竜の王様




第二章 
二つめの赤い眼



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 以前、浅緋と蒼樹がコーヤを連れて北の谷に旅立つ時に向かった王宮の裏山を紅蓮は登っていた。
幼い頃から登り慣れたそこは紅蓮にとっては庭も同然で、歩く速度は少しも遅くなることはなかった。
 「・・・・・」
(江幻・・・・・あ奴は気が付いておろうか)
天賀の祭主が目撃したものが真実金竜の光だったとしたら・・・・・コーヤも間違いなく側にいるはずだ。天賀と火焔の森の距離を考
えれば、あの目敏い江幻が全く知らないとは考えられない。
 昂也に関しては近付かなければその不思議な気に気付かないが、角持ちの赤子の気は、同じ竜人・・・・・それもある程度の力を
持ったものならば感じ取って当然だろう。
 「・・・・・」
 間もなく、頂上の開けた場所までやってくると、紅蓮は目を閉じて身体中の気を高める為に神経を集中させ始める。
(早く、早く追わなければ・・・・・っ)
時間が経つにつれて、コーヤがどんどん遠くなっていくような気がするのだ。あれは自分が保護し、監視しなければならないもので、他
の竜人が側に付いているなどいいはずがない。

 ゴォォォォォ・・・・・ッ

 心臓を中心に、身体が熱くなっていく。
普段はほとんど見えない身体の鱗が次第に目立ち始め、眩しい金と赤の気が紅蓮の身体を包んでいくと、額からは角が生え、牙が
大きく出て・・・・・やがて金色を帯びた赤い鱗と、赤い目を持つ竜が現れた。
 どの竜よりも大きく、雄々しい、竜の王、紅竜。
紅蓮は鋭い眼差しを空に向け、

 ガシッ

長く太い尾で地面を蹴ると、そのまま空中へと急角度で登って飛び始めた。



 『うえっ、なんだっ、こりゃ!!』
 「コーヤッ?何をしてるんだよ!」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 台所から聞こえてくる賑やかな声。
暖炉のある部屋で茶を飲んでいた江幻と蘇芳はチラッと視線を交わし・・・・・やがて、蘇芳が椅子から腰を上げようとした。
 「どこ行くんだ?」
 「・・・・・ん?なんだか、楽しそうだなあって思って」
その言葉通り、口元だけでなく目元まで楽しそうに緩めている蘇芳の顔を見た江幻は、やれやれと大げさに溜め息を付いてみせた。
 「お前が行ったら珪那が逃げる。珪那が逃げたら、俺達の夕食は無しだな」
 「・・・・・なるほどね」
 結局、怒ったコーヤに全てを説明出来ないままで、そこに丁度良くというのか悪いというのか、江幻の小屋に珪那が訪れた。
案の定珪那は蘇芳に剥き出しの敵意を見せ、その場は嵐のように騒がしくなってしまった。もちろん、本気で嫌っている珪那と、楽し
そうに遊んでいる蘇芳とでは温度差はあったが。
 それからはもう子供が4人いるようなもので、コーヤを蘇芳の毒牙には掛けられないと珪那はほとんどコーヤに付きっきりになった。
(ま、結果的には良かったかもしれないが)
コーヤも、蘇芳の態度に不審と警戒感を持っていたのが丁度良かったらしい。最初、突然現れたコーヤをまだ警戒していたらしい珪
那も、蘇芳という共通の敵の前ではたちまち仲良くなり、今は一緒に夕食の支度をしていた。
しかし・・・・・。
 「もう!どうして普通のスープに泡が出て来るんだよ!」
 『あ、あちっ、なんだよ、この変な泡〜っ』
 「コーヤッ、手を出すな!火傷するだろ!」
 『ねえっ、だから、この泡って何っ?』
 違う言葉が交互に叫び合っている。もちろん、江幻達は珪那の言葉は分かるものの、緋玉に触れていない今、コーヤの言葉は全
く分からなかった。
コーヤも珪那もお互いに分かっていないだろうが、妙に息が合っているような気がして聞いているだけで面白い。
江幻がフッと笑うと、隣で蘇芳もクッと笑んだ。
 「どちらも美味そうだよなあ」
 「おい」
 「ま、今は取り合えず、無事に飯にありつける事を願うか」
 「・・・・・まあ、そうだな」
もう少ししたら覗きに行った方がいいかもしれないと、江幻も焦げ臭い匂いに眉を潜めながら思った。



