竜の王様
第一章 沈黙の王座
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※ここでの『』の言葉は日本語です
『な、何なんだよ、いったい〜』
昂也は全くわけも分からないまま、男に腕を掴まれて歩いていた。
何時も紅い目の男、グレンの側にいたこの男が、自分に対してあまり良い感情を持っていないことは肌で感じていた。
出来れば2人きりになどなりたくなかったのだが・・・・・硬い表情をして何か訴えていたシオンを振り切り、男はそのまま昂也をどこかへ
と連れて行く。
いったい何が目的なのだろうか、昂也は振り向かないまま歩く男に無駄だと思いながらも話し掛けた。
『あの、どこ行くんですか?』
「・・・・・」
『ちょっと!言葉が分かんなくても、一応何か返答くらいしてくれてもいいんじゃない?』
「・・・・・ごときが・・・・・」
『え?何?』
「紅蓮様のお目汚しになる人間など、北の谷で命を落とせばいい・・・・・っ」
『・・・・・なんかさあ、もしかして、怖いこと言ってる?』
グレンと、4人の男。
その中でも、グレンと今自分の腕を掴んでいる男からは、隠すつもりも無いような自分に対する悪意がヒシヒシと感じられる。
かといって、自分が彼らに何をしたかと考えれば・・・・・。
(俺の方がされたってーの!)
わけも分からないまま、同じ男に犯されたことは、さすがに昂也もショックだった。
ただ、これがこのわけの分からない世界の出来事だからこそ・・・・・まだ深刻に悩まなかっただけなのかもしれないが。
(文句言いたいのも泣きたいのも俺の方だって)
黒蓉がコーヤを連れて行ったのは、下働きの少年達の部屋だった。
「こ、黒蓉様っ?」
紅蓮直属といってもいい黒蓉がこんな場所まで来ることは滅多になく、部屋の中で休憩していた少年達は慌てて床に跪いて頭を下
げた。
「よい、顔を上げろ」
黒蓉は穏やかに言った。
同じ竜人、それもまだ歳若い少年達に対してはむやみに威嚇する必要などは無く、むしろ黒蓉は普段見せないような温かい眼差し
をしたまま言葉を続けた。
「この者の旅装束を調えて欲しい」
「・・・・・あ」
「人間・・・・・」
コーヤのことは既に王宮内の者達には知れ渡っているらしい。
ただ、今まで直接その姿を見るのは紫苑の部下である神官達や、食堂で働く者で、こうして噂の主を自分達の目で見るのは初めて
なのか、少年達は恐れと好奇心が交じり合ったような複雑な表情でコーヤを見ていた。
「北の谷に行くのだ、万全などでなくても良いが、必要最小限の装いはさせてやれ」
「は、はいっ」
「武器は・・・・・」
黒蓉はふと言葉を止めて、そのままコーヤの手を掴んだ。
『な、何?』
まだ小さく、柔らかな手だ。
この手では今まで戦った経験など皆無だと直ぐに分かる。
「剣は扱い慣れておらぬようだ。身を守る小剣でいいだろう」
「はい」
「準備が出来たら紅蓮様の執務室に連れて来てくれ。多分皆そこにいるだろう」
「紅蓮様、蒼樹様がいらしゃいました」
静かな声に、紅蓮は入室を許可した。
「入れ」
「失礼致します」
紅蓮の執務室の扉がゆっくりと開かれ、廊下に立っていた人影が中に入ってきた。
「お呼びでございますか、紅蓮様」
「急に呼び立てしたな、蒼樹」
「いいえ、私はあなた様の手足。何時いかなる時でも参上いたします」
「・・・・・」
紅蓮はじっと目の前の人物を見つめる。
(本当に・・・・・読めない男だな)
先王、つまり紅蓮と碧香の父親の妹の子である蒼樹は、外戚ながら王家と濃い血の繋がりがある者だった。それに付け込んだ当時
の反乱分子が蒼樹を時期王として担ぎ上げようとしたが、当の本人が権力欲が全く無く、かえってその反乱分子の情報を王に伝
え、その反乱は未遂に終わることが出来た。
その褒美・・・・・ではないだろうが、蒼樹が望んだのは軍に入ることだった。
見事な金の髪に蒼い瞳、そして、女にも見紛うほどの美貌の主である蒼樹は、反面幼い頃から剣術に長けた少年で、見掛けだけ
で侮っている者達を次々に地に倒していくほどの腕前だった。
今蒼樹が副将軍の地位にいるのも、けして形だけではないのだ。
