竜の王様




第二章 
二つめの赤い眼



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※ここでの『』の言葉は竜人語です





 碧香と男が驚いたように自分を見ているが、龍巳は自分ではそれがなぜなのか全く分からなかった。
ただ、身体の中から熱いほどの気が湧き上がってきていて、今までにないほどの充実感を感じている事は確かだった。
(何だろ・・・・・これは・・・・・)
毎日自分がやっていた気を集中させる練習。それと今では、場所が違う以外何の変化も無いはずだった。
・・・・・いや。
(こいつが、いる)
 明らかに人間ではない気と容姿の男。この竜人と思われる男と対峙して、自分の気が怖いほどに高まったのだ。それは、竜人の存
在に反応してか、それとももっと別の意味があるのか・・・・・。
 「・・・・・碧香」
 龍巳は碧香を振り向いた。
 「俺・・・・・変か?」
この気持ちの変化に連動するように、外見にも変化が現れているのではないだろうか・・・・・。そう思った龍巳は視線を碧香に向け
た。
目の前の男が視界から外れてしまうが、それに恐怖を感じる事はない。今の自分に、この男は敵だと感じるほどの力もない・・・・・そ
う思えた。
 「目、が・・・・・」
 「目?」
 「・・・・・赤いのです」
 「俺の目が、赤い?」
(別に、普通に見えているけど・・・・・)
 視界に変化は無い。いや、むしろ今まで集中しなければ見えなかった相手の気が、驚くほどはっきりと見える違いがあるが。
龍巳としてはそれほどに大変な事だとは思えなかったが、碧香にとってはその目の色の変化こそが大変な事のようだった。
 「代々、竜王になるものは、生まれながらに赤い目を持っていました」
 「・・・・」
 「色合いや深みには違いはあれ、私の父も、そして兄も、それ以前の代々の竜王方も、皆赤い目をされていたのです」
 「竜王がって・・・・・でも、他にもいるんじゃないのか?赤い目をした奴」
 「・・・・・確かに、王族の中には、赤に似た目の色をした方もいらっしゃったそうです。でも、でも、東苑、あなたの今の目の色は赤に
似たものではなく、赤そのものの・・・・・竜王の色です」



 「兄様の目は綺麗な赤色なのに、どうして僕の目の色は違うの?」

 物心着いた頃、碧香は父である竜王にそう訊ねた。
大好きな父と兄が同じ赤い目をしているのに、自分だけが全く違う目の色をしてると悲しくなって仕方が無かったのだ。
そんな子供の理由の無い嘆きに、父は優しく言い聞かせてくれた。
 「碧香、赤い目というのは竜王になる資格のある者という意味だ。竜人の中には紅蓮以外にも赤みを帯びた目の色の者もいると
は思うが、その中でも濃い赤の目を持つ紅蓮は一番その可能性が強いという証なんだよ。碧香、竜王になるものの赤い目は、その
者の魂の輝きの色。そして、この先数多くの竜人達を守り、戦う、強い意志の色なんだ」

 父や兄の目の色に、そんなにも深い意味があるとは思わなかった。
そして、選ばれた兄を誇りに思い、自分はそんな兄を支えて竜人界を共に守っていこう・・・・・碧香はそう思っていた。
 強くて優しい父が亡くなり、本来ならば直ぐに翡翠の玉が認めるはずだった兄の竜王への就任が1年も延びてしまい、その空白の
時間を碧香も心配していたが・・・・・ようやく翡翠の玉は光り、兄が竜王だと認められた・・・・・そう、思っていた。
(でも、この人間界にも、遥か昔の竜人の血を引く、赤い目の持ち主がいた・・・・・!)
 その力が発揮されたのは碧香と知り合ったからかもしれないが、それにも何らかの意味があったのかもしれない。いや、紅玉が人間
界に持ち出されてしまったという事も・・・・・。
 「・・・・・香っ」
 「・・・・・」
(もしかして、兄様は竜王にはなれな・・・・・)
 「碧香!」
 「・・・・・っ!」
 強く肩を掴まれた碧香はハッと顔を上げた。
 「・・・・・東苑」
 「お前が今何を考えているのか分からないが、今大事なのは紅玉を見付ける事だろう?」
 「・・・・・」
 「やっと見付けた手掛かりだ、碧香、このチャンスを逃すな」
きっぱりと言い切った龍巳は、そのまま硬直したように動けないでいる男のもとへと歩み寄る。
体格は竜人の男の方が遥かに逞しく大柄だが、龍巳の醸し出す圧倒的な気の強さにどちらが優位なのかは一目瞭然だった。



