竜の王様
第二章 二つめの赤い眼
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※ここでの『』の言葉は日本語です
スオーの言うことが正しいのかどうか、昂也はまだはっきりとは言えないが、縋るものは今のところこの男の言葉しかない。
言動には多々問題はあるけどと思いながらも、昂也は期待をこめた目でスオーを見つめた。
『残りの竜は俺は会ったことが無い。多分江幻もな・・・・・紅蓮、こいつは分からないが』
『紅蓮は知ってる人なんだ?』
『知っている・・・・・いや、単に顔を見たことがあるって感じかもしれないな。紅蓮からそいつの気は感じられない』
『顔を知ってるだけの知り合い・・・・・』
(俺から見た学校の3年とか1年って存在か?部活の仲間だったらもう少し知ってるしな)
自分の立場に置き換えて考えた昂也はチラッとグレンの横顔を見上げた。
(あれ?)
きっと先ほどまでのように別の方向を向いているだろうと思っていたが、意外にもグレンは昂也の方を向いていて、昂也と目が合うと片
眉を上げてみせる。
(なんだあ?)
まるで昂也の方がグレンをじっと見ていて、何の用なんだとグレンが言っている様な・・・・・なんだか少し面白くないと思った。
(見てたのはそっちのほーじゃん、バーカ)
ベーっとグレンに向かって舌を出して、昂也はプンッと顔を逸らした。
(私が知っている者が5番目の竜だと?)
紅蓮はコーヤの横顔を見つめた。
自分自身がコーヤを、人間を守る竜だとはとても思わないが、更に自分の周りにもコーヤを助けようとする者がいるのかと思うと怒りよ
りも呆れが大きかった。
江幻や蘇芳のように、元々王族に対して負の感情を持っているような者達や、角持ちの赤子のようにまだ何も知らない者が人間に
協力する事はありえるかもしれないが、自分と後もう1匹の竜は違うと思う。王族である自分が親しいといわないまでも顔見知りなら
ば、紅蓮の人間に対する感情をよく知っているはずだ。
(こんな人間など・・・・・)
そう思いながらコーヤを見ていると、不意にコーヤがこちらを向いた。
反射的に紅蓮は眉を潜めてしまい、その様子を見たコーヤは目を丸くしたり頬を膨らませたりと忙しく表情を動かしていたが、最後に
はまるで見せ付けるように紅蓮に向かって舌を突き出して見せた。
(・・・・・なんだ、あれは)
今まで一度もされたことがない行為だが、どう考えても好意的には思えない。
(次期竜王に向かって何を・・・・・っ)
「おい」
その時、少し不機嫌そうに蘇芳が口を挟んできた。
「何2人で見詰め合ってるわけ?」
「・・・・・」
(何を言っているのだ、こいつは)
どこをどう見れば、自分とコーヤがそう見えるのだろう。
「・・・・・私から見るはずはない」
「おい、紅蓮」
「それよりも、早く蒼玉の在り処を言え。お前も竜人ならば、翡翠の玉の大切さを知っているであろう」
蘇芳が口を挟んできたからというわけではないが、紅蓮は意識をコーヤから蒼玉の在り処へと向けた。今は一刻でも早く、せめて片
方の玉だけでも見つけなければならないのだ。
「・・・・・知ったこっちゃないな」
「・・・・・」
「俺にとったら、翡翠の玉なんか無くても構わないし」
「蘇芳、貴様・・・・・」
「蘇芳、それぐらいにしろ。コーヤも珪那も疲れているんだ、さっさと話をして終わらせた方がいいだろう」
紅蓮と蘇芳両方を諌めるように言った江幻に怒りの矛先を折られた様な形になり、紅蓮はふんっと鼻を鳴らすようにして口を噤んだ。
緋玉に手を触れ、一応の意思の疎通が図れる自分達とは違い、部屋の隅で所在無げに立っている珪那は不安そうな顔をしてい
る。
珪那からすればコーヤの言葉は分からなくても、江幻達の言葉は普通に聞こえるので、剣呑な雰囲気は当然感じているだろう。
一般の竜人として、珪那は次期竜王の王子である紅蓮を敬愛しているだろうが、一方で自分の医術の師としての江幻も慕ってくれ
ている。
珪那の立場からすればどちらにも付けなくて、どうしたらいいのか分からないのだろう。
(その上、コーヤの言葉が分かったとしたら・・・・・大変だな)
不敬罪だと騒ぎ立てる珪那の様子がはっきりと頭の中に浮かんで笑いが零れそうになるが、さすがにこの場では不謹慎だろうと江
幻は蘇芳に話の先を促した。
そこは蘇芳も大人で、直ぐに表情には余裕を浮かべると、それでも紅蓮には背を向けてコーヤの方だけに話しかける様に椅子に座り
直した。
「蒼玉は南、多分・・・・・水の中」
「水?」
「そう。いくら玉自体の気は感じ取れなくても、あれほどの力を持った玉が回りにあれば大地の気が揺れ動くはずだ。その気の揺れ
