竜の王様




第二章 
二つめの赤い眼



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 珍しく饒舌に自分の生い立ちを口にする蘇芳を、江幻は複雑な思いで見つめていた。
もちろん、この話は江幻にとっても人事ではなく、かなり深い関わりがあるのだが・・・・・それを今ここで言おうとは思ってはいない。
ただ、蘇芳がはっきりと紅蓮との繋がりを示唆したことによって、紅蓮自身の身動きが取れにくくなることも確かだとは思った。
(蘇芳が気に入っているコーヤに、軽々しく手を出すことは無くなるかもしれないな)
 まさかそこまで考えての暴露だったのか・・・・・江幻がチラッと蘇芳の横顔を見つめると、まるで示し合わせたかのようにこちらを向いた
蘇芳の口元が更に緩んだ。
(・・・・・図星か)
 今の蘇芳の口撃で明らかに動揺している(表面上は分からないが)紅蓮を視界の端で捕らえながら、江幻はコーヤと金竜の側に
近付いた。
(それにしても・・・・・あの青嵐がこんなにも立派な竜に変化するとはな)
コーヤの腕に抱かれ、覚束無い手付きでスープを飲んでいた青嵐と、この雄々しい金竜はどうしても繋がらなかった。
しかし、どういった理由からかは分からないが、あの赤子でもこうして成竜となれるのだ。
 「コーヤ、コーヤ、怪我は無いか?」
 「・・・・・コーゲン」
 「・・・・・大変だったな」
 無事だったと、とてもいえる恰好では無かった。
艶やかな黒髪はクシャクシャになって草も絡まっていたし、着ている服も大きく切り裂かれて肌が露になっている。
その白い肌に一筋の赤い痕があるのを見た江幻は眉を潜め、改めて紅蓮がコーヤに何をしようとしていたのかが想像出来、青嵐が
間に合って本当に良かったと思った。
 「コーヤ」
 「セイラン、セイラン」
 「青嵐」
 コーヤは自分のことよりも青嵐が心配のようで、自分の背丈よりも大きな金竜の顔を怯えることなく撫で摩っている。
初めは敵意剥き出しの興奮状態だった金竜は、そのコーヤの手の感触に徐々に安心していったのか・・・・・体中を包んでいた眩し
い金の光が次第に鈍くなっていったかと思うと、やがて竜の身体も小さく縮こまっていき・・・・・。
 「セイラン!」
それほど時間も掛けずに見慣れた赤子の姿に戻った青嵐を、コーヤはパッと抱き上げて抱きしめた。



 「・・・・・」
 「・・・・・」
 聞きたくも無い戯言を言う蘇芳から意識的に視線を逸らした紅蓮は、無意識の内にコーヤと金竜の姿を捜した。
その側に江幻が立っているのが気に食わなくて眉を潜めるが、次第に変化を解いていく金竜の姿を目の当たりにして息をのんだ。
(やはり・・・・・あの角持ちか・・・・・)
予想通り、圧倒的な存在感の金竜の正体はあの角持ちの赤子だった。いや、コーヤに抱かれている今の姿を見れば、明らかに以
前よりも成長していることが分かる。
(たった数日というのに、もうあれほどに成長しているというのか?)
 「おい」
 「・・・・・」
 「お〜い、今俺と話しているんじゃなかったか、王子様」
 「・・・・・煩い」
 無視をすることも出来たのだが、揶揄を込めた口調でそう呼ばれて流すことなど出来ず、紅蓮は再び蘇芳と向き合うことになった。
言いたいことを言ってすっきりしたような(紅蓮側からすれば)蘇芳は、落ち着かない紅蓮を蔑んだように見ている気がする。
竜人界の正式な王子として、次期竜王に選ばれた身として、紅蓮はそんな視線で見られることは良しとしなかった。
 「お前の戯言は聞き飽きた」
 「何?」
 「既に関係する者は皆亡くなり、証明することさえ出来ぬ戯言を相手になど出来ぬな」
 「・・・・・ふんっ、お前が言いそうな事だな」
 「私にとってはお前の出まかせの生い立ちなどよりも、なぜこの場にいるのかが気になるが・・・・・多分江幻がお前を呼び寄せたのだ
ろうな」
 「さあ、どうだろうね」
 「人間などに躍らされおって・・・・・」
(誰も彼も、人間の、コーヤの甘言に惑わされたのか)
 どう見てもまだ子供にしか見えないコーヤだが、紅蓮の知らない所で周りを虜にしているのかもしれない。やはり、早く自分の手で他
の竜人から隔離せねばならないと思った。
紅蓮はゆっくりとコーヤと角持ちの赤子のいる方へと足を向ける。
その気配に、コーヤの側にいた江幻がコーヤの前に立ちふさがった。
 「また力だけで解決するつもりなら間違いだよ、紅蓮。お前にコーヤを御することは出来ない」
 「黙れ、江幻」
 「お前の言葉をそっくり返してやろうか?人間などにうつつを抜かすよりも、早く隠された蒼玉を見付け出すことの方が先決なのでは
ないか?」
 「・・・・・っ」
 確かに、江幻の言う通りだった。コーヤの捕獲よりも、次期竜王として紅蓮がしなければならないことは決まっている。頭では分かっ
ているのだが、コーヤに関してだけはどうしても感情の方が先行してしまう紅蓮は、江幻の言葉にギリッと歯を食いしばった。



