竜の王様
第二章 二つめの赤い眼
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※ここでの『』の言葉は日本語です
(うわっ、嘘だろ〜?って、いうか、こいつが俺の味方なんて到底ありえないって!)
明らかに昂也に対して好意的でない思いを抱いているはずのグレンが自分を守ってくれるなどとても考えられない。それは昂也だけ
ではなく、ここにいる他の男達も想像出来るはずだ。
(守り竜だろ?いや、守りじゃなくて魔盛り竜・・・・・あー、やな想像しちゃったじゃん)
今にも大声でそう叫びたかった昂也だが、さすがにグレン本人の前で言うのは悪いかと思い、ちらっと視線だけをグレンに向けてみた。
相変わらず偉そうな雰囲気を醸し出しているグレンだが、眉を顰めた表情はしているものの、言うだろうなと思っていた拒絶の言葉は
出てこなかった。
あれっと昂也は首を傾げたが、直ぐにああと思い浮かぶ。今の自分達の会話は事情を知らない者が聞いても分からないだろう。
昂也は人事のような顔をしているスオーに向かって言った。
『スオー、説明してやったら?』
『俺が?どうして?こいつから頭を下げて頼んでくればともかく、無駄なことはしたくないな』
『なんだよ、大人だろ〜』
『大人でも、嫌なものはイ・ヤ・ダ』
見掛けは医者や弁護士にも見えそうなクールな雰囲気のスオーが、子供っぽい口調でそう言うのは妙におかしかった。
ただ、じゃあ仕方ないかと言うには、グレンの立場は微妙な気がする。
(今更あっち行っててって言えないしな)
『・・・・・』
ここはコーゲンしかいないと視線を向けた昂也は、出来るだけ満面の笑顔を作って言った。
『お願い、コーゲン♪』
(可愛らしい顔でおねだり(強要)か)
蘇芳が紅蓮に対して手厳しいことを知っている江幻もある程度この展開は予想がついたが、直ぐに返ってくるであろう紅蓮の反応を
考えればうんざりもする。
それでも、このままでは話が一向に進まないのも確かなので、江幻は仕方なくその役目を引き受けることにした。
「紅蓮、蘇芳がコーヤの未来を視た時、そこにはコーヤを守る5匹の竜がいたらしい。もちろん、その名の通りコーヤを守る竜だ。それ
はあの金の竜である青嵐と、私と蘇芳の3人。そして、残った2匹の竜のうちの一匹がお前・・・・・そういうことだろ、蘇芳」
「ああ」
「私が、人間を守る竜と?」
「そうだ」
「馬鹿なっ。誇り高い竜人界の次期王となるべき私が、人間を仕えさせるのならばともかく、自らが人間に仕えるなど有りえん」
怒鳴りはしないものの、紅蓮はきっぱりとそう言った。
確かに諸事情を考えれば紅蓮がコーヤを守るなど考えられないし、江幻自身、紅蓮がいなくてもと思わないでもない。
それでも、蘇芳の占術は無視出来ないほど的中率が高いことも事実で、何より蒼玉を探すという前提の中で5匹の竜が視えたらし
いのだ。
(結局はお前の為になると思うんだがね)
「紅蓮」
「ね、コーゲン」
更に言葉を継ごうとした江幻に、いきなりコーヤが話し掛けて来た。
「スオーの占いって、本当に当たるわけ?」
本人を前に見も蓋もない言い方だが、言われた当人である蘇芳は苦笑を浮かべたまま何も言わない。
ここは自分が答えるべきかと、江幻は返事を待つコーヤに向き直った。
「蘇芳の口癖は、変わらない未来は無い・・・・・そうだろう?」
「そう」
「ふ〜ん」
頷く蘇芳を見て、更にコーヤは続けた。
「じゃあ、スオーが視た俺を守ってくれる5匹の竜っていうのも、もしかしたら4匹になるかも知れないし、グレンじゃなくなるかもしれな
いってことだよな?それなら、別に無理矢理仲間にしなくってもいいんじゃない?なあ、グレン」
「・・・・・」
「・・・・・」
江幻は少し顔を逸らした。笑っている自分を見たら紅蓮の気が損なうことが分かっているからだ。
(王子である紅蓮にこんな口をきく者が現れるなんてな)
通常、絶対的な存在である王族に対して敬意を示さない者は不敬罪として処罰される。
処罰を怖がらずに面と向かって紅蓮に同等の口をきくのは自分や蘇芳、そしてごく限られた者達だけのはずだ。それは少しでも王宮
にいたらしいコーヤも肌で感じていたと思うが、どうやらコーヤには紅蓮の威圧感は通じないようだ。
「・・・・・」
自分から切り捨てたはずなのに相手からも拒絶をされ、紅蓮の眉間の皺がますます深くなっていくのを江幻は見ていた。
「別に無理矢理仲間にしなくってもいいんじゃない?なあ、グレン」
「・・・・・」
(お前にそんなことを言われる理由など無い・・・・・っ)
自分の中の燃えるような怒りが何に向けられているのか、紅蓮は自分自身さえも分からなかった。
人間に仕えるなどもっての外だが、いらないと切り捨てられるのも我慢がならない。他の者が聞けば矛盾した思いだろうが、紅蓮の中
では同等の重さで存在していた。
「おいって、どう思うんだ?」
「・・・・・」
「グレン」
「・・・・・紅蓮様、だ」
「は?」
「人間ごときに私の名を気安く呼ばせるわけにはいかぬ。私の名を呼ぶのならば、それなりの敬意を払え」
紅蓮はじっとコーヤを見て言い放った。何も間違ったことではない、この竜人界では当然のことだった。
しかし。
「だって、俺コーゲンもスオーも呼び捨てにしちゃってるし。・・・・・あ、間を取ってグレンさんっていうのはどう?」
「なに?」
「変?」
「・・・・・」
(こいつは・・・・・馬鹿か?)