が全く視えないということは、多分気を遮る事が出来る場所だということになる」
「水・・・・・海ってあるのか?」
コーヤが江幻に問い掛けてきた。
「海というのは、苦い味のする水がある広い場所の事だろう?この竜人界にも同じ様なものはあるな」
「じゃあ、海なんかに落ちてたら見た目わかんないんじゃないのか?」
「バ~カ」
「バ、バカァ?」
「いくら玉自体の力を感じず、姿が見えないとしてもな、必ず玉は見つける事が出来るんだ」
あまりにもきっぱり言う蘇芳に、コーヤは不思議そうに首を傾げて見せた。
「なんでそう言い切れるんだよ?」
「勘」
「はあ?」
「占術師としての、俺の勘」
「それこそ馬鹿だろう!!」
真剣に聞いて損したと喚くコーヤに、誰が馬鹿だと言い返している蘇芳は先ほどの紅蓮との会話とは正反対に楽しそうだ。明らかに
楽しんでいるのが分かる蘇芳に、江幻は溜め息をついてしまった。
(あからさま過ぎるんじゃないか、蘇芳)
「分かった」
蘇芳の言葉を聞いた紅蓮は緋玉から手を離した。
ここまで情報が得られれば、これ以上不愉快な思いを抱いたまま手を重ねている必要もないだろう。
立ち上がった自分に視線を向けてくる一同に向かい、紅蓮は言い放った。
「今の話は一応情報として受け取ろう。まあ、蘇芳の占術がどこまで信憑性があるかは分からんが」
「どーも」
初めから紅蓮の言葉は予想していたのか、蘇芳は特に文句は言ってこない。
その反応が返って苛立ちを生ませるものの、紅蓮はこれ以上話す事も無駄だというように続けた。
「コーヤはこのまま王宮へと連行する」
「紅蓮」
「元々この人間は、碧香が人間界に行ったと引き換えに竜人界にやってきたものだ。碧香が無事戻ってくるまで私が監視をしてお
らねばならん」
このままコーヤをこの2人に任せていたら、ますます自分への態度を悪化させるのは間違いはなく、そんな悪影響からは一刻も早く隔
離しなければならないと思った。
「行くぞ」
手を伸ばした紅蓮がコーヤの腕を掴もうとした時、それを遮ったのは・・・・・江幻と蘇芳、2人同時だった。
江幻は座っているコーヤの腰を軽々と抱き上げ、蘇芳はそんな2人の前に立ちふさがる。
「・・・・・何のつもりだ」
「こいつはこっちのもん」
「私に逆らうのか?」
「いくらコーヤが弟王子の身代わりとしてこの世界に来たとしても、お前が保護していなければならないということもないだろう?大
体、お前は人間が嫌いなんだ、コーヤの世話は俺達に任せておけばいい」
確かに、蘇芳の言う通りだ。側に置いていても苛立つだけならば、いっそ誰かに死なない程度に見張ってもらっていた方が楽な事は
分かっている。本来の自分ならそうするだろうが、このコーヤは既に自分の所有物になっているのだ。
(他人が手を触れるのは我慢がならぬ)
「・・・・・これは、私のものだと言ったであろう」
「紅蓮、お前は何でもかんでも・・・・・」
全く主張を曲げない紅蓮に、蘇芳が溜め息をつきながら諌めてこようとする。
その前にと、紅蓮はその正当な理由を述べた。
「既に、その者の身体は我が物にしている」
「・・・・・っ」
「何?」
蘇芳だけではなく、江幻の気も揺れた。
「どういう意味だ」
「分からぬか?コーヤが竜人界に参って直ぐ、その身体を組み敷き、最奥に私の精を注ぎ込んだ。本来ならば王子手付きの側女
として、私の世話をしなければならぬ立場の・・・・・!」
「紅蓮!」
熱い光の玉のようなものが紅蓮に向かって放たれた。
とっさに防御をした紅蓮だが、間髪を入れずに今度は左腕に衝撃を感じる。
江幻と蘇芳、2人掛かりの攻撃に、卑怯だと思う気持ちは無かった。
「・・・・・っ」
さすがに二発目は綺麗に避けきれなかったのか、左腕には鈍い痛みがあった。軽い打ち身と火傷くらいだろうが、これも江幻の本気
の力でないことは分かっていた。
江幻が本気の攻撃を仕掛けてくればこんな軽い傷では済まなかったであろうし、紅蓮が更なる反撃をしたら、この小屋など瓦礫と化
してしまうだろう。
「・・・・・っ」
それをしなかったのは、一連の出来事に目を丸くしているコーヤがそこにいるからだなどと・・・・・紅蓮は絶対に認めない。
(単に、無駄な力を使いたくなかっただけだ)
「お前・・・・・本当にクズだな、紅蓮。こんな子供を犯すなんて・・・・・そこまでとは思わなかった」
「私の元に落ちてきたものだ。私が好きにして何が悪い」
そのことで、自分の心の中に僅かながらもわだかまりがあることなど、紅蓮は絶対に認めたくなかった。
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