竜の王様




第二章 
二つめの赤い眼



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 「江幻!!」
 「・・・・・っ?」
 小屋の中に蘇芳の声が響いた。
普段はどんな緊急の事態が起きても余裕を持つように心掛けているはずの蘇芳のその切迫した声に、今まさにコーヤを捜しに小屋
から出ようとした江幻は立ち止まり、踵を返した。
(何があった?)
蘇芳があれほどに焦ること。江幻の脳裏には嫌な予感という漠然とした思いが生まれた。
 「蘇芳っ?」
 江幻が先程まで一緒にいた部屋に駆け込むと、初めて見るような強張った表情をした蘇芳が飛び込んだ江幻に向かって言った。
 「あいつが来る。コーヤはどこだ?」
蘇芳は要点だけしか言わなかったが、それだけでピンと来た江幻は直ぐに窓の外に視線を向けた。
 「薪を取りに外に」
 「すぐ保護しよう」
 2人はそのまま窓から小屋の外に飛び出した。一々入口にまで回ってしまうと、薪を置いてあるはずの場所には遠回りになってしま
うからだ。歩いても十数歩のその距離が、今の2人には王都まで行くほどの遠い距離に思えた。
 「コーヤ!」
一瞬の後に着いた薪置き場にはコーヤの姿は無かった。
再び小屋の中に戻って捜さなくても、2人には中にコーヤの気が無いことは直ぐに察知出来る。
 「あの子が逃げる必要は無いな」
 「中には青嵐がいる。もしも逃げるとしたならば、あの子を置いて行くはずは無い」
 「今この瞬間にも大きな気の動きは感じられない。視えたのは野外、この火焔の森で間違いはないはずだ。手分けしていこう」
 「蘇芳、視えたのは必ず起こる未来か?それとも・・・・・」
 「変える事の出来ない未来などない」
 言下に言い切った蘇芳が先に森の中に駆け込んでいく。
江幻も強く手を握り締めた後、蘇芳とはまた別の場所から森へと入って行った。



 月明かりだけが照らす森の中。
それでも昂也は不思議と怖いという思いは無かった。この森がどこか龍巳の神社がある森の雰囲気と似ているからだ。
 『あの光、UFOか?でも、この世界にもUFOなんているのかな』
ブツブツ呟きながらあの赤い光が落ちて行った方へと歩いていた昂也は、あっと足を止めて今来た道を振り返った。
 『・・・・・ピンチ?』
 考え事をしながら、同時にあの赤い光だけを頼りに歩いてきたので、今自分がどんな道を歩いてきたのか全く分からなくなってしまっ
た。最初に足を踏み入れた時は獣道のような感じだったが、今はどこを見ても道というものはない。
(うわ、まずいじゃん、こんなトコで迷子になっちゃうなんてさ〜。あいつにどんなこと言われるか分かんないって)
コーゲンはまだしも、スオーはこんな森で迷子になった昂也を絶対からかってくるに違いない。どう言い訳しようかと考え始めた昂也は、
ふと目をやった前方に先ほどまで追い掛けていた赤い光を見付けた。
 『あそこだ!』
 目に入ったもののせいで、今までの焦りはすっぽりと頭の中から抜け落ちてしまった昂也は、急いで光の方へと走っていく。
ドンドン近付いてくる赤いような、金色のような不思議な光。
やがて、ポッカリと目の前の開けた場所が現れ、昂也はそこに圧倒的な存在感でいる赤い竜を見付けた。
 『うわぁ・・・・・カッコいい・・・・・』

 今まで昂也が見たのは2匹の竜だ。
浅緋は日頃の身体も立派なせいか竜に変化した時も大きく雄々しかったし、青嵐が変化した金竜はまだ若い感じだったが、触れる
だけでも凄まじい潜在能力を感じた。
 しかし、この赤い竜はその2匹とはまた存在感が違う。
赤と金が混ざり合う不思議な色合いの鱗ももちろんだが、その圧倒的な力は竜の事を何も知らない昂也にもヒシヒシと感じた。
竜は、じっと昂也を見下ろしている。大きな赤い目で見下ろされても、やはり怖くは無かった。
(敵意が無いって分かるのか?)
 『お前も、人間?あ、いや、違うんだっけ』
ここは竜人界だったと自分の勘違いに恥ずかしくなって笑った時、その竜の体が眩しい光に包まれ、昂也は目を開けられなくなって思
わず片手で目を覆ってしまった。熱気のようなものが昂也の身体に突き刺さるように当たる。
(な、何なんだよ、これ〜っ!)
 身体が溶けてしまうのではないかと、とんでもない想像をした時、いきなり熱が消えたかと思うと、
 『!』
次の瞬間、大きな何かが身体に覆い被さってきた。
 『な、何?え?あ、あぁっ、グ、グレンッ?』
慌てて目を開いた昂也の目に映ったのは、自分の身体を抱きしめているグレンの姿だった。



