竜の王様
第一章 沈黙の王座
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※ここでの『』の言葉は日本語です
『ちょ、ちょっときゅうけー・・・・・』
もう一歩も歩けなくなった昂也が情けない声を上げるが、前を行く2人の足は止まる事はない。
『ねえっ、ねえってば!俺、疲れちゃったんですけどー!』
(くっそー!本当は言葉分かってんじゃないのか〜)
昂也は半泣きになりながらも、かなり先を行ってしまった2人の背中をよろよろと追いかけ始めた。
『な、なんでいきなり山登り?』
時間にすれば、まだ一時間も経っていないのかもしれない。
普段の自分ならば、何時も龍巳の家の山を駆け回って遊んでいたので体力には自信があるはずだったが、この2人に比べれば幼稚
園児ほどの力もないかもしれないとさえ思った。
『山歩きなんて聞いてないって〜』
起伏の激しい舗装されていない道を歩きながら、昂也は何度も心の中で溜め息をついてしまった。
(電動自転車が欲しい〜!)
なぜだか分からないまま着替えさせられて、昂也が対面させられたのはとても綺麗な男だった。
テレビで見るどんな女優に比べても綺麗な容貌だったが、とても女々しいといった雰囲気ではなく、切れ長の目を真っ直ぐに昂也に
向けたまま、その男は静かに口を開いた。
「この者は?」
「コーヤ・・・・・人間だ」
「人間?」
『・・・・・』
(あ、顔顰めた)
グレンの口から自分の名前が聞こえたので、多分昂也の事を説明しているのだろうが、その表情が険しくなったところを見るとあまりい
い説明ではなかったように思う。
だが、それも今更かとも思ったので、大人しくグレンの説明が終わるのを待っていたが・・・・・。
「・・・・・」
予め話をしてあったのか、話が終わるのは昂也の予想以上に早かった。
その綺麗な顔の男はグレンに一礼すると、ゆっくりと昂也を振り返る。
「言葉が分からぬらしいが・・・・・私の名は蒼樹。邪魔さえせぬのなら存在を許容する」
『・・・・・』
(・・・・・見下されていたり・・・・・して)
面白い・・・・・わけは無い。
しかし、こんなヘンテコな世界に来てしまってから、割り切らねばならないこともあるのだと痛いほど実感している昂也は、男の視線の
意味はあまり考えない方がいいだろうと思っていた。
とにかく、自分が今着替えさせられた服装から考えて、どうやら外に出してはもらえるのだろう。
そして、その外出には、どうやら目の前の男が関係がありそうだ。
(でも・・・・・まさか、初対面の相手と2人きりになんかさせないよ・・・・・な?)
「・・・・・」
昂也はチラッとグレンの横顔を見詰めた。
「では、必ずや良い結果を持ち帰ります」
「・・・・・頼む」
素早く旅支度を整えた浅緋と蒼樹は、わざわざ王宮の正門まで見送りに出てきた紅蓮に膝を折って礼をした。
北の谷に行くのは徒歩はもちろん、馬でもとても無理だ。それならば、どういう方法で行くか。
それは、この王宮の裏側に当たる場所にある小高い森の頂上から、竜に変化して向かうのだ。
浅緋も蒼樹も、変化する十分な力は持っているので心配はしないが、今回はそこに人間であるコーヤも同行するので、2人が同時
に変化することは出来ないだろう。片方が竜になり、もう片方がコーヤと共にその背に乗るしかない。
「浅緋、私はお前達の命も大切に思っている。蒼玉を探し出すのも大事なことだが、命の危険があるような場合はまずは引いて考
えるが良い」
「は」
「あの者に関しては・・・・・死なない程度に面倒を見てやってくれ」
「分かりました」
まさかとは思うが、コーヤが傷付くと碧香も同じ様に・・・・・その可能性がないというのは言い切れない。
出来れば詳しい今の現状を碧香に直接聞きたいところだが、どうやったら碧香と連絡を取れるのかも分からない。
(少しでもこの人間の言葉が分かればいいのだが・・・・・)
そうすれば、碧香と連絡を取るようにと言えるだろうと思う。
しかし、言葉を覚えるべきは自分ではなく、人間の少年、コーヤの方だとも思うので、紅蓮はそれ以上考えることを止めてしまった。
「行こう、浅緋」
「はい」
将軍である浅緋に、立場的にはその下の蒼樹が主導権を握るというのも変な話だが、この2人にとってはこれが自然なのだろう。
浅緋は蒼樹に頷いてみせると、そのままコーヤの腕を掴んだ。
『な、何?どこに行くんだよ!』
いきなり腕を掴まれて、引っ張られて。コーヤは途惑ったような顔をして(多分)文句を言っている。
「黙ってついて来い」
『痛っ、痛いって!馬鹿力!』
「・・・・・」
余りにコーヤが煩いからか、浅緋は少し眉を顰めるとそのまま腰を掴んで身体を持ち上げる。
自分とふた周り以上も違いそうな身体は、浅緋にとっては重いという感じさえないのだろう。
「行くぞ」
『離せ!ちょっと!ねえっ、シエン!!』
助けを求めるように、コーヤが紫苑の名前を呼ぶのが面白くないと思う紅蓮だが、もちろんそんな様子を微塵も他の者に見せない。
そして・・・・・。
大声で騒いでいるコーヤを連れた浅緋と蒼樹の姿が森の中に入って見えなくなると、紅蓮は黙ったまま踵を返して王宮の中へと戻っ
ていった。
『し、死ぬ・・・・・』
(そりゃ、外に出たいとは思ったけど!それだってこんな山の中に行きたい訳じゃなくって、もっと他の、町とか人とか・・・・・あ、人間はい
なかったんだっけ?まあ、いいけど、とにかく、もっと賑やかな場所に行きたかったわけなんだけど!)