「早速だが、翡翠の玉のことは知っておるな?」
「はい」
「それを探索する役目を、そなたに頼みたい」
「私に、ですか」
それまで全く表情に変化が無かった蒼樹が、僅かに驚いたような声音になって紅蓮を見つめてきた。
何時もはどんなに危険な場面でも、たとえ自分の身体が切られて血を流していたとしても、少しも動揺することなく無表情なままの
蒼樹がそんな顔をすることなど無く、その場に居合わせた黒蓉も、浅緋も、白鳴も、紫苑も、声には出さないものの皆驚いていた。
「よいな?」
「私に、そのような大役を与えて下さるのですか」
「そうだ」
「・・・・・必ず、玉を探し出してみせます」
その言葉に偽りは無い・・・・・紅蓮は分かっていた。
見掛けが見掛けだけに、皆蒼樹を表に担ぎ出そうとするが、蒼樹の本質は人の上に立つと言う押しの強いものではなく、誰かの為
に命を削るという方が正しいだろう。
父からその話を聞いていた紅蓮は、大切な蒼玉探しに蒼樹を担ぎ出すことに少しの不安も無かった。
「黒蓉様、人間の支度が整いましたが」
その時、外から恐々と中に声を掛けてくる者がいた。
「ああ、中に」
「は、はい」
下働きの少年は、中にいた顔ぶれに恐れをなしたかのように慌てて頭を下げると再び扉を向こうへと姿を消し、
『ちょ、ちょっと!さっきから何なんだよ!』
「お静かにっ、皆さんお待ちになられてますっ」
『だーかーらー!わけ分かんないんだって!』
時間を置くことも無く、いきなり空気が変わったかのように騒がしくなった。
一同の視線は、扉を開くなり途端に騒がしくなった入口に向けられた。
いきなり、自分と同じ歳位の男がいる部屋に連れて行かれ、
「お、お召しかえを」
『な、何、脱がすんだよ!』
明らかに怯えているのが分かる態度ながら強引に服を脱がされ時には本当にビックリした。
まさかあのグレンのように自分に変なことをするとはさすがに思わなかったが、身に纏う物が何もなくなってしまうと妙に心細くなって仕
方が無かった。
しかし、昂也の途惑いは全く無視されたまま、次はどんどん新たな服を着せられた。
頭からすっぽりと被された上着は膝よりも長く、腰を絞る皮のベルトの横には30センチほどの長さの鞘が予め付けられていた。
ズボンも足にピッタリとしたサイズの皮で作ったものの様で、靴もブーツのように膝までありそうな頑丈な作りだ。
『あ、あのさあ、これって、俺、どっか出掛けるわけ?』
何を訊ねても答えてくれない相手に諦め、昂也は改めてどんどん着せられていく服に視線を移す。
自分が普段着ている物のように、ボタンやファスナーなど一切使ってはおらず、紐と素材の伸縮性だけで作られている服は意外と着
やすくて・・・・・。
(結構、カッコいいんだけど)
まるでヒーロー物の中の戦いに赴くヒーローのようになかなかカッコいい服に気分も良くなった昂也だったが、ふと腰の鞘に手をやって
意外と重いことに気付いた。
(え?これって・・・・・)
恐る恐るそれを抜いてみると・・・・・どう見ても偽物には見えない輝く剣が現れる。
『うわあ!』
「ど、どうされましたか?」
昂也の驚きに自分達も驚いたらしい少年達が慌てたように訊ねるが、本物の剣を持たされてしまった昂也は小さなパニックに陥っ
てしまって、ジェスチャーで話し掛ける事も頭の中から抜け落ちてしまっていた。
『こ、怖いって!これ、いらない!』
「あっ、それは守り刀ですから放り投げないで下さい!」
『持ってくるなよ!』
「逃げないで下さいっ」
初めは昂也の事を恐れて黒蓉に頼まれた少年以外は近付いてこなかった大部分の少年達も、ギャーギャー騒ぎながら部屋の中を
駆け回る昂也の姿を見るうちに自然と頬に笑みが浮かんでいる。
「あれが、人間?」
「全然怖くないよな?」
「うん」
「僕達より子供みたい」
『だから、それいらないって!』
昂也としてはただ本物の剣など怖くて触りたくないので逃げ回っているだけだったが、何時の間にか《人間は恐れるような化け物》
という竜人界の常識を打ち破る切っ掛けを知らずにつくっていたようだった。
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