竜の王様




第二章 
二つめの赤い眼



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 江幻は眉を潜めてコーヤの横顔を見つめていた。
(アオカと、確かに言ったな。コーヤは碧香と会っているということか?)
紅蓮とは面識があるらしいことは感じていたが、碧香はほぼ入れ替わりに人間界へ行ったと思っていた。
 『お前の方は?コーギョク、見付かりそうか?』
 手を緋玉に置いたまま話すコーヤの言葉は、江幻も蘇芳も聞き取れている。そんな中出てきた蒼玉という言葉に、江幻と蘇芳の
見交わす視線は更に強くなった。
どうやら、コーヤは頭の中で誰かと会話をしていて、その言葉を無意識のように口に出しているようだ。
(相手は、コーヤの知り合い・・・・・それも、かなり親しい関係か?)
 楽しげな口調はまるで友人と話しているようで、その顔にもこみ上げるような笑顔が浮かんでいる。
いったいこの会話の相手は誰なのか、江幻は早くコーヤに問いただしたいと思ったが、そんな江幻の耳に更なる衝撃の言葉が入って
きた。
 『すっげえ!トーエン、竜になれるのかっ?』
 「!」
(竜だと?)
 『俺、この世界でもう2匹も竜を見たんだけどさ、すっごくカッコいいし、強いのがビシバシ感じるんだ!トーエンがそうだったら、俺すっ
げえ自慢だよ!』
 誰かは分からないコーヤのこの会話の相手が竜に変化出来る。
江幻は思い掛けないその言葉に、こみ上げる驚きを抑えるのに必死だった。



(竜に変化出来るだって?・・・・・誰だ、それ?)
 蘇芳はコーヤが話している相手、トーエンという相手の気を探った。
目の前に本人がいないのではっきりとは視えないが、多分・・・・・相手は竜人ではないはずだ。しかし、竜人以外が、人間が、竜に
変化出来るなど聞いたことがないし想像がつかない。
 「・・・・・」
 チラッと江幻に視線を向けると、江幻も珍しく険しい表情をしている。彼にとってもこの話は思い掛けないことらしいというのはその表
情だけで十分分かった。
 『どっちが早く玉を見付けるか、競争だな、トーエン』
 「・・・・・」
(玉探しのことも知っている相手か・・・・・ん?人間、界?)
 パッと、蘇芳の頭の中に光が差した。
(碧香王子だ)
人間界へ持ち出された緋玉を探しに旅立った竜人界の第二王子碧香。人間界のことなど何も知らない彼が、たった1人で玉探し
など出来るはずがない。
そこには必ず協力者、それも人間の協力者がいるはずだ。
(その人間とコーヤが繋がっているという可能性は・・・・・全く無いとは言えない)
ただ、その協力者である人間が竜に変化出来るかといえば・・・・・さすがの蘇芳もそこまでははっきりと分からなかった。



《お前も、頑張れよ、昂也》
 『うん』
《・・・・・じゃあ、な》
 頭の中に聞こえていた龍巳の声がプツッと途切れ、しばらくして碧香の声が響いてきた。
《コーヤ》
 『アオカ、ありがとう』
《・・・・・いいえ、私は何も・・・・・》
 『トーエンのこと、よろしくな。あいつ、しっかりしてるくせに抜けてるトコもあるからさ。アオカ、しっかりしてそうだし、2人が一緒なら俺
安心してられる』
《・・・・・》
 『じゃあ、玉探し、お互い頑張ろうな』
 昂也は自分の方から意識を途切れさせた。懐かしい思いでズルズルと話をしても、自分の中の消せない寂しさは癒せない。
それよりも、昂也は自分の大事な幼馴染である龍巳が竜に変化出来るかもしれないということに内心興奮していた。
(すっげえよな〜、トーエンの奴、変身出来るのかあ〜)
竜に、という言葉が頭に付くはずなのだが、昂也の脳裏には昔見た変身物のヒーローの姿が浮かんでいる。
(俺もなんかに変身したいな〜、怪人はやだけど)
 昂也の思考がどんどんと偏った方向に向かいかけた時、サワッと手の甲を撫でられた昂也は文字通り飛び上がってしまった。
 『なっ、何っ?』
 『私達のことを忘れてないかな?』
 『へぁ?』
 『忘れてただろ?』
慌てて視線を向けた先には、タイプの違うイケメンが笑いながらこちらを見ている。
 『あ!!』
ようやく、昂也は自分が今何をしていたのかを思い出した。



