竜の王様




第二章 
二つめの赤い眼



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 「お、お茶でご、ございます」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
(おいおい、珪那。それはここで一番高価なカップじゃないか・・・・・)
 珪那が紅蓮に差し出したカップを見て、江幻は思わず苦笑を漏らしてしまった。
珪那のような一般の竜人が王族に会うことなど、多分一生のうちで一度あるか・・・・・もしくは一度も会わないまま、絵姿や噂だけで
敬愛する対象として居続ける存在という形だろう。
だからこそ珪那が緊張と興奮で舞い上がるのも理解出来るが、場所が半壊とも言えるこの小屋だというのはやはり・・・・・笑える。
とりあえずと、台所に椅子を集めたが・・・・・蘇芳も同じことを考えているのか、その頬にはずっと笑みを浮かべたままだった。
 『青嵐、寝かせて来た!』
 そんな時、姿が見えなかったコーヤが戻ってきた。
 『もう、すっごく興奮してたんだけどさ、ベッドに寝かせたらストンって寝ちゃったよ。やっぱり竜に変身するなんて凄いエネルギーがいる
んだろうな?あ、ケーナ、俺お腹空いちゃった』
 「・・・・・」
(見た感じでは・・・・・どうやら先ほどのことは残っていないように見えるが・・・・・)

 紅蓮に押し倒され、(多分)その身体を奪われる直前に青嵐に助けられたコーヤ。
気が弱い者ならば、今だにその衝撃を引きずったままであろうが、どうやらコーヤは江幻の予想以上にかなり強い心の持ち主らしい。
服を着替え、前髪が濡れているので多分顔を洗ってきて、先程の出来事をすぱっと切り離してきたようだった。
ただし、部屋にやってきてから、まだ紅蓮の方に視線を向けてはいないが。
 「コーヤ、紅蓮様の前で失礼の無いようにっ」
 『あ、スープ出来てる』
 「コーヤ!摘み食いはするな!」
 『ケーナって料理上手だよなあ。日本だったらモテるぞ?』
 その様子を見れば意思の疎通が出来ていないのは丸分かりだが、見ているとなんだかとても微笑ましい。
江幻はあれほど大きな出来事があったというのに不思議と穏やかな気持ちで、この狭い部屋の中たった1人という感じの紅蓮に向き
直った。



(笑っている・・・・・)
 紅蓮はコーヤの横顔をじっと見つめながら考えた。
同じ年頃の少年といるせいか、それとも堅苦しい王宮という場所から出たせいか、たった数日前まで見ていたはずのコーヤの表情より
もかなり明るく見える。
(・・・・・馬鹿なっ、この人間がどんな感情を持っているかなど考えてやる必要もない)
 傲慢にも思える考えでそう思い切るが、この場にいる者達の中で自分だけが異端だというのは分かる。
王宮では感じたことのない疎外感に、紅蓮は眉間の皴が取れなかった。
 「紅蓮」
 そんな紅蓮に、江幻が声を掛けてきた。
視線を向けた紅蓮だったが、声を出す事はない。
 「お前はコーヤと会話が出来ていた?」
 「・・・・・人間と話す事などない」
 「私達はコーヤと話している」
 「・・・・・」
(なんだと?)
 「私が持っている緋玉を使えば、互いの言葉が通じるようになるんだ。言葉の意味が頭に響くと言った方がいいかもしれないが。どう
する、紅蓮、お前はコーヤと話したいと思わないか?」
 「・・・・・」
(コーヤと?話せる・・・・・?)
 「お前が忌み嫌っている人間だが、話してみるとなかなか面白いけど」
 「・・・・・」
 「紅蓮」
 「・・・・・コーヤと話すことなど無いが、私の意志を示す事はしなければならない」
 江幻の言うようにコーヤと会話を楽しむという事をしようとは思わないが、自分の意思をはっきりと伝える事はしてもいいだろうと思う。
そして、コーヤをこのまま王宮に連れ帰るつもりだ。
 「用意をしろ、江幻」
言い放った紅蓮に、江幻は肩を竦めた様に見えた。



