竜の王様
第一章 沈黙の王座
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※ここでの『』の言葉は日本語です
真剣な顔でコーヤの声に耳を傾けていた浅緋は、
「そんな危険な場所に、碧香様自らが出向かれているのですかっ?従者は何をしているのです!」
そう、叫んだ。
【浅緋、それは人間界の一般的な乗り物で、ただ単に私が慣れていなかっただけなのですよ】
「それでもっ」
【それに、東苑は私の従者ではなく、協力者です。昂也の為に無償で協力をしてくれている東苑に無理を強いることは出来ませ
ん】
何とか断崖を登りきった一行は、その周辺の岩の窪みや僅かな草叢をくまなく捜索した。
単独の時は手の平に乗るほどの大きさだし、竜王やその後継者以外の者が触れても何の変化も見せない水晶の玉を探し出すの
はかなりの難問だった。
それに、玉はだだどこかに飛ばされて落ちているという可能性と、意識的に隠されている可能性がある。
どちらにせよ、容易に見付かるとは思えなかった。
そして、4回目の夜。
断崖の頂上の僅かな平地で夜を過ごす事になった3人(ここには肉食獣などはいないだろうと浅緋が判断した)は、さすがに疲れも
溜まってぐったりとしていた。
特に昂也は、ここに登ってくるまでが相当に神経を磨り減らしたらしく、夕食にと差し出した干し肉もあまり口にせず、丁度生っていた
食べられる果実を浅緋が取って差し出したのを半分くらい食べただけだった。
「今日は早く休むといい」
コーヤが今にも眠そうにコクリと首を動かしたかと思うと、いきなり顔を上げてキョロキョロと辺りを見回す。
「コーヤ?」
何かの気配を感じ取ったのかと浅緋と蒼樹が緊張した時、コーヤは直ぐにフニャッと相好を崩した。
『なんだ、アオカか〜』
アオカ・・・・・その名前だけは聞き取れた浅緋は蒼樹を振り返った。
「今?」
「ああ、交感しているんだろう」
『へ?今?いいよ〜。俺、疲れちゃったからもしかして寝るかもしれないけど気にすんなよ』
ひとしきり何か言ったコーヤは直ぐに目を閉じる。
すると、纏っている空気が見る間に変わって・・・・・やがて、昂也は目を開くと、2人に向かって穏やかな口調で言った。
【ご苦労様・・・・・無理はしていないですか?】
「碧香様っ!」
前置きの無い2人の入れ代わりにも徐々に慣れていた浅緋と蒼樹は、労いの言葉を掛けてくれる碧香(身体はコーヤだが)に対して
居住まいを正した。
碧香は竜人界の蒼玉探しを気にしてくれているようだが、浅緋と蒼樹からすれば気になるのは人間界にいる碧香の方だった。
先王が生きていた頃から・・・・・そして、亡くなった今は紅蓮が、手の中で大切に慈しみ守ってきた碧香。
その優美な容姿もさることながら、優しい心根を万人に向ける碧香は、紅蓮とはまた違うカリスマ性で民に慕われていた。
今碧香が玉探しの為に竜人界を不在にしていることは既に知られてしまったが、皆碧香の無事の帰りを祈っているのだ。
「人間界はどうですか?空気は汚れておりませんか?」
【浅緋も兄上のような心配をするのですね。大丈夫、人間界にも清浄な空気の場所はたくさんあります】
ほとんどが文献の知識だけの浅緋には、碧香の言うことが本当に正しいのかどうかの判断はつかない。
ただ、聞こえてくる口調は(声はコーヤのまま)とても穏やかで落ち着いていて、とても切羽詰っているという雰囲気が無いことに少しは
安心出来た。
それから浅緋は、黙って控えている蒼樹の代わりに人間界の事を訊ねた。
碧香の言う言葉の意味はほとんどが分からないものだったが、人間界の文明がかなり進んでいるらしいということは分かった。
しかし。
「落ちそうになったっ?」
【恥ずかしいけれど、そこに隙間があるとは全く分からなくて・・・・・後ろのトーエンが支えていなければ落ちてしまっていたかも】
デンシャという作り物の移動箱から降りる時、降りる先とデンシャとの間に少し隙間があったらしい。
慣れている人間は事も無げにそこを跨いでいるようだが、初めて乗った碧香は周りの雰囲気に流されるように歩きだして、そのまま片
足が隙間の中に落ちたようだった。
とっさに後ろにいた碧香の人間界での協力者が身体を支えてくれて大きな怪我はしなかったようだが、浅緋はそれを聞いただけでも
自身が痛みを感じたかのように眉を潜めてしまった。
「そんな危険な場所に、碧香様自らが出向かれているのですかっ?従者は何をしているのです!」
そう、叫んでしまった浅緋に対し、碧香は直ぐにそれを否定した。
たかが人間を、協力者と言い、気遣った。
浅緋はそんな碧香の言葉に、自分が僅かながらも衝撃を受けていることを自覚してしまった。
(碧香様はそれほどに人間を信用なさっているのか・・・・・?)
