竜の王様
第一章 沈黙の王座
27
※ここでの『』の言葉は竜人語です
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「あ、あの・・・・・おかしいですか?」
じっと自分を見つめている龍巳の視線を居心地悪く感じながら、碧香は自分の姿を見下ろした。
確かに、鏡という自分の姿が映るもので姿を見た時は、本当にこれが自分かと驚いてしまったが、龍巳も同じ様に今の碧香の姿を
滑稽だと思っているのだろうか。
「・・・・・いや、やっぱり分かるなって思って」
「え?」
「碧香が美人なのが」
「・・・・・っ」
「もう少し、何とか姿を隠した方がいいかな」
自分がどんなに碧香の気持ちをざわめかせる言葉を言ったのか少しも気付かないらしい龍巳は、壁に掛けてある服を腕を組みなが
ら見つめている。
(私の姿を・・・・・褒めてくださるなんて・・・・・)
何だかくすぐったい思いがして碧香は目を伏せた。
いよいよ今日から、本格的に紅玉を探す為に街に出ることになった。
碧香も気を引き締めていたのだが、どうやら龍巳は碧香と違うことを気にしていたらしい。
それは、碧香の容姿だ。
龍巳が言うには、この世界にも色々な髪の色や、目の色、そして肌の色の人間がいるらしい。それらは元々の色もあるが、人工的に
染めたものもあるらしいのだ。
ただ、碧香の場合はその色が独特らしい。特に、金色に近い銀髪は、とても人工的には出せないような色のようで、それだけでも
碧香は目立ってしまうようだ。
「・・・・・」
今碧香はその髪を一つに縛り、龍巳が貸してくれた頭に被るキャップというものにしまいこんでいる。
しかし、腰ほどにある長い髪はかなりの質量で、どうしても頭が歪に膨らんで見えてしまうのだ。
「・・・・・東苑」
「ん?」
「髪を切りましょう」
「碧香」
「これを切れば少しは目立たないでしょう?」
竜人が髪を長く伸ばしているのは、潜在的な力を保有するのに必要とされていると昔から言われているせいだ。
碧香自身はその効力というものを実感したわけではなかったが、敬愛する兄紅蓮が、
「お前の髪は何よりも美しい」
と、よく触れてくれていたので、大切にしていたというくらいだ。
だが、今この髪が紅玉探しの妨げになるのならば、バッサリと切ってしまうことに躊躇いは無かった。せっかく協力をしてくれる龍巳をこ
れ以上余計なことで煩わせたくない。
そう思って言った碧香の言葉は、
「駄目だ」
と、龍巳の即答で却下をされてしまった。
「どうしてですか?この髪が無い方が、私も少しは人間のように・・・・・」
「綺麗だから」
「・・・・・東苑?」
「せっかくそんなに綺麗な髪をしているんだ。切ったり染めたりするのは勿体無い」
きっぱりと言い切る龍巳に、碧香は何と答えていいのか分からなかった。
これから少しずつ範囲を広げて紅玉探しをする。
それには先ず、碧香の容姿の事をどうにかしなければならないと思った。
日本人離れした容貌は、今の時代それほどに珍しくは無いかもしれないが、とても言葉に出来ないほどに不思議な色合いの髪をど
うしたらいいのか龍巳は考えた。
碧香が言うように切ったり、もしくは黒く(せめて茶髪に)染めたら問題はないかもしれないが、人工的ではなく自然にこれ程の綺麗
な色合いの髪に手を加えたくはなかった。
「・・・・・付け毛ってことで誤魔化すか」
(今時、他人の容貌にケチを付けたがる奴はいないだろうし)
それよりも、碧香の容姿に惹かれて、変な真似をするかもしれない者の方を警戒した方がいいだろう。
「・・・・・」
今の碧香は、龍巳の家に昂也が置いてあった服を着ている。自分の服ではサイズが少し・・・・・いや、かなり違うからだ。
活動的な昂也の服は明るい色で動きやすいものが多く、碧香の雰囲気とは少し違う感じがするかとも思ったが、実際にシャツとジー
ンズ生地のオーバーオールを着た碧香は、それなりに歳相応に見えた。
後は髪と目だが・・・・・まあ、それも何とかなるだろう。
「じゃあ、行くか」
取り合えず、今日は隣町の森林公園に行く予定だ。
