竜の王様
第一章 沈黙の王座
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※ここでの『』の言葉は日本語です
登って行く山道は、次第に急になっていった。まるで頂上だけがツンと立っている塔のような形だ。
しかし、木々というものはまばらで、とても森というような感じではなかった。
(何だろ・・・・・丘、かな?)
昂也の身体は疲れているものの、連れの2人・・・・・ソージュとアサヒの足は止まらないので、自然に後に続くしかなかった。
しかし、登り始めた頃とは違い、昂也の手はしっかりとソージュの手を握っている。彼が自分を引っ張ってくれているのは分かるし、先を
行くアサヒの足取りも随分ゆっくりになっているのも目に見えて分かった。
(アオカ、何か話してくれたんだな)
3人が何を話したのかは分からないが、多分アオカが自分の事を何らかの言葉で説明してくれたのだろう。
この2人にとってアオカの存在が特別なものであるということはさすがに分かったので、昂也はアオカに心の中で感謝した。
(この2人の名前も分かったし、呼ぶ時は困らなくなったな)
ようやく、山の頂上に着いた。
そこはがらんと開けた場所で、周りには木々はおろか草叢のようなものも無い。
「蒼樹殿、変化は私が」
「・・・・・そうだな、お前がコーヤを抱いて乗るというのも想像出来ない」
「それは・・・・・」
「お前の馬鹿力でコーヤを抱き潰しかねないというんだ」
きっぱりと言い切る蒼樹に、浅緋は言い返すことが出来なかった。
蒼樹が言い切るほどに自分は力馬鹿だとは思っていないし、誰かを抱いて竜に乗ったことが無いとも言わない。
ただ、根本的に浅緋は蒼樹には勝てないので、その暴言も甘んじて受け、そのままゆっくりと2人から離れて行った。
(全く、顔に似合わず口が悪い方だ)
それでも、それをどこか心地良いと感じている自分がいる。
浅緋にとって蒼樹は、紅蓮とは別の意味で特別な存在だった。
「では、行きますよ」
「ああ」
離れた蒼樹に向かってそう言うと、浅緋は目を閉じ、両手の拳を握り締めた。
竜への変化は、それだけその者の体内にある祖竜の血がどれ程濃いかによって決まる。
どんなに高貴な身分の生まれでも、生まれた時に祖竜の血が薄ければ竜に変化することは出来ないのだ。
遥か昔は、王族の中で竜に変化出来ない者は、たとえ王の兄弟といえども一市民へと落とされ、降族(こうぞく)と呼ばれて肩身の
狭い思いをしていた。
しかし、最近は竜に変化出来る者自体がとても少なく、過去降族として市民となった者達も要職に就く事が多くなっている。
今世の王族は、先王はもちろん、紅蓮も碧香も変化が出来るので、先祖返りをしたと皆喜んでいた。
その上、その側近である四天王ももちろん、蒼樹も竜に変化するので、次代の竜人界は過去最も繁栄するだろうと言われているくら
いだった。
ただ、その変化には大変な精神力と体力を使うので、普通に、直ぐ出来るというわけではない。
それが出来るのは、竜人界では紅蓮と・・・・多分、黒蓉くらいだろう。
『・・・・・な、なに?』
(変なのが出てきた?)
昂也は信じられないというように目を見開いて、目の前の光景をじっと見ていた。
たった今まで・・・・・確かに自分より遥かに大きく立派な体格をしていたが・・・・・確かに普通の人間だったアサヒの身体から、青白い
光が出てきたのだ。
それは身体から滲み出るというような感じで、見る見る眩しい光がアサヒを包んでいってしまった。
『ちょっ、これ、どうなってんだよっ?』
思わずソージュにそう聞いてしまうが、もちろんソージュが昂也の言葉を分かるはずもなく、激しく手をブンブンと振られ、少し眉を潜め
て昂也を振り返った。
「大人しくしろ」
『・・・・・っ』
(お、怒られてたり、して?)
意味が分からなくても怒られている雰囲気は分かるので、昂也は慌てて口を噤むと、改めて視線をアサヒに向けた。
(あ・・・・・き・・・・・ば?)
少しずつ、まるで膨張するようにアサヒの身体は大きくなっていき、その口元に大きな牙が突き出てきた。
(なに、これ?なんだよ、CGみたい・・・・・いや、特殊メイク・・・・・か?)
