竜の王様




第一章 
沈黙の王座



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※ここでの『』の言葉は日本語です






 碧香の無事が何とか分かると、紅蓮の意識は次の段階・・・・・竜人界のどこかに隠された蒼玉を探すということに向けられた。
ある程度の地位にあるものには翡翠の玉が持ち去られたということは話したので、おそらく王族の誰かが関係したはずの玉を持ち出し
た犯人もその事実を知るだろう。
まさか紅蓮が隠すことなくそのことを発表するとは思わなかったかもしれないが、これによって何かが・・・・・誰かが動くだろうと紅蓮は予
想していた。
 竜人界は狭くは無い。
しかし、足を踏み入れることも出来ないような場所も多く、反対に民の多い場所にも容易に玉は隠せないだろう。
広い範囲の中から小さな探し物をするには、先に可能性の選択をした方がいいと思った。
 「・・・・・」
 一通り自分の考えを4人の側近に話した紅蓮は、その視線を少し離れた場所に向けた。
そこには退屈そうに足をブラブラさせたコーヤが座っている。

 「大事な合議に人間など入れない方が」

黒蓉はそう言ったが、コーヤは目を離せばフラフラとどこに行くのかも分からない。
それに、言葉はまだほとんど分からないはずなので、どんな内密な話をしても漏れることは無いだろう。
 「・・・・・よい」
 「・・・・・紅蓮様」
 「・・・・・」
 「紫苑の言葉に毒されておられますか?」
 紅蓮の態度に納得がいかないのか、黒蓉はなかなか引き下がらなかった。
黒蓉の心配は十分分かるし、何より黒蓉に人間への負の感情を教え込んだのは紅蓮自身であった。
 「紅蓮様」
 だが、実際に目にする人間の少年は、ことごとく自分の想像とはかけ離れた行動をする。
それがいいのか悪いのかは置いておいて、紅蓮はただコーヤを排除すればいいという簡単な方法は取らないほうがいいのではないかと
思った。
 「よい」
 「・・・・・」
 「話を続けよう」
 コーヤに対してどういった態度を取ればいいのかまだ決めかねてはいるが、その前に玉探しは待ってはいられない。
紅蓮の厳しい視線を受けて、黒蓉はそれ以上何も言えなかった。
その姿を視界に入れながら紅蓮は続けた。
 「蒼玉の捜索は、出来れば私が信頼を置く者達に頼みたい。それはここにいるそなた達のことなのだが・・・・・異論は無いだろうか」
 「ございません」
 「ぜひっ」
 口々に同意してくれるのは、予想の範囲内だとしても紅蓮には嬉しかった。
 「ただし、国の要でもあるそなた達が一度に都を離れるわけには行かぬであろう?たとえ竜に変化して空を飛んでいったとしても、国
の端までには幾日は掛かってしまう」
ここにいる4人の側近達は、皆竜に変化することが出来る。
竜に変化して移動すれば、足では一週間歩かなければならない場所も1日あれば飛んで行けるが、それでも日帰り出来るような旅
路ではなかった。
 「先ずは北の谷。あの場所には昔王から追放された血族が生きながらえているという噂があるらしい。そこには浅緋、そなたが行って
はくれぬか」
 「はい」
 先陣を頼まれ、将軍である浅緋も誇らしげに頷く。
しかし、次の紅蓮の言葉にその笑みが強張った。
 「同行者に、蒼樹を連れて行くように」
 「ぐ・・・・・れん、様?」
 「北の谷にいるのは蒼樹の血縁だ。あれが真実私に忠誠を誓っているならば、躊躇わずに同行を同意するだろう」
 「・・・・・」
 「よいな?」
問い掛けている言葉にも関わらず、浅緋に拒絶することは叶わない。
 「・・・・・御意」
呻くように言う浅緋を、紅蓮は紅い目でじっと見つめていた。
その場が、沈黙に支配された時・・・・・。
 『あ〜!退屈過ぎ〜!!』
いきなり部屋の隅から聞こえてきた叫び声に、5人は反射的に視線を向けてしまった。



 この世界は本当に不思議だ・・・・・と、昂也は思っていた。
目に見えて分かることから言えば、先ず電気が無い。
次に、どうやら子供は卵から生まれてくるらしい。
食事は昂也も食べられそうなものが並ぶが、油たっぷりの肉類は少なく、育ち盛りとしてはいささか物足りないほどで。
そして・・・・・。
 『あ〜!退屈過ぎ〜!!』
 いきなり叫んだ昂也に、その場にいた男達は怪訝そうな視線を向けてくる。
それに気付いた昂也は思わず愛想笑いをしてから・・・・・溜め息を付いてしまった。
(だって、本当に退屈なんだよ〜)