(本当にこいつは変わらないな)
 どんなに次期王としての帝王学を幼い頃から学んできた紅蓮でも、感情がぶれてしまう部分というものは今もって克服することは出
来ていない。
他の竜人達にとって紅蓮は貶す所の無い立派な竜王候補だが、蘇芳から見れば欠点だらけの只の若い竜人にしか見えなかった。
(・・・・・さて)
 言うつもりは無かった自分の生い立ちを話してしまったことは置いておいて(コーヤや青嵐には分からないはずなので構わない)、そろ
そろこの状況をどうにかしなければと思う。コーヤや青嵐を何時までもこんな寒い場所に立たせていては可哀想だろうし、紅蓮としても
追い掛けていたコーヤを見つけた今黙って引き下がるという事も出来ないだろう。
 「おい、江幻」
 仕方ないと、蘇芳は妥協案を出した。
 「一旦、お前の所に戻ろうか。このままここにいても仕方が無いだろう」
蘇芳の言葉に江幻と紅蓮も再び蘇芳を振り返る。
 「コーヤが無事なら青嵐が竜に変化することは無いだろうし、紅蓮、お前にこのまま王都に戻れといっても出来ないだろう?江幻の
茶を飲みながら、一旦休戦といこうじゃないか」
 「・・・・・お前達と戦うなど、無駄なことはしておらぬな」
 「お〜お。王子の言うことは違うねえ。江幻、どうする?」
 「確かに、コーヤと青嵐をこのままにはしておけないな。・・・・・紅蓮、お前がどう思っていようが構わないが私達は小屋に戻る。お前
はどうする?」
 「話があるなら来るだろ。ほら」
 わざと突き放すような言い方をした蘇芳は、つかつかとコーヤの側に行った。
そして、問答無用でコーヤの手の中から青嵐を取り上げる。
 『あ!』
 「ウギャア!」
 『スオー!泣いてるじゃんか!放せって!』
途端に青嵐は泣き出し、コーヤは蘇芳の服を掴んで何事か(多分文句)を叫んでいるが、一見気丈な様子を見せているコーヤが疲
れているのは想像が出来て、その上でこの青嵐を抱えさせるのは可哀想だろう。
 「おい、青嵐。コーヤのことを思うなら大人しくしろ」
 「ギャ・・・・・アゥ」
 言葉が通じないコーヤに言うよりも早道だと思ったのだが、案の定青嵐はどうやら蘇芳の言葉を理解出来たようで、あれほど泣き叫
んでいたのが途端に大人しくなった。
しかし、涙で潤んだ金の瞳は、真っ直ぐにコーヤに向けられている。
 「ほら、行くぞ」
 片手で軽々と青嵐を抱いた蘇芳は、空いた手でコーヤの肩をポンと叩いて歩き始めた。
続いて、江幻がコーヤの背中を押して促すと、トボトボとコーヤの足も動き始める。
 蘇芳はわざと後ろを振り向かなかったが、静かに草を踏む音を耳にして、口元に笑みを浮かべた。
(なんだ、結構素直じゃないか)



 「・・・・・あ〜あ、これはまた派手に」
 「元々ボロだったからな」
 「・・・・・」
 『すご・・・・・寝れるのか?』
 一行が江幻の小屋に戻った時、それぞれが思わずといったように言葉を漏らしてしまった。
元々立派だとは言い難い江幻の小屋は、今はその半分・・・・・いや、三分の一程はまるで大きな爆発でもあったかのように無茶苦
茶に吹き飛ばされていた。
 「・・・・・やってくれるな、青嵐」
それが青嵐の仕業だとは誰もが予想出来たものの、この赤子と言っていい幼い存在に責任がどうこうなどはとても言えず。
家主である江幻ももう苦笑しか出てこなかったが、ふと、この場にいたはずの人物のことが気になった。
 「珪那!珪那、無事かっ?」
 見たところ、台所付近は無事のようだが・・・・・そう思っていた江幻の耳に、半泣きの声が聞こえた。
 「江幻様ぁ〜!!」
 「珪那っ」
台所の裏側、何時も薪が置いてある付近の物置から飛び出してきたのは珪那だった。ざっと視線を動かした江幻は、その身体に傷
が無いのを見てほっと安堵の息をついた。
 「大丈夫だったか?」
 「きゅ、急に金色の光がバーっとなって、バリバリ壊れる音がしてっ!俺、俺死ぬかと・・・・・あ!コーヤ!お前も無事だったのか!」
 必死に自分の恐怖を江幻に訴えかけていた珪那は、江幻の隣にいるコーヤを見て叫んだ。
 「お前がいなくなって江幻様が捜しに行かれて・・・・・あっ、何だよっ、その服っ?切り裂かれたのかっ?・・・・・蘇芳様!」
どうやらコーヤの服の乱れの原因を蘇芳だと思い込んだらしい珪那は、少し離れた場所にいた蘇芳を睨みつける。
もちろん、今回の件に関しては無実なはずの蘇芳だったが、わざと珪那をからかうように言った。
 「どうやらまだ熟していないようだったんでね。ちゃあんと途中で止めたって」
 「あ・・・・・あんたっ、なんてこと!」
 「おい、蘇芳」
 それは、怖い目にあった珪那の気持ちを宥める為なのだろうが、こういう言い方をすればますます誤解を受けるだけだ。
いい加減にしろと言い掛けた江幻は、憮然とした表情で立つ紅蓮に気付いてしまった。
(ああ、彼がいたっけ)
 「珪那、蘇芳を懲らしめるのは後にして、お客人に茶の用意をしてくれないか?壊れていない部屋があればいいんだが」
 「お客人っ?この蘇芳様のことでしたら・・・・・あぁぁぁぁぁ!紅蓮様っ?」
顰め面をして蘇芳を指差した珪那は、その後ろに険しい表情で立つ紅蓮の姿を視界に入れてひっくり返った声で叫んでいる。
(・・・・・まあ、もっともな反応か)
竜人界の王子の顔を知っていても当然かと、江幻はキンと響いた声に耳を押さえた。