緋玉を使って言葉が通じるようになったはずなのに、自分とコーヤの意思はまるで通じていない気がした。
「グレン、さん?」
それでも・・・・・首を傾げて自分を見るコーヤの姿には、自分に対する憎しみや恐れの感情は見当たらない。強引に身体を引き裂
いたというのに、それに対しての非難さえ向けてこない。
それがなぜか・・・・・紅蓮はコーヤから顔を逸らした。
(あ、失礼な奴)
話し掛けている自分に全く応えず、更に顔を逸らすという態度を取るグレンに思うことはあるものの、昂也は自分の方が大人にな
ればいいと何とか気持ちを治めた。
それに、考えればグレンが自分を無視してくれていた方が色々やりやすいような気がしてくる。
(シオンやソージュには会いたいし、あの時生まれた赤ちゃん達も気になるし)
優しくしてくれた彼らには会ってちゃんと礼を言いたかった。それにはあの王宮の中には邪魔者(コクヨー)がいる。
『もう、俺が気に入らないならそれでもいいけど、シオン達と会うのは邪魔しないでよ』
『・・・・・紫苑?お前、紫苑に会うのか』
『親切にしてもらったからお礼が言いたいんだよ。ソージュやアサヒにも』
『・・・・・なぜお前が私の側近に・・・・・』
『そんなの関係ないだろ。俺が会いたいのはあの人達なんだから、グレン・・・・・さんの視界には入らないようにするって』
(グレンさんって言い難いな)
気持ちがこもっていないから取ってつけたような感じがするのかもしれないと、昂也は妙に納得してしまった。
だが、そんな昂也に紅蓮は更に言ってくる。
『私の部下に勝手に会うな』
『そんなの横暴!会うぐらい自由じゃん!』
『煩い』
『あーっ、そんな言葉でまとめようとしてる!ボキャブラリー貧困!』
全く噛み合っていないコーヤと紅蓮の会話を聞きながら、蘇芳は紅蓮の表情が何時もと僅かながら違うことに気付いた。
どこが違うのか・・・・・じっと見ていると、ようやくその原因が分かる。
(表情があるのか)
それは紅蓮にとってかなり大きな変化といってもいいだろう。
次期竜王としての矜持も自覚もある紅蓮は、感情のままに政務を執り行わないように常日頃から感情を表に出さないようにしてい
て、それは本人の性格も十分関係あるだろうし、整った容貌も相まって、傍目から見ればまるで作り物と思えるほどに表情の変化は
無かった。
蘇芳が江幻を見ると、江幻もこちらを見る。
お互いの目が笑っていることが分かる。
(江幻も気付いているのか)
もしかすれば、紅蓮にとってコーヤという存在は大きな変化を呼ぶものかもしれない。竜人界に人間が来ること・・・・・それ自体とて
も大きな出来事なのだ。
(でも・・・・・)
蘇芳はコーヤを気に入っている。側に置いておいて楽しい玩具として、心を揺さぶられる気の持ち主として。
初めから人間を嫌っている紅蓮などに、この逸材を渡してやるもんかと思っていた。それには今目の前のようなやり取りも含まれる。案
外自分は心が狭いようだ。
「コーヤ、そろそろ話を進めていいか?」
「え?」
「残りの竜と、蒼玉の在り処の見当・・・・・聞きたくないか?」
「聞きたい!」
コーヤは直ぐに蘇芳の言葉に飛びついて、紅蓮との会話を一方的に断ち切ると身体ごと蘇芳の方を向き直る。
「玉の場所、分からないって言ってたよな?」
「在り処は分からん。だが、その手掛かりは視えている」
「ホントっ?」
「俺は嘘は言わない。特に、可愛い子にはな」
そう言って笑った蘇芳は直ぐにコーヤの反論に遭ったが、それさえも蘇芳には楽しく、こちらを見ている紅蓮に向かって唇の端をあげて
見せ付けるように笑った。
(勿体無くてやれないね、紅蓮)
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