 数日(昂也の感覚の中では一週間ほどだろうか)この世界にいた昂也は、退屈で退屈で仕方が無かった。
いや、当初は全くわけも分からない世界に放り投げ出された感じで、自分がいったいどうなるのか不安で仕方が無かったくらいだった
が、先日頭の中で声が聞こえた時から、その気持ちには多少の変化が見られるようになった。
 アオカという存在はどうやらこの不思議な世界の住人であるらしく、昂也の身体を使ってあの紅い目の男と話をしていた。
その内容までは分からないが、アオカの言葉は日本語のように分かる。
(あれから何度か頭の中で話し掛けてみたけど・・・・・)
まるで電話が切れているかのように、アオカの言葉は耳には届かなかった。
 そこで、本当ならば落ち込んでしまうのかもしれないが、昂也は可能性が広がったことでどんどん思考が広がっていった。
その中で、外に出てみたいという欲求が急速に広がったのだ。

 1人での移動は許してもらえなかったが、この建物の中ではある程度自由に動けた。
どこもまるで石のようなもので作った造りで、窓というものが全く無い。昂也はここに来てから、まだ一度も外に出ていないのだ。
(いい加減、どんなとこかちょっとでも見たいんだけどな)
1人が駄目ならばもちろんシオンが一緒でもいいし、シオンが忙しいのならばあのグレンでも構わない。会話も無いし、空気も冷たいだ
ろうが、それでも好奇心を満たす為ならば我慢出来るはずだ。
自分が外に出てはいけない理由が、昂也自身には全く分からない。
 「コーヤ」
 何かを要求していると思ったのか、シオンが側にやってきた。
他の8つの目も同時に動くが、昂也は構っていられなかった。
 『シオン、俺、外に出たいんだけど』
 「?」
 『外だよっ、そーと!』
シオンの手を取り、ドアの方向を指差すと、少し考えていたようなシオンはグレンを振り返った。
 「どうやら、ここから出たいようですが」
 「ここから?」
 「はい。そう言えば、コーヤは何時も色んな扉を開けていました。もしかすれば、外に出たいのではないでしょうか?」
 『シオン?』
何を話しているのかは分からないが、最近はジェスチャーや視線でかなり意志の疎通が出来てきたシオンは、もしかしたら自分の言っ
た意味を正確に・・・・・もしくは、大体でも分かってくれたのではないかと思った。
しかし、それはグレンの眉間に皴が寄ったのが見えて、あまり良くない事なのかもしれないと思う。
(なんだろ、シオン、上手く言ってくれなかったのかな・・・・・)



 「もしかすれば、外に出たいのではないでしょうか?」
 紫苑の言葉に紅蓮は眉を潜めたが、反対に直ぐに賛成の声を上げたのは意外にも黒蓉だった。
 「そうしてやればいいではないですか!」
 「黒蓉?」
 「本人が外に出たいのならばそれをお認めになられたらいかがでしょう?いや、いっそ、浅緋殿の供として、一緒に北の谷に行かせて
みてはどうですか?」
 「黒蓉殿っ、それは余りに無茶な!」
紫苑が慌てたように止めた。
 「そうだな、そこまでの道程だけでも人間には無理だ」
冷静な声で白鳴が続く。
 「そうだ、足手纏いになるだけだ」
実際に北の谷に向かう浅緋までがそう言うが、黒蓉は名案を思いついたかのように紅蓮に進言した。
 「あの者はただの人間ではありません。碧香様の御身と入れ替わるように現れた者です。何らかの力を持っていても不思議ではな
い」
 「・・・・・」
 「それに、本人が外界に出ることを望んでいるのならば、役に立ってもらった方がいいではありませんか」
 長い間、紅蓮の側にいた黒蓉は分かっていた。
ここで紅蓮がこの人間の身を心配して、黒蓉の言葉を却下することは絶対に無いはずだと。
(紅蓮様が人間に惑わされるはずが無い)
しかも、幾ら小奇麗な顔をしているとはいえ、相手はまだ子供で・・・・・男だ。
 「紅蓮様」
 「紅蓮様っ」
 黒蓉の言葉を打ち消そうとでもするかのように紫苑がその名を呼ぶが、紅蓮は一度目を閉じた後・・・・・再び目蓋を開くと、一切
感情のこもらない声で言った。
 「黒蓉の言う通りにしよう。早速準備を」
 「はっ」
(さすが、紅蓮様だ)