 碧香が自分の目の色の事で混乱している事は分かったが、龍巳にとってはたかが目の色だ。
それよりも今は目の前にいる竜人を捕まえて、碧香が探している紅玉の在り処を追求する事が優先だった。
 「おい」
 碧香から男に視線を移した龍巳は、ゆっくりと男に歩み寄りながら言った。
 「紅玉の在り処を話してくれ」
 『・・・・・っち、近付くな!』
 「俺が何て言っているのか分かるだろう?」
 『お、お前は、本当に・・・・・人間なのかっ?』
男の目の中に浮かぶ恐怖が何の為なのか、龍巳は分からなかった。だが、とにかく早く男の持っている情報が欲しくて、龍巳は目の
前に迫った男の腕を掴む。
 『!』
 「言え」
(あ・・・・・言葉が分からないか)
 「碧香、通訳」
 「あ・・・・・」
 「玉の在り処を聞いてくれ」
 「あ、はい」
ようやく我に返ったらしい碧香が、慌てたように龍巳の側へと駆け寄ってきた。



 龍巳の側に立った碧香は、まだ激しく動揺している自分の気持ちを落ち着かせるように一度深呼吸をする。
そして、龍巳に腕を掴まれたまま、全く身動きも出来ないでいる竜人の前に立つと、青褪めた表情のまま・・・・・それでも毅然とした
態度で言った。
 『竜人界の第二王子として命ずる。知りうる限りの事を話しなさい』
 『あ、碧香様・・・・・』
 『紅玉はどこにあるのです』
 男は唇を噛み締めた。全てを拒絶しようとしているというよりも、どこまで話していいのか迷っている・・・・・碧香にはそう見えた。
(この者は竜人界が滅ぶのを望んではいない・・・・・?)
もしかすれば、叔父である聖樹に次期竜王となる紅蓮について、有ること無いこと吹き込まれ、その行く末を危ぶんでの行動だったの
ではないか・・・・・。碧香は、この男が竜人界の事を思ってくれている事を願って続ける。
 『意見があるのなら、きちんと表に立って言いなさい。兄は正当な意見にはきちんと耳を傾ける方です』
 『碧香様・・・・・』
 『・・・・・名は、何と?』
 『・・・・・黄恒(おうこう)、です』
 『黄恒』
 『碧香様に我が名を呼んで頂けるとは・・・・・』
 男・・・・・黄恒は碧香の足元に跪き、その靴に唇を当てた。深い忠誠の証のその行動に、碧香は黄恒が自分の気持ちを受け止
めてくれたと思った。
 『紅玉の今ある場所は私には知らされておりません。ただし、今回の事で大きな役割を持った御方が王宮におられる事は聞いてい
ます』
 『王宮に?』
碧香は眉を顰めた。聖樹のようにあからさまに王族に対しての恨みを抱いている者など、碧香には全く心当たりが無い。
(あ・・・・・っ、もしかしたら王宮の中にいるというその者が実際に行動に移した者なのだろうか・・・・・?)
 『それはいったい・・・・・』
 『それは・・・・・ぐあああっ?』
 『なっ?』
いきなり、男は青白い炎に包まれた。



 「!」
 碧香と男が何を話しているのか分からなかったが、男が碧香の言葉に真摯に反応しているのは分かった。
(このまま碧香に何か話してくれたらいいんだが・・・・・)
そう思った時、いきなり目の前の男の身体が青白い炎に包まれた。いや、それは炎ではなく青白い光のようだったが、眩しいほどのそ
の光はたちまち男の身体を包み、男は崩れるように地面に膝を着いてしまった。
 『ぐぅぁあああ!』
 『黄恒!』
 「おい!」
 とっさに男に手を伸ばそうとする碧香の腕を掴んで止めた龍巳は、自分が男の身体を抱き止める。
眩しいほどの青白い光。だが、不思議と熱いとも冷たいとも感じなかった。
(いったいこの光は・・・・・いやっ)
この光のことも気になるが、苦しそうに呻く男の事の方が気になり、龍巳は言葉が通じていない事も承知で男に叫びかけた。
 「おいっ!おい!しっかりしろ!」
 『くはっ、はあっ、はあっ』
 「俺の言葉が聞こえないかっ?何か言ってくれ!おい!」
 龍巳の腕の中で、男は激しい呼吸をしながら視線だけを向けてきた。何かを訴えかけるような眼差しに、龍巳はその口の動きを必
死で読み取ろうとする。
 「何が言いたいんだ!」
龍巳の言葉に応えるように、男の唇が微かに動く。
そして・・・・・。
 「あ・・・・・!」
今までよりも更に青白い光が強くなったかと思うと急激に腕の中の重みが無くなり・・・・・やがて龍巳の腕の中には干からびた抜け殻
のような身体だけが残っていた。
 「し・・・・・んだ?」