竜の王様
第二章 二つめの赤い眼
3
※ここでの『』の言葉は竜人語です
(敵対する相手にも、手を掛けるというような恐ろしい噂は聞きません。でも、コーヤ、危険だと感じれば絶対に無理をせずに逃げてく
ださい、絶対に)
《うん、分かった。ありがと、アオカ、助かったよ。後は自分で何とかしてみる。また、どうしても困ったことがあったら相談するからさ、あ、ア
オカも何かあったら何時でも声掛けてよ?トーエンは頼りになるけど、あいつ案外頭固いから。じゃあ!》
「コーヤ!」
いきなりプツッと交感が途切れてしまい、思わず碧香は昂也の名前を叫んでしまった。
しかし、どうやら昂也は碧香の呼び掛けを断ち切ってしまったらしく、既に声は聞こえなくなってしまった。
(王宮から出てしまったなんて・・・・・いったい、兄様は何をなさったのか・・・・・)
竜人界の事をまだよく知らない昂也が、自分から王宮の外に出たとは考えにくい。きっと、外に出なければならない何事かが起きて
しまったはずだった。
その原因は、多分人間の事を毛嫌いしている兄、紅蓮が深く関係しているのだろう。
「昂也にもしものことがあったら・・・・・」
(私も、東苑の側にはいられない・・・・・)
「碧香、どうした?」
不意に目を閉じ、足を止めた碧香を、龍巳はじっと黙って見つめていた。こういう時は碧香が昂也と交感をしているのだということが
分かっていたからだ。
幸いここは深くは無い森の中で、人目というのは気にならなかった。
「コーヤ!」
しかし、いきなりそう叫んでパッと目を開いた碧香に尋常でない雰囲気を感じ、龍巳は思わずその肩を掴んで名前を呼んだ。
碧香が取り乱すほどの何かが昂也の身に起こったのだろうか。
「昂也に何かあったのか?」
「東苑・・・・・」
「顔色が青いぞ、何か悪いことでも・・・・・」
「・・・・・昂也が、王宮を出たと言いました」
「王宮って・・・・・碧香の兄貴が住んでいる場所だよな?」
「はい。そして、人間界とを結ぶ場所でもあります。・・・・・兄は、少し人間に対して悪い感情を持っている方ですが、昂也が竜人
界で暮らすのにはあの場所が一番安全なのです。でも・・・・・」
「全く・・・・・昂也の奴、じっとしているのが嫌で飛び出したんだろう」
碧香の言葉に龍巳は笑いながら言った。
常に自分から行動する性格である昂也が、大人しく誰かの庇護下にいるとは思えなかった。
そもそも、昂也がいなくなってから初めて、碧香の身体を借りて昂也と会話をした時も、自ら玉探しの旅をしている最中だと言ってい
たくらいだ。
(きっとまた、旅に出たようなつもりなんだろ)
「心配するな、碧香。昂也はやわな奴じゃない」
「い、いいえ、いいえ、東苑、それは違うと思います」
’(多分、昂也は追い出されたのかもしれない・・・・・)
今交感で感じた昂也の声や気には切迫感は無かったものの、言葉もまだ不自由な昂也が自ら望んで外の世界に出たとはとても
思えない。
それに、昂也の方から碧香に連絡を取ってくるとは、やはりそれなりの危機感があったのだろう。
(角持ちの赤子と一緒だとも言っていたし・・・・・火焔の森の江幻・・・・・)
碧香は、その名前しか聞いたことは無かったが、何時か兄が苦々しい口調で言っていたことを覚えていた。
「あいつも、せっかくの力を竜人界の発展の為に使えばいいものを・・・・・。医師の真似事で力を浪費しおって」
容姿も、性格も、よくは分からないが、どうやら王宮専属の神官である紫苑に勝るとも劣らないほどの力を持つというのは聞いた。
いや、その名前を紫苑に聞いた時、穏やかな彼は溜め息混じりに言っていた。
「本来なら、神官長はあの方がなるべきです。・・・・・血さえ・・・・ああ、いえ、今私が言ったことはお忘れください」
いったい、江幻という人物はどういった竜人なのか。昂也にとって味方となってくれるのか、それとも・・・・・碧香は考え出すと不安が溢
れてきそうだった。
「昂也のことは心配するな、碧香。少し、休もう」
考え込んでいる碧香をとにかく落ち着かせようと、龍巳は直ぐ側にあったちょうど腰掛けれそうな岩の上に碧香を座らせた。
「近くに湧き水が流れている所があったな。タオルを濡らしてくるからここでじっとしていろよ?」
「・・・・・」
「碧香」
「・・・・・はい」