口に出して文句を言えばそれだけ疲れてしまうので、昂也は心の中でずっと文句を言っていた。
どうせならば、初めのようにあの大男が自分を担いでくれるのならばまだ楽チンなのに、建物が見えなくなった途端さっさと身体を下ろし
て自分を歩かせるとは、なかなか甘くない人物だ。
(それでも、あの綺麗な人には色々話しかけてるよな。なんか差別感じるんですけど!)
話の内容は分からないまでも、その言葉のトーンや眼差しは、相手を気遣っているものだということは良く分かる。
その気遣いの十分の・・・・・いや、百分の一でもいいから分けて欲しいくらいだ。
『ちょ、ちょっときゅうけー・・・・・』
もう一歩も歩けなくなった昂也が情けない声を上げるが、前を行く2人の足は止まる事はない。
『ねえっ、ねえってば!俺、疲れちゃったんですけどー!』
・・・・・返答は無い(あっても意味は分からないはずだ)。
はあ〜と溜め息をついた昂也は仕方なく歩き始めるが、ふと、頭の中に何かが響いたような気がした。
(あれ?)
『い、ま?』
(なんか、聞こえてる?)
《昂也!》
『え?誰っ?声?あ!もしかして、この間の声っ?えーっと、えっと・・・・・あ、あ・・・・・』
《碧香、です》
『そう!そうだよ!アオカ!俺、あんたと連絡取りたいって思ってたんだよ!すっげ!』
頭の中に響いてきたのは、アオカという少年の声だった。
今日で二回目なので、さすがに昂也は驚いて声も出ないということはなく、それに、どうしても今の状況を何とかして欲しいということも
あって、昂也は直ぐにアオカに自分の身体を明け渡すことを了承した。
『え、え〜っと、待って!ちょっとお!』
昂也は今まで感じていた疲れも忘れたかのように2人の元に駆け寄った。
とにかくこの2人とアオカが話してくれなければどうしようもないのだ。
『待って!』
昂也の手が、大柄な男の腕を掴んだ。
怪訝そうな男の顔に、話したいのは俺じゃないってと内心言い訳をした時、
【私の声が、聞こえますか?】
ゆっくりと、自分の意思ではなく自分の口が動いた。もちろん、意味も発音も全く分からない言葉だ。
しかし、
「碧香様っ?」
2人の男達は驚いたように目を見張り、
【浅緋?浅緋がそこにいるのですか?】
「そうですっ、私です!」
大柄な男の方が、昂也の肩を強く掴んで言った。
【では、もう1人そこにいるのは・・・・・】
「碧香様、蒼樹でございます」
『!』
(え?あ?どういうこと?)
綺麗な男が、いきなり自分の前で膝を着いた。
見るからにプライドが高そうな男が膝を折る。それが自分に対してではないということは十分分かるので、彼がこういう態度を取っている
のは昂也が口を貸している人物・・・・・アオカという存在に対してだろう。
頭の中で響く声だけで想像するのは、とても優しげな、大人しそうな少年という面影だが、彼らに対しては違うのだろうか?
(あ・・・・・!そういえば、アオカはグレンの弟だっけ)
あの、いかにも偉そうな男の弟。
4人の男達だけではなく、あの建物の中で皆が仕えていた男の弟だとすれば、アオカもそれなりの身分の人間なのだろう。
改めてそう思った昂也は、ただ息を飲むようにして3人の会話を聞くことにした。
(意味が解ればなあ〜)
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