公園といっても自然の森を整備して・・・・・というものなので、探す価値はあると思った。
「バスと電車に乗るけど、疲れたら直ぐに言うんだぞ」
「はい」
「絶対、我慢はしないように。それが案内をする為の条件だ」
「はい、東苑との約束は守ります」
しっかりと頷いた碧香に、龍巳は目を細めて笑い掛けた。
昨夜、再び昂也と交感をした。
かなり慣れてきて波長も合うようになったのか、あの滝壺に向かわなくても自分の部屋にあてがわれている場所で声は聞こえた。
《もう、すっごく大変なんだって!変な匂いの花はたくさん咲いてるし、涎垂らした動物もいてさ!でも、アサヒが直ぐに追い払ってくれ
て、何とか奴らの餌にならなくてすんだよっ》
三日前、兄の命令で(多分それは間違いが無いだろう)なぜか昂也自身が何も分からないまま蒼玉探しに借り出されていることを
知った。
碧香も行ったことがない北の谷は、ほとんど竜人も住んでいない未開の地で、どんなものがひそんでいるのかはっきりと分からないほど
に危険な地だ。そんな場所に昂也を行かせた兄に今更抗議をすることも出来ず、碧香はただひたすらに昂也が欲しがっている情報
を与えた。
碧香自身が目の前の光景は見えないのだが、昂也の説明は意外にも的確で、碧香は自分の知識の中で教えられるものを話し
続けた。
昂也と一緒にいる浅緋と蒼樹とも話し、くれぐれも昂也を頼むと願いはしたが・・・・・碧香は今だに昂也に詳しい事情を話さないま
まだ。
それは話せないというよりも、話す暇がないと言った方がいいか。理由を説明する以前に教えなければならない情報の方が多過ぎて
時間が無いのだ。
昂也も、もう来てしまったことは仕方がないと割り切っているらしく、言葉が通じない浅緋達との間を取り持ったり、初めて見る草木
や動物、周りのことなどを聞く方が大切だと言っていた。
眩しいほどに強い昂也の心は、交感してる碧香にも眩しく感じられ、自分も負けていられないと思った。
昂也と違い、碧香は言葉も分かるし、何より心強い協力者がいるのだ。
「碧香?」
「あ」
「どうした?もう疲れた?」
昂也の事を考えていたせいか、龍巳の言葉に反応するのが遅れてしまったようだ。
碧香は余計な心配を掛けないようにと慌てて首を振った。
「いいえ、大丈夫です。珍しい乗り物に少し緊張してしまって・・・・・」
「ああ、そうか、碧香の世界には電車なんかないか」
龍巳は笑った。
その顔を見つめた碧香は、動く景色に再び視線を向ける。
(本当に・・・・・人間の文明は凄い)
この動く大きな箱も当然人間の手で作ったもので、あっという間に色んな場所へと一度に大勢の人間を運ぶことが出来るらしい。
当然竜人界にはないもので、碧香はこれに乗り込む時に一瞬足が震えてしまったくらいだ。
「碧香、大丈夫だ」
そんな碧香を笑いもせずに手を差し伸べてくれた龍巳は碧香の視線の動きをよく見てくれて、視線が止まるごとにそれを説明してくれ
た。
どれもこれも珍しいものばかり。
碧香は文献に載っていた話とはまるで違う人間界を自分の目で見て、この光景を兄に見せたいと思った。
竜人界がけして劣っているとは思わないが、これ程に素晴らしい文明を築いている人間の事を少しはよく思って欲しかった。
「碧香、次で降りるぞ」
「はい」
「そこからはバス・・・・・また別の乗り物に乗るんだが、疲れてないか?」
「はい」
「バスに乗ったら20分くらいで着くな。そうしたら丁度昼時か。今日は土曜だから遊びに来ている人間も多いかもしれないが、俺が
自由に動けるのは土日くらいしかないからなあ」
「・・・・・」
「そういえば、あそこに美味しいクレープ屋があったか。碧香、食べるか?甘くて熱くて冷たいもの」
「はい」
「よし。あ、着いた」
紅玉を探すという重大な任務を課せられているのに、碧香の心は弾んでいる。
大きなドアが開いて自然に差し出される龍巳の手に掴まりながら、碧香はまた新しい世界へと足を踏み出す気分だった。
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