小さく、それでも頷いた碧香を確認してから、龍巳は先程見掛けた湧き水の場所へと足早に向かった。
今日は龍巳の家から電車で3時間近く行った、隣の市の小高い森にやってきていた。
ここを選んだのには理由がある。それは、最近その森で不思議な光が目撃されたという話を学校の友人から聞いたからだ。
直ぐにネットで調べてみると、その現象は一時的なものではなく、数日間に渡って目撃されたらしかった。
UFOか、それとも悪戯か。ネットの中でもかなり議論がされていたが、龍巳は調べてみる価値はあると思った。
(玉があるかどうかは分からないが、何らかの手掛かりが見付かるかもしれないし)
噂になっているせいか、普段こんな森など訪れそうも無い若い人間が結構いて、とても玉探しなどしていられる雰囲気ではなかった
のだが・・・・・。
「昂也のことで頭がいっぱいらしいな・・・・・どうするか」
今日はいったん帰った方がいいかもしれないと龍巳は考えた。
龍巳の背中を見送りながら、碧香は再び昂也と交感を試みた。
しかし、昂也からの返答は無い。無理に遮断しているわけではないのだろうが、意思の強い昂也とは、昂也の方が受け入れるといっ
た気持ちになってくれなければなかなか交感は難しいのだ。
「どうしよう・・・・・」
(少し時間を空けた方がいいのだろうか・・・・・)
そう思った時、
「・・・・・!」
(な、何?)
不意に、碧香は背中に震えが来るほどの気を感じた。
これは人間界に来てから初めて感じる感覚だが、本来はよく知っているはずのものだ。
(同族が・・・・・いる?)
自分と同じ竜人の気。明らかに人間が持っているものとは違う種類の気が、ごく近くにいるのを感じ取った。多分、無防備だった碧香
の気も向こうは気付いているはずだ。
(私以外に人間界にいる同族?でも、人間界に来られるのは王家の血を引く者だけのはず・・・・・)
兄の紅蓮が竜人界を放ってこちらに来るとは考えられないし、従兄弟である蒼樹は昂也と共に竜人界で玉探しをしているはずだ。
それ以外の王族に係わる者に心当たりはない。
「・・・・・っ、じゃあ、この気の持ち主が、紅玉を持ち去った者っ?」
碧香は思わず立ち上がった。
一瞬、龍巳の消えた方へと視線を向けたが、今龍巳に知らせに行ってその間に逃げられでもしたらと思うと、碧香はこのまま自分がこ
の気の持ち主を追い掛ける方がいいと思った。
(もしかしたら、この森の中に紅玉を隠してあって、それを取りに来た可能性もある・・・・・っ)
そう思うと、心が急いてしまった。
(いったい、どこから・・・・・?)
それほどに深い森ではないようだが、それでも生い茂る草の間に影は見えない。
碧香は多少の不安を感じながらも、残っている気を追い掛けてどんどんと山を登っていく。
(それにしても・・・・・こんなにあからさまな気を残すものだろうか?確かに、人間界の中に私のような竜人がいるとは思わないのかもし
れないが、それにしても・・・・・)
碧香は足を止めた。
「・・・・・罠?」
何の為に?
それは、碧香の身柄を確保する為に。
誰が?
それは、紅蓮を新しい竜王としたくない者が。
「・・・・・っ!」
まずいと思った碧香は、直ぐに龍巳のいる場所へと戻ろうと踵を返した。
しかし、
「!」
そんな碧香の進路を塞ぐようにいきなり現れた影に、碧香の動き掛けた足は止まってしまった。
『紅玉は見付かったのか、碧香』
『お、叔父上?』
『くっ・・・・・まだ、私の事を叔父と呼ぶか。そなた達にすれば私は反乱分子側であるものを』
叔父・・・・・いや、そうは言っても、実際に碧香と血が繋がっているわけではない。
彼は、碧香の無き父の妹、つまり伯母と結婚した相手だ。
『ど、どうして、叔父上が人間界に・・・・・』
『私はまだ、蒼樹を次期竜王とすることを諦めてはおらぬのだ』
そして、同時に彼は現王族の軍隊の副将軍でもある蒼樹の父親だ。
以前、我が子である蒼樹を次期竜王とすることを企て、先代の竜王・・・・・自分の妻の兄に対して刃を向けたものの、その息子当
人に裏切られて失脚したはずだった男。
(叔父上が、玉を・・・・・?)
碧香は信じられないというふうに大きく目を見開き、叔父・・・・・聖樹(せいじゅ)を見つめた。
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