(はあ〜、なんか、危機一髪って感じ?俺ってついてるよなあ〜)
 昂也は渋々というようにケーナが用意してくれたスープを口にしながら、今回も何とか助かった自分の幸運を感じていた。
当初、この世界にやってきたばかりの時にグレンに押し倒されてしまった事はともかく(無しには出来ないが)、それ以降、何か困った
時には誰かの助けを貰った気がする。
(人間関係って大事だよ、うん)
 「コーヤ」
 あぐっと大きな肉の塊を口にした昂也は、コーゲンに声を掛けられて顔を向けた。
 「食事中悪いが、話していいかな?」
 『ん?』
コーゲンはテーブルの上の水晶を指しながら何か言っている。
(話したいことでもあるのかな?)
 『あ、じゃあ、順番は俺に決めさせて!』
 スオーの変なセクハラはもう嫌だと、昂也は先ず水晶の上にスオーの手を載せた。
次にコーゲンを・・・・・そう思っていたのだが、ここから全く動く気配のないグレンに視線を向け、この男ももしかしてとコーゲンを振り返
る。
 「グレン?」
 「ああ、グレンも一緒に」
 『やっぱりそういうことか?』
(仕方ないか、話が出来なくちゃ先に進まないし)
昂也はグレンの手をスオーの上に乗せ、その上にコーゲンの手を乗せて、最後に自分の手を乗せた。
 『よし、いーぞ!』



 「よし、いーぞ!」
 「・・・・・っ」
 コーヤの言葉がきちんと意味を伴って聞こえる。
さすがに驚いた紅蓮はじっとコーヤを見つめた。
 「さて、じゃあ、コーヤ、先ずは紅蓮に言いたいことは?」
 「言いたいこと?」
コーヤは不思議そうに蘇芳の言葉を繰り返した後、ちらっと紅蓮に視線を向けてきた。黒い瞳が真っ直ぐに自分に向けられ、紅蓮は
自分の感情が大きく揺さぶられたのを自覚する。
(・・・・・いや、言葉が通じた事に動揺しているだけだ)
 「ん〜、ごめんなさいは?」
 「・・・・・何?」
 「謝ってよ、俺、いきなり押し倒されたんだし、ほら、痕だって付いてるんだぞ、直ぐ治るだろうけど」
 そう言いながら片手で自分の服を捲くり、白い腹や胸を無頓着に見せてくる。そこには確かに先ほど紅蓮が爪で服を切り裂いた時
に付けてしまったうっすらとした一本の線のような傷がついていた。
 「・・・・・」
 「先ずは謝ってもらわなくちゃ」
 「・・・・・」
 「おい、紅蓮。お前も子供じゃないだろう」
 「・・・・・」
(お前に言われることはない・・・・・っ)
 笑いを含んだ口調で言う蘇芳には腹立たしいものを感じるし、何より次期竜王となる自分の寵愛を受ける事は名誉な事のはず
だ。しかし、じっと自分を見つめてくるコーヤの視線を感じていると、何も言わないという選択が出来ないような気分になった事も事実
だった。
 「・・・・・あのような場所ですべき事ではなかった」
 それでも、素直に謝るということなど到底出来ない紅蓮が辛うじてそう言うと、コーヤはへへっと笑って言った。
 「まあ、いっか。プライド高そうなあんたなら、その言葉が精一杯だろうし」
 「・・・・・」
言葉の意味は分からなかったが、コーヤが自分に向かって笑顔を見せてくれた事は紅蓮にとっても思い掛けないことだった。



 一応の自分の気が済んだ昂也は、コーゲンを振り返って言った。
 『俺はこれでいいよ。で、話って?』
 『ああ、ここからはスオーが。スオー、途中になっていた話を』
 『・・・・・別に言わなくてもいいんだけどな。未来は変わるものだって今も分かったし。・・・・・でも、この先邪魔をされない為にも自覚
してもらっていた方がいいか』
 『?』
スオーの言い回しに首を傾げた昂也に向かって、スオーは覚えているかと切り出した。
 『お前に5匹の守り竜がつくってこと』
 『あ〜、うん、覚えてる。青嵐と、コーゲンと・・・・・あんた』
 『なんだかトゲを感じる言い方だがな。そう、そのことで、後2匹の竜の事だが』
 『おい、その守り竜というのは何のことだ?』
 当たり前だが、今急に話を聞いたグレンは意味が分からないのだろう。昂也は説明してやればいいのにと思ったが、スオーはどうやら
グレンに対してかなり意地悪な感じだった。
 『ん?お前が嫌いな人間に、竜が守りに付くってこと』
 『何っ?』
 『おい、スオー。そこは説明してやらないと分からないんじゃないか』
 『・・・・・こいつも入っていなきゃ、このまま何も話さなくてもいいんだけどな』
スオーの言い方が昂也は引っ掛かった。関係ないなら説明も必要ないのに、気が進まないまでも説明はしなければならない。遠回し
な言い方のようだが、この意味はもしかしたら・・・・・昂也は確かめる為にもスオーに言った。
 『ね、スオー、じゃあ、もしかして、5匹の竜の、後の2匹って・・・・・』
 『そ。残念だけど、残りの2匹のうちの一匹はこいつ・・・・・グレンだ』