竜の王様
第二章 二つめの赤い眼
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※ここでの『』の言葉は日本語です
(怪しい・・・・・)
昂也は手を動かしている男の後ろ姿をじっと見ながら思っていた。
いい男にいい人はいない・・・・・などと、嫉妬めいたことを言うつもりは無かったが、それでも目の前の男は疑っても仕方が無いほどに
いい男だった。
元々、この国の男達は大柄のようだが、目の前の男もグレンと比べても遜色が無いほどに大きく、多分、身体も鍛えているように見
える。
(赤い髪に赤い目かあ。グレン以外にも赤い目の人・・・・・あ、人じゃなかったっけ、いや、そんなことはいいんだけど・・・・・)
染めるとか、コンタクトとか、そんなものが無いこの世界ではあれは天然の色なのだろう。日本で見れば目立つような色も、なぜかこ
の男にはよく似合うような気がした。
「江幻様っ、こいつの腕にいるのは角持ちの赤ん坊でした!」
凄い発見だというように興奮して言う少年の頭をクシャッと撫で、男は笑いながら頷いている。
先程の、初対面の衝撃は、かなり威力的ないい男だなと思ったのだが、少年に向ける笑顔は肉親のように優しい雰囲気だ。
(もしかして、いい奴だったり・・・・・して)
「へえ、角持ち?」
「それって、竜に変化出来るんですよねっ?どうしてこんな所にいるんでしょうかっ?」
「こんな所って、私が住んでいるんだよ、珪那」
「あ、す、すみませんっ」
男・・・・・コーゲンと、少年ケーナが何を話しているのかは分からないが、少年の視線がチラチラと自分の腕の中にいる子供に向けら
れているのは分かっていた。
思いっきり額の角は見られているので、今更隠しても仕方が無いのかもしれない。それどころか、言葉が話せない自分と、角持ちの
赤ん坊と・・・・・どう見ても怪しい2人組だろう。
(まずい・・・・・どうしよ、今更ここから逃げるなんて・・・・・)
「どうぞ」
どうしようかと昂也が迷っている最中に、振り返ったコーゲンが差し出してくれたのは、緑色の飲み物。緑茶のような濃い緑色だ。
『・・・・・』
(飲めるのか?これ・・・・・)
ちょっと、手が伸びそうに無い雰囲気であるし、何より今昂也が欲しているのは飲み物よりも食べ物だ。
「・・・・・」
『・・・・・』
「飲まないのかな?」
『・・・・・っ』
再び、ゾクッとするような甘い声に、昂也はプルッと震えてしまった。
(だ、だから、俺相手にそんな声出すなってーの!)
動揺する気持ちを誤魔化すようにカップに手を出そうとした昂也だったが、
グリュリュリュリュ
もう我慢出来ないというように盛大な腹の虫が鳴ってしまい、一瞬で顔を真っ赤にした昂也とは反対に、クッと笑みを漏らしたコーゲ
ンはおいでと目線で昂也を促した。
「おいで、神官の見習いさん」
『・・・・・』
自分を呼んでいるというのは分かるものの、立って付いて行っていいのかどうかは判断がつかない。
すると、迷っている昂也の気持ちに気付いているのか、コーゲンは立ち上がって奥に姿を消したかと思うと、再び戻ってきた時には手に
ほの赤い玉を持っていた。
『そ、それって、ソーギョクッ?』
探しているソウギョクがどんなものかは分からないが(写真があったら一発だったのだが)、水晶のような玉だというのはアオカから聞い
た。
もしかしてこれなのかと思わず叫んだ昂也は、自分が日本語を話していることに全く気付かない。
そんな昂也に笑みを向けたまま、コーゲンは昂也の手をいきなり掴むと、持っている玉の上に自分の手と重ねるように置いた。
『なっ、何するんだよ!』
『何もしないよ』
『何もしないって、現に・・・・・あれ?』
(会話・・・・・出来てる?)