 「もうっ、お前は薪係!」
 『はあ?』
 最初は綺麗な透明のスープだった鍋の中身は今は不気味な茶色になり、野菜の炊ける匂いが焦げ臭い匂いに変化して。
ケーナはムッと昂也を睨んで言い放った。
 『何言ってんのかわかんないよ!』
 「薪!ほらっ、少なくなってるだろっ」
 ケーナは煮物を作る時に使っている暖炉を指差していた。
見ると、横に積み上げている薪が後僅かだ。
 『あれ、取ってくるのか?』
 「だから、薪だって!」
 『木だよな?』
昂也が薪を指差し、次に外を指すと、ケーナは両手を腰に当ててうんっと偉そうに頷いた。
色々言いたことはあるが自分が役に立っていないことは悔しいが分かるので、昂也は口を尖らせながらも外に出た。
 『何だよ、あいつっ、もっと優しく説明してくれたらいいのにさっ!』
(言葉が分からないんだから、ちゃんと丁寧に動作で教えろっていうんだよ!)

 江幻の住む小屋の周りは少し開けた感じになっているが、直ぐ目の前にはもう森が迫っていた。
山の中の森というよりは、ちょっと草木が茂っている林というイメージだが、当然街灯などは無いので真っ暗と思っていたが・・・・・思った
よりずっと外は明るかった。
 『うわ・・・・・でっかい月!』
 日本で見ていたものよりは少し赤みを帯びた綺麗な丸い月。
しかし、それは直ぐ側にあるかのように大きくて明るかった。
 『月明かりだけでこんなに明るいのかあ〜』
(あんな大きさじゃ、本当にウサギがいてもおかしくは無かったりして)
 思い掛けないものを見た楽しさで、昂也は先程まで自分が怒っていたことを忘れてしまった。足取りも軽く小屋の裏側に行くと、既
に切り揃えてあった薪を両手で抱える。
 『結構重いな〜』
初めは10本ぐらいは持とうと思ったのだが、やはりかなりの重量に感じ、昂也は無理は止めるかと薪を幾つか戻そうとした。
すると、
 『え?』
 視界の端に何かが横切った感じがする。
(流れ星?・・・・・いや、なんか、もうちょっと赤っぽい・・・・・)
 『何だ、今の・・・・・』
一度気にしてしまったら、それを確かめなければ気がすまない。
昂也はちらっと小屋を振り返ったが、もう一度光が落ちていった森の方へと視線を向け、少し考えて・・・・・やがて、思い切ったように
森の中へと歩き始める。
どうしても気になることは、その時直ぐに確かめてみたくなる性格なのだ。



 どうなったのかと江幻が台所を覗いた時、忙しく立ち働いているのは珪那だけだった。
 「珪那」
 「あ、江幻様!」
 「コーヤはどうした?」
 「あいつ、料理全然出来ないんですよ!わけわかんないことばかり言って、調味料をドバドバ入れるし!面倒見きれないので、薪を
取りに行かせました!」
珪那の言葉に江幻は苦笑を零した。同じ様な年頃、いや、もしかすればコーヤの方が年上かもしれないのに、こんな風に子供扱い
されていると知ったらどうするだろうか。
(かなり・・・・・怒るだろうな)
江幻や蘇芳からすればその怒りも可愛いものだが、少し機嫌を取っておいた方がいいかもしれない。
 「江幻様?」
 江幻は自分をじっと見上げてくる珪那に優しく微笑みかけると、その頭を撫でながら言った。
 「お前には世話を掛けるが、あの子はこの竜人界のことを何も知らない。どうか助けてやってくれないか?」
 「は、はい!」
江幻からの頼まれ事に、珪那は嬉しそうに頷いてみせた。



 1人残された蘇芳は、何時も出掛ける時は懐に入れている玉を取り出した。
自分がコーヤと会ったことで、運命がどの様に変化していっているのか視てみようと思ったからだ。
(波乱万丈になっていたら面白いんだけどな)
平凡な日々よりも、多少危険でも面白いことがあった方がいい・・・・・そう思いながら蘇芳が頭の中でコーヤの名を呟いて玉に触れた
時、
 「!」
 その瞬間、玉が赤く変化した。
 「・・・・・赤?」
色の変化は珍しいと蘇芳が眉を顰めた時、玉の中にコーヤの姿が浮かび上がった。口は動いているが何を話しているのかは分から
ない。ただ、コーヤの視線は誰かに向けられているようだ。
(誰だ?俺や江幻とは違う・・・・・?)
 玉の中の時間が動き、今まで映っていたコーヤの姿が消えてしまった。
 「・・・・・」
蘇芳の厳しい眼差しは、射る様に玉の中を見つめ続ける。
そして、
 「!」
次の瞬間視えたのは、男に組み敷かれて陵辱されるコーヤの姿だった。