる。
どうやら初対面の印象はかなり悪いようだった。
 『コーヤ、私はね』
なかなか笑顔を見せてくれないコーヤにそろそろちゃんと向き合おうとした時、奥から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
 『あっ、青嵐!』
 反射的に立ち上がったコーヤは、すっと緋玉から手を離して部屋から出て行く。
(そういえば、側に赤ん坊が・・・・・ああ、そうか、あれが角持ちか)
コーヤのことばかり気にして、あれほどの大きな存在を見逃していたのかと、らしくも無く高揚していたらしい自分の気持ちに蘇芳は苦
笑を漏らしてしまった。



 「どうだ、コーヤは」
 江幻がそう聞くと、蘇芳はにやっと口元を緩めた。
 「想像以上にいい」
 「お前の趣味か?」
 「抱くよりも、愛でて楽しみたい感じだな」
あからさまな言葉ながら、それは蘇芳の真意を突いている様に思え、江幻も思わず笑ってしまった。
 「何が視えた?」
 「5匹の竜」
蘇芳は少し表情を改めて、江幻に片手を開いて見せた。
 「1匹が金の竜というのは分かるが、後の4匹の竜の色は分からない。だが、多分その中に俺とお前は入っている」
 「・・・・・そうか」
 予期していた言葉ではあった。
いや、コーヤが偶然にも自分の前に姿を現せた時から、自分がコーヤと何らかの関わりが出来るだろうということは分かっていた。
竜人界でも、今は完全な竜に変化出来る者は数少ない。王族の血を引く者達、その側近の力がある者達。その中には皮肉にも
自分も含まれていて、蘇芳も・・・・・。
 「お前が俺を引きずりこんだんだろう?」
 「お前も楽しんでるんじゃないか?」
 「当然」
自分が蘇芳の力を求めるということは予想済みだ。ただし、後の2匹の竜はいったい誰のことなのだろうか。
 「金の竜は角持ちの子のことだ」
 「へえ、もう竜に変化出来るのか」
 「後2匹とは誰のことだろう?」
 「顔は見えない。ただ、多分あの気の色は・・・・・」



 『ごめんっ、青嵐!すっかり忘れてた!』
 起き抜けに、いや、そもそもとんでもない起こし方をしたのはスオーなのだが、その驚きのせいで青嵐の存在が頭の中からポンッと抜
け落ちてしまっていた。
目を離している間に床に落ちていなくて良かったとホッとしながら抱き上げた昂也は、ふと違和感を感じて手の中の青嵐をしみじみと
見下ろしてみる。見た目変わったところは無いのだが・・・・・。
 『少し・・・・・重くなった?』
(そんなにいい物食べてないと思うんだけど・・・・・?)
それにしても、たった一眠りした後で、抱いただけで違いが分かるほどに体重が増えることなどあるのかと首を傾げてしまうが、昂也は
直ぐにそれが勘違いだろうと思い直した。
 『よし、戻るか』
とにかく、早く話の続きを聞かなければと、昂也は青嵐を抱いて急いで先ほどの部屋へと戻った。



 「ああ、その子が金竜」
 部屋に戻っていきなり、スオーが昂也の腕から青嵐を取り上げた。
 『ちょっ、乱暴にするなよっ?』
 「ふん、なかなかいい面構えをしている」
昂也は心配したが、青嵐は不思議と泣くことはなかった。じっと見下ろしてくるスオーの顔を金の目で真っ直ぐ見返している様子は、
どこかガンをつけているようなふてぶてしささえ感じてしまう。
(うん、そいつにその反応は正解だ、青嵐)
 「コーゲン」
 「ん?」
 「セーラン、ごあん」
 「ゴアン?ああ、青嵐に食事か」
 「なんだ、少しは話せるのか」
 「必要最小限、食べる、寝るくらいは分かるらしい」
 「へえ」
 『・・・・・な、なんだよ』
 自分を見下ろすスオーに嫌な予感がして、昂也は思わず身構えながら聞き返した。
 「たどたどしい言葉遣いもなかなかそそるな。新しい発見だ」
 「おい、蘇芳」
何を話しているのか・・・・・ただ、何だか危険な感じだ。
そろそろと逃げる為に後ずさろうとした昂也だったが、一瞬早く蘇芳がその肩を抱き寄せて、何と昂也の頭のてっぺんにちゅっとキスをし
てきたのだ。
 『な、何だよっ、さっきも言ったけど、そんなのは男同士でするようなことじゃないんだって!』
 「江幻、この子が腹が減ってるなら、食べながら今後の事を話すか?」
 「食べながらだと緋玉に触れないがな」
昂也の怒りをよそに、2人はどんどんと勝手に話を進めていく。
 「コーヤ、何が食べたい?」
 「・・・・・ごあん・・・・・も〜っ」
何を言ってもこの2人ペースは変わらないのだなと、昂也は諦めにも似た気持ちで唸ってしまった。