昂也が話しているのは当然日本語で、そして、本来なら相手の言葉の意味は判らないはずなのに・・・・・今はきちんと日本語で意
味が聞き取れているのだ。
『ど、どうして?』
『この音は人間界の言葉?』
『あ、あんた・・・・・』
『ん?』
『魔法使い?』
『魔法?ははっ、これはこの水晶の力だ。私の力は少しだけしか関係ないよ』
そう言うと、コーゲンは目を細めて甘やかに笑った。
数日前に水晶に現れた姿。
黒髪に黒い目の、細いが多分・・・・・少年。彼が来るのだという水晶のお告げに、江幻は久しくなかった胸の高まりを感じていた。
波の無い、だからこそ平穏な生活が一変する・・・・・そんな予感が頭の中を過ぎったからだ。
そして、お告げ通りに、自分の目の前には少年が現れた。
黒髪で黒い瞳、そして、水晶に映った以上に華奢な体躯。
驚いたことにその腕には、水晶では分からなかった角持ちの赤ん坊が抱かれていた。
お告げというものは完璧なものではないのだと思うと、不安よりも面白さの方が増して、江幻は楽しくてたまらない。
何か面白いことが待っている・・・・・そう思えてならなかった。
男と手を重ねた状態でいるのが少し複雑な感じはするものの、それ以上に昂也は言葉が通じるというこの状態に驚いていた。
ただガラスのような丸い玉・・・・・多分水晶だろうとは思うが、それに手を触れただけで簡単に言葉が通じるとは思わなかったからだ。
『あ、あの、俺が人間って分かってるってこと?』
『言葉の響きから想像してね。君の耳には私の声が君の世界の言葉に聞こえているのかもしれないけれど、私の耳には君の言葉
は竜人界の言葉に聞こえているんだよ』
『ホントっ?すっげー!』
『スッゲ?変わった言葉だな』
『凄いとか、不思議とか、本当とか、全部込めた言葉なんだよ!・・・・・です』
昂也は思わず興奮して説明はしたものの、明らかに自分よりも年上の相手に対して慌てて敬語を使った。その取って付けたような
言い方が可笑しかったのか、コーゲンはまたくくっと笑う。
『・・・・・』
(・・・・・笑い上戸なのか?こいつ)
心の中では敬語無視で考えていた昂也に、コーゲンはチラッと視線を向けてきた。妙に、色っぽい笑みだった。
『名前は、コーヤ、だったね』
『う、うん、あ、はい』
『では、コーヤ、今から私は君に食事を提供しよう。宮廷料理とまではいかないが、空腹を満たすことは十分出来るだろう。その上
で、色々話を聞きたいんだが・・・・・いいかな?』
昂也にしてみれば、先ずは優先事項である食事を出されるのは何の問題も無かった。
直ぐに頷き掛けた昂也だったが、あっと思い直してコーゲンの顔を見上げる。
『一個だけ、教えて!この玉って、ソウギョクって奴っ?』
『・・・・・いや、これは緋玉(ひぎょく)。紅玉のもう一つの片割れだ』
『うわっ、これ、うま!何だよっ、肉あるじゃん!!』
パクパクと見るだけでお腹が一杯になりそうな勢いでサジを進める昂也を、ケーナは呆れたように、そしてコーゲンは再び笑いながら見
つめていた。
昂也の前に出されたのは、肉の串焼きに熱い豆のスープ。
ごくシンプルな味付けながら、あの大きな建物の中で食べていた物よりも遥かに豊かな味で、塩もはっきりと効いていた。
『これ、何の肉だろ?』
昂也は口の中でモグモグと肉を噛みながら、目の前にいるコーゲンに向かって何気なく聞いた。
『これ、何の肉?』
「?」
『あ、そっか、分からないんだっけ・・・・・面倒くさいなあ』
つい先程まで普通に会話をしていたので、昂也はコーゲンと言葉が通じないことをすっかり忘れていた。
キョロキョロと周りを見て、少し離れた木の台の上に先程の玉が置かれているのを見ると、頓着無く近付いてそれを手に取る。
「あっ」
ケーナは慌てたように声を上げたが、コーゲンがそっと手で押さえた。
そして、そのまま自分に近付いてくる昂也を見ると、全て分かっているかのように玉の上に手を置く。
『これ、何の肉?』
『・・・・・それが聞きたかったのかな?』
『うん。こっちに来て、まだまともな肉食ってなかったからさ。もしかしてグレンってビンボーなわけ?』
『ビンボーとは、どういうことかな?』
『えっと・・・・・お金が無いってことかな?肉も買うことが出来ないほど貧しいってことだよ』
『あのグレンが?皇太子で、次期竜王のグレンが、肉も食えないほどに貧しい?ハハッ、それは面白い!』
なぜ、コーゲンがいきなり笑い出したのか分からなくて、昂也は首を傾げてしまった。自分がそんなに可笑しいことを言ったのだろうかと
思ってしまうが、コーゲンの笑いはしばらく止まらず・・・・・やがて、ケーナを振り返ってあれをと言った。
『今食べたのは、これの肉だよ』
『こ、これ?』
ケーナが片手で持ってきたのは、耳の短い兎のような小動物・・・・・もちろんまだ生きている。
『・・・・・』
(こ、こんな・・・・・可愛いのに・・・・・)
大きな丸い目のその動物を見た昂也はさすがに一瞬口の中の肉が喉に詰まりそうになったが、それでも自分の空腹を満たしてくれる
この子に何か声を掛けなくてはと思い・・・・・。
『・・・・・残さず食べるからな』
思わずそう呟いた昂也の声をちゃんと聞き取っていたコーゲンは、更に腹を抱えて笑い続けている。
『・・・・・』
(やっぱり、笑い上戸だな、こいつ)
昂也は内心そう決定付けると、そのまま噛み締めるように肉を飲み込んだ。
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