 一刻も早くという気持ちのまま、紅蓮は夜には火炎の森に着いた。
久し振りの竜への変化と、全速力の飛翔で、しばらくは竜の姿のまま休んでいたのだが・・・・・そこに、本当に飛び込んできたかのよう
にコーヤが姿を現した。
(コ・・・・・ヤ?)
 一瞬、もしかしたら、コーヤは自分のこの姿を怖がるかもしれないと思った。
紅蓮自身は竜に変化出来ることを誇りとしていたし、竜人の中でも選ばれた存在だと思ってた。それでも竜人の中には竜に変化出
来る者を畏怖の対象に見る者も少なくはない。
 『うわぁ・・・・・カッコいい・・・・・』
 不思議な言葉を口にしたコーヤの目には、少しも恐怖や嫌悪の光は無く、むしろ賞賛するような輝きでこちらを見ていた。
多分、コーヤはこの姿が自分であることに気付いていないだろうと紅蓮は思ったが、そんな事は瑣末なことでしかない。
今、目の前にコーヤがいる・・・・・そう思った紅蓮は自分の変化を解き、そのまま立ち尽くすコーヤの身体を抱きしめた。
 『な、何?え?あ、ああぁっ、グ、グレンッ?』
 驚いたようなコーヤの声が自分の名を呼ぶのが聞こえたきた。
コーヤが角持ちの赤子と共に王宮から居なくなって数日、その時間は気が遠くなるほど長くはなかったが、紅蓮の気持ちが乾いてしま
うには十分な時間だった。
 「・・・・・ッ」
 「グレンッ?」
小さな手が自分の背を叩くが、紅蓮にとっては全く痛くも痒くもなかった。



 「・・・・・っ」
 蘇芳と分かれてコーヤを捜していた江幻だったが、しばらくして合流すると共に捜索を開始した。
この火炎の森のことは江幻の方がよく知っているが、蘇芳には未来を視る玉がある。最悪、コーヤの姿が見当たらない場合、再び視
てもらうしかなかった。
 「さっき、気を感じなかったか?」
 「ああ、一瞬だが強いものだ。あれが原因か?」
 「・・・・・多分。どうやらコーヤは好奇心が強いようだからな」
 何にでも興味を持つその姿は、この小屋に来て僅かな時間の中でも見て取れた。子供だから仕方が無いとは思うが、今の状況で
は笑って済ませられるものでもない。
 「・・・・・ますます好みの性格だな」
 「コーヤに言えば嫌われるぞ」
 「嫌も好きのうち、ケーナもな」
そんな風に軽口を言い交わしながらも、江幻と蘇芳の足は止まらず、周りの気配を探ることも忘れない。
 「しかし、こんなに見付からないものか?」
 「火炎の森はそれほど深くないはずだが・・・・・生きているからな、この森は」
生きている森、火焔。刻々と変化していくその様を、江幻でさえ全て把握しているというわけではない。
それでもその変化を少しは予期出来る・・・・・そんな風に思った時、2人の足が同時に止まった。
 「紅蓮だ」
 「北」
 一気に流れ込んできた大きな気の存在。
2人はとっさにその気を感じる方へと向かった。



 『ちょ、ちょっとお!いい加減放せってば!』
 昂也は喚くように言った。
(あの竜がグレンなんて詐欺だあ〜!)
考えれば、あの建物の中で一番偉そうにしていたグレンが竜に変身出来るという事は想像出来ることだ。赤い目をしていたこともあ
り、赤い竜と言うことも連想は出来たが・・・・・。
(それでもっ、いきなりなんかびっくりするだろ!)
 がっしりと身体を抱きこんでくるグレンの腕の拘束はなかなか緩まなかったが、それでも何とか手と足を駆使して(手でグレンの背中
を叩き、足で脛を蹴り上げた)、昂也はグレンの手の中から逃げ出した。
 『!』
しかし、完全に逃げ切ることは出来ず、その腕をグレンに掴まれる。
大人と子供ほどに違う体格差のある相手に、昂也は勇気を奮い立たせて言い放った。
 「て、やだ!」
 「コーヤ」
 「て!」
放せと言ったつもりだが、グレンは険しい目をして自分を見下ろしているだけだ。
(何怒ってんだ・・・・・?)
 昂也とすれば、自分からあの建物から逃げ出したという覚えは無かった。コクヨーの理不尽な気配に怯んだ時、たまたま竜に変化
した青嵐が助けてくれただけで、逃げよう逃げようと思った結果ではない。
それに、昂也は自分でも玉探しをしようと思っているし、その協力者になりそうな2人(1人はどうも信用ならないが)を見付けたのだ。
どちらかといえば良くやったと褒めてもらいたいぐらいだった。
(全く、怒っているだけがノウじゃないんだよ!)
 「コーヤ」
 「あぁっ、何っ?」
 自分の怒りに全く気付いていないらしいグレンの様子に、昂也は精一杯威嚇した視線を向ける。
本当にあの穏やかで優しい声のアオカの兄貴なのかと内心思った時、昂也はいきなり視点が反転したことに気付いた。
 「え?」
(今、何が?)
目の前にグレンの顔がある。いや、目の前ではない。真上から見られているのだ。
 『ええっ?』
その時ようやく、昂也は自分が地面の上に押し倒され、グレンがその身体の上に圧し掛かっていることを自覚した。
(お、遅いって、俺!)