急に口を引き結んだ浅緋をチラッと見た蒼樹が、ようやく静かに口を開いた。
「碧香様、その協力者という人間は信用出来るのですか?」
【出来る!】
「・・・・・それならば、私は安心しました」
【蒼樹?】
「蒼樹殿っ?」
蒼樹の言葉を遮るように口を開き掛けた浅緋を視線で制し、蒼樹は心細げな碧香の言葉に続けた。
「私は、人間が全て忌む存在だとは思っておりません。悲しいことながら、竜人の中にも信頼を置けぬ者は確かに存在しますから」
【蒼樹・・・・・】
蒼樹の頭の中に何が浮かんでいるのか、碧香も、そして浅緋も分かってしまった。
自分が意図しないことで、危うくその存在を敬愛する竜王の追い落としに利用されそうになった蒼樹。
その時に抱いた不信感や痛みを、蒼樹は今だに忘れてなどいないのだろう。
「ですが、何かあれば直ぐにコーヤを通じておっしゃってください。出来うる限りの事をしたいと思います」
【・・・・・ありがとう、蒼樹】
碧香は笑った。
容姿は変わらぬコーヤのままなのだが、その控えめな微笑み方は碧香そのものだった。
【では、そろそろコーヤに身体を返さないと】
「はい」
【今度は、コーヤに私の身体を使ってこちらの友人と話をさせてあげたいと思っています。その時はコーヤの身体も意識も無防備な
状態になってしまうので、どうか・・・・・守ってくださいね】
「「御意」」
蒼樹と浅緋、2人の返答に満足したのか、碧香はもう一度くれぐれもコーヤを頼むと言い残して・・・・・やがて、フラッとコーヤの身体
が揺れたのを浅緋が反射的に支えた。
「浅緋?」
「・・・・・眠っています」
「そうか」
意識の交感がどれ程神経を使うものかは分からないが、竜人界と人間界という時空を超えてのものだ、きっとかなりの精神力と体
力を使うものだろう。
そして、それをただの人間の少年であるコーヤがこなしているというのも皮肉な感じがするが。
「ゆっくり寝かせてやれ」
「はい」
浅緋は頷き、コーヤの身体を敷布の上にそっと下ろした。
『ん〜!!よく寝た!』
昂也は精一杯両手を伸ばして背伸びをしながら起き上がった。
(アオカ、ちゃんと話が出来たのかな?)
昨日は途中でどうしても眠くなってしまい、アオカが人間界でどんなことをしているのかも結局聞かないまま意識を完全に明け渡して
しまった。
そのせいかどうか、今日は久し振りにすっきりと目覚めた気がして、昂也は直ぐに周りに視線を向ける。
『あ』
ソージュとアサヒは既に目覚めていて、昨日の火で朝食の準備をしているようだった。
(あ・・・・・干し肉焼いてくれてる)
生肉はもちろん食べることは出来ないが、干し肉も妙に半生っぽく、昂也は何時もほとんど飲み込むようにして食べていた。
食べなければ体力が続かないし、こんな時にこんな場所で自分が我が儘を言うことも出来ないと思っていた。
そんな昂也の食欲が少しずつ落ちてきたことに気付いたのか、アサヒは食べれそうな果物を取って渡してくれることが多くなったし、ソー
ジュも携帯している食料を何とか工夫してくれているというのが良く分かる。
(基本的に・・・・・良い人達なんだよな)
昂也にとって警戒すべきはグレンと、その側にいる黒い男だけのはずだ。
今は側にはいないシオンも優しくしてくれたし、目の前のアサヒとソージュは・・・・・。
「おあよー!!」
昂也は覚えたこちらの言葉で挨拶をした。
その声に、ソージュとアサヒが振り返る。
「おはよう、身体は痛くないのか?」
「食欲はあるか?」
簡単な挨拶以外の言葉はやはり今でも聞き取れないが、それでもその眼差しの中に昂也を気遣ってくれている気持ちが分かるよう
な気がした。
(ちゃんと見ようとすればいいんだよな)
「でーじょーぶ!」
「・・・・・」
「蒼樹殿、今のは・・・・・」
「大丈夫と言ったんだろう」
『?』
ソージュが微笑みながら、焼いて香ばしくなった肉を差し出してくれる。
起き抜けから肉なんか食べれるかなと思ったが、その匂いはかなり食欲を刺激したらしく、昂也の腹の音がぐーっと響いた。
(うわっ、俺、恥ずかしい奴じゃん)
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