顔が、どんどん変わっていく。
身体が、更に大きくなっていく。
そして、目が開いていられないほどの光を見て、昂也が思わず目を閉じてしまった後・・・・・。
『な・・・・・なんだ?』
目の前には、見たことも無いような生物が現れていた。
昂也は、不思議な事をあまり信じない方だった。
幼馴染の龍巳は実家が神社をしているだけに、理屈では説明出来ないことはあると良く言っていたが、昂也は自分の目で見ないと
信じられないと思う性格だった。
しかし、今・・・・・目の前に、信じられないような光景が広がっている。
見上げるほどの物体・・・・・それが何なのか、昂也は一瞬分からなかった。
手をいっぱいに広げたくらいの大きな顔に、突き出た鼻と、牙。
頭には2本の太い角があって、その身体は蛇のように細長く(もちろん、その大きさは蛇などとは比べ物にならないくらい太く長く大きい
が)硬そうな蒼い鱗に覆われている。
『・・・・・』
ただただ驚いて、その見上げるほどに大きい存在を見ていた昂也は、ふと頭の中にある名前が浮かんできた。
『これ・・・・・竜?』
龍巳の家の神社の柱に彫られていた竜。
小学校1年生の時、入っては駄目だと言われていた神社の奥の神殿に、こっそりと忍び込んだ時に目に飛び込んできたそれ。
あまりにリアルで、その夜はトイレに行くのも怖くて、おねしょをしてしまったことを覚えている。
その容姿にそっくりなそれが、伝説の生き物である竜にそっくりだとようやく記憶が結びついた昂也は、ただただ・・・・・驚いて、思わず
腰から力が抜けてしまった。
「・・・・・」
「ソ、ソージュ」
「・・・・・」
しかし、その場にペッタリと尻餅をつきそうになった昂也の身体は、ソージュが片手で支えてくれる。
腰に回ったその手の力強さに、思わず息を止めていた昂也も、ようやく深い溜め息をついた。
『すっげ・・・・・こんなの、作り物以外で初めて見た・・・・・』
よく見れば、大きな鋭い目の色は薄茶だ。
この竜が本当にアサヒが変身した姿なのだと、ジワジワとした確信が昂也の心の中に浸透していった。
「・・・・・」
(相変わらず、力強い霊的な精力が強い)
滅多に変化した姿は見ないものの、それでも浅緋の力の輝きは何時もと変わらない。
自分とは正反対の性質の力に僅かながらも羨望の思いを抱くものの、蒼樹は直ぐに意識を切り替えてコーヤの身体を抱え直した。
「ソ、ソージュ?」
「今からあの背に乗るんだ。暴れるな」
『え?あ、あの、ちょっと?』
コーヤは途惑っているようだが、纏っている気の中には恐怖の色は無い。
人間ならば、異形の姿になったこの浅緋の姿を見て恐怖と蔑みの思いを抱くかもしれない・・・・・そんな思いが無かったわけでもない
が、思った以上に心の容量が広いコーヤに思わず笑みが浮かんでしまった。
「ほら」
2人が近付くと、竜は顔を地面につけて姿勢を低くしている。
蒼樹はコーヤの身体を荷物のように肩に担ぎ上げ、牙を足場にしてその頭頂部に腰を下ろした。
慣れない者ならば竜が頭をもたげただけで振り落とされてしまうのだが、慣れている蒼樹にそんな心配は無い。
自分の身体の前にコーヤを降ろし、後ろから抱きかかえるようにして頭頂部のある1枚の鱗に手を置いた。
「いいぞ、浅緋」
〔行きますよ〕
くぐもった、それでもちゃんとした言葉が竜の口から漏れる。
「早く行け」
〔はい〕
ゆっくりと、頭が持ち上げられるが、定(てい)の鱗に手を置いている蒼樹と、その蒼樹が抱きしめているコーヤの身体はぶれる事は無
かった。
『うわあ!』
後ろ足で地面を蹴ると、そのまま竜は宙に浮かび、緩やかに尾を振りながら飛ぶ。
(浅緋ならば、それほど時間が掛からずに北の谷に着くな。着いたら、先ずは周りの状況を調べて、手掛かりを探して・・・・・)
そこまで考えた蒼樹は、ふと胸の中のコーヤを見下ろした。
「・・・・・」
『空飛んでる!凄い!』
「・・・・・」
興奮したように何かを叫んでいるコーヤは、多分北の谷に着く頃にはかなり疲れているに違いない。
「・・・・・先ずは、一休みするか」
自然とそう意識を切り替えた蒼樹は、再び真っ直ぐ前方を見据えた。
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