 『ご、ごめん、話の途中だったのに!』
 直ぐにそう言って謝ってくるコーヤはかなり素直な性格のようだ。
もちろん責める気は無かった江幻だが、あまりに恐縮するコーヤを見ているとどうもからかいたくなってしまった。
 『楽しそうに話をしているところを邪魔をしてもいけないと思ったんだけどね。コーヤはどうも一つのことに目が行くと他が見えなくなって
しまうらしい・・・・・まだまだ子供だな』
 『ぅ・・・・・』
子供と言う言葉にどうやら引っ掛かっているようだが、それでも自覚があるのか口ごたえをしてこない。
 『おい、江幻、子供を苛めるなよ』
 そんな2人の間に蘇芳が割り込んできた。どうやら自分もコーヤを構いたいのか、その不思議な色合いの瞳が楽しそうに輝いている。
 『子供が一つのことに集中出来ないのは仕方がないことだろう?こうして椅子に腰掛けているだけでも褒めてやらないといけないくら
いだ、なあコーヤ』
 『・・・・・お、俺、子供じゃないしっ』
眉間に皺を寄せて睨んでくる(それでも全く威嚇にはなっていないが)コーヤはどうやらだいぶ怒っているようだ。
江幻はそろそろ止めてもいいかと思ったが、蘇芳は更に笑いながらどこがと続ける。
 『目に見える大人の証拠なんてあるのか?』
 『あ、あるよ!』
 『へえ〜、じゃあ教えてもらおうかな、その証拠』
 『お、俺・・・・・』
 『俺?』
 『俺は・・・・・っ』
 『俺は?何?』
 『おい、蘇芳。コーヤをからかうのはそこまでにしたらどうだ』
 江幻としたら、言葉巧みな蘇芳に追い詰められているコーヤに助け舟を出したつもりだったが、そんな風に気遣われることも昂也に
とっては屈辱なのかもしれない。
コーヤは江幻のその言葉に首を横に振ると、笑みを浮かべたままの蘇芳に向かって叫んだ。
 『俺だってっ、下の毛生えてる!』
 『・・・・・下の毛?』
 一瞬、蘇芳の笑みが固まった。
江幻も、コーヤのその言葉の意味を頭の中で考える。
(下の毛?)
 『・・・・・コーヤ、それってまさか、ここの毛か?』
江幻よりも一瞬早くその意味に気付いたらしい蘇芳が、片手を伸ばしてコーヤの股間をパンパンと叩いてみせた。
その瞬間、
 『エロオヤジ!!』
コーヤの蹴りが見事に蘇芳の脛に当たった。



 夜の酒場のような、賑やかで淫靡な場所ではなく。
一夜の快楽を共にする相手との閨でもないのに。
こんなにもあっけらかんと(むしろヤケクソのように)口に出される淫語を聞いた蘇芳は、一瞬の驚きから覚めると足の痛みを感じながら
も声を出して笑ってしまった。
面白い人間だとは思ったが、こんなにも予想外の言動をしてくれる相手なのだと思うと、この可愛くて面白い玩具が欲しくて欲しくて
たまらなくなった。
 「おい、江幻」
 「なんだ」
 弾みで緋玉から手を離した蘇芳は、目の前にいる江幻に視線を向ける。
冷静沈着な江幻にしては珍しく、その瞬間は自分と同じように少し目を見張って驚いた表情をしていた江幻も、今は肩を震わせて
笑いを堪えているようだ。
 「後2匹の竜はいらんな」
 「蘇芳?」
 「これ以上、この人間を誰かと分け合いたくない」
 コーヤが連れている赤ん坊の金竜と、自分を呼び寄せてくれた江幻は、まあ・・・・・仕方がない。
赤ん坊が自分にとって脅威になるまでに育つのにはまだ時間が掛かるだろうし、隠遁生活を送る江幻に欲というものはないはずだ。
それならば、これを自分のものにしても構わないのではないかと思った。
(後2匹の竜が現れるとは限らんしな)
 水晶に浮かび出てきた5匹の竜。
自分と、江幻と、赤ん坊の金竜の他、1匹は見知らぬものだったが、後1匹は・・・・・自分も良く知っているが、それがコーヤを欲しが
るとは思えなかった。
 「蘇芳、お前コーヤが気に入ったのか?」
 「かなり。お前はどうだ、江幻?捨てたはずの欲は蘇るか?」
 からかうように、その反面探るように言うと、江幻は口元に苦笑を浮かべた。
 「相変わらず答え難いことを率直に聞いてくる奴だな」
2人の視線が意味深に絡まった時、不意にその緊迫感を台無しにするような声が直ぐ傍から聞こえてくる。
 『ちょっとっ、2人共俺に謝んないわけっ?日本なら訴えられることなんだからな!』
 「あ」
 「コーヤ」
話題の中心になっていたはずなのにすっかりとその存在を忘れていた蘇芳と江幻は、今までの緊迫した空気を途端に和らげてコーヤ
を振り返った。