竜の王様
第三章 背信への傾斜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
『暗い色が全て悪い気とは言えないが、あの時見えたものからはいいものは少しも感じられなかった。直接的か、それとも間接的に
なのか、近い内にコーヤに災いが降りかかる。それを阻止する為に、俺と江幻はやってきたってわけだ』
『・・・・・』
(災いってなんだろ・・・・・?)
昂也自身は、この竜人界で誰かに特別恨みをかっている覚えはない。
もちろん、グレンやコクヨーが自分にあまり良い感情を持っていないことは感じていたが、それでも命に危機感を覚えるという事は無かっ
た。
自分の知らないうちに誰かが自分を憎む・・・・・そんな風に考えると、怖いというよりも悲しかった。
(・・・・・玉探しも影響があるのかな・・・・・あれ?)
『はい!質問!』
突然手を上げた昂也に、そこにいた一同の視線が向けられた。様々な色の多くの目が自分を見るが、昂也は今考え付いた事に
頭がいっぱいでたじろぐということはない。
そんな昂也に、コーゲンが笑いながら言った。
『何かな?』
『あの、今俺考え付いたんだけど、俺がこの世界で狙われるっていうのには理由が必要だと思うんだ。それで、それって、玉探しに関
係があるんじゃないかなって』
『翡翠の玉のこと?』
『そう!俺が住む世界に持っていかれちゃった玉を探しにアオカが日本に行って、その代わりに俺がこっちに来て。俺の存在って玉探
しの象徴みたいなものかなって思うんだ。俺がもしもこっちで死んじゃったりとかしたら、アオカがどうなるか誰も分かんないんだろ?』
どんなに考えても、昂也個人で竜人の恨みをかっているとは思えなかった。いや、思いたくないという気持ちもあるのかもしれないが、
そうだとしたらどうだろう?
自分と竜人界を繋ぐものは、翡翠の玉という存在しかないのではないか?
『玉探しを阻止するんだったらさ、俺なんかよりもグレンを狙った方が手っ取り早いんだけど』
『・・・・・まあ、そういうことも言えるかもしれないが』
同意してくれたコーゲンに、昂也はそうだろというようにうんうんと頷いた。
竜人界の皇太子、それも、もう間もなく竜王になるという紅蓮の事を、《手っ取り早く狙える存在》と言えるのはコーヤくらいかもしれ
ないだろう。
それを思うと江幻は含み笑いを漏らしてしまい、その視線を紅蓮に向けた。
表面上は面白くない表情をしている紅蓮だが、それは怒っているというよりも拗ねているといったふうな感じだ。こんな紅蓮の表情は江
幻も初めて見る。
「コーヤ、では、お前は蘇芳の見たものは、お前ではなく紅蓮に関係しているのではないかと思っているということかな」
「う・・・・・ん、それも、はっきりとは言えない」
自分の中でも消化しきれない思いがあるのか、江幻に核心を問われると、コーヤの言葉は重くなった。
「スオーが見たって言うんなら、俺が全く関係ないとは思わないけど・・・・・」
「うん」
「でも、俺は本当なら元の世界に帰るはずで、この世界に残って影響を与えるわけじゃないからさ」
「え?」
「だから、俺はいずれアオカと交代して、元の世界に帰るじゃん?」
「あ、ああ、そうだったね」
「俺が元の世界に帰るんなら、俺のこと嫌いな奴もわざわざ手を出す必要もないんじゃないかと思うんだよね。まあ、そこに玉探しが
絡んでいるからややこしくなってるのかもしれないけど」
コーヤの意識の中ではこうなのだろう。
自分は碧香と入れ替わるようにこの竜人界に来た存在で、この世界にずっといる存在ではない。
碧香が人間界に隠された玉を見付けだすか、もしくはそれを諦めたとして戻ってくる場合も、コーヤは再び碧香と入れ替わるようにし
て人間界へと戻る。
どちらにせよ、竜人界に留まることもなく人間界へと戻る自分を、わざわざ狙う意味などあるのかと。
その考えはなるほどと思えるものだったが、それ以外にも、江幻は唐突にある事実に気付かされてしまった。
(コーヤが・・・・・帰る)
それは当たり前の事だったが、コーヤを知る毎にその存在に惹かれていた江幻は、いずれはコーヤが人間界に帰ることをすっかり失念
していたのだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(・・・・・私だけじゃなかったようだな)
大小の違いはあれ、どうやらここにいた者達は皆、コーヤの言葉に衝撃を受けたようだ。
江幻は、まだこの世界に来てそれ程時間が経ったというわけではないのに、誰の胸にも影響力を及ぼしているコーヤに物言いたげな
視線を向ける。
(コーヤの事を考えれば、人間界に帰してやるのは当然なんだが・・・・・)
それでも、江幻の心の中では別の感情が渦巻いていた。
(コーヤが、帰る)
紅蓮は自分の目の前にいるコーヤの姿を呆然と見つめながら、たった今頭の中に入ってきた事実に愕然としていた。
今まで自分自身、コーヤは碧香の代わりなのだと思っていたことは確かであったし、コーヤ自身に価値などあるはずがないと思ってい
た。
だが、こうやって改めて、いずれコーヤがいなくなるのだと本人の口から聞くと、思い掛けない衝撃を感じているのだ。
「・・・・・そうだな、いずれコーヤは人間界に帰ってしまうんだった」
「そーだよ、コーゲン。ね?そんな俺をわざわざ狙う意味って分かんないだろ?」
「案外、コーヤ自身を狙っていたりしてな」
「俺?」
なぜか、蘇芳は紅蓮に視線を向けている。
挑戦的なその態度に、紅蓮は眉を顰めた。
「お前が欲しいと思う者がいてもおかしくはないだろう?」
「・・・・・俺、お金も持ってないし、コーゲンやスオーみたいな不思議な力は持ってないけど?」
「・・・・・」
(そこで、なぜ江幻と蘇芳の名前が出る?)
この世界で一番力があるのは自分だ。誰よりも先にコーヤが名前を口にするのは自分でなければならないはずなのに、なぜあの2
人の名前を出すのだろう?
それだけ、コーヤと2人の仲が親密だという事なのだろうか。
「・・・・・っ」
確かに、コーヤはいずれ人間界に帰る。大切な弟である碧香がこの地に戻ってくる為にも、それと入れ替わるようにして、コーヤは戻
らなければならない。
しかし、そう考える一方で、紅蓮は自分のものであるはずのコーヤを、なぜ人間界に戻さねばならないのだとも思う。碧香がこちらに
戻ってきても、コーヤを帰さなくてもいいのではないか?
(あれが必要なくなるまで、私は・・・・・手放すつもりはないぞ)
紫苑は隣にいるコーヤを見下ろしていた。
(コーヤが、人間界に・・・・・)
分かっていたことだが、改めてそう聞かされて思い知った。
紫苑にとって、人間の存在は想定内のものだったが、コーヤという存在は思いがけずに存在感の大きなものだった。
自分達の計画に必要な人間の存在。用済みになれば、躊躇いなくその存在を抹殺する手筈になっていたが、紫苑は仲間に懇
願してでもコーヤの命を助けてもらうつもりだった。その存在を脅威に思うのならば、自分が永遠に側で見張っていればいい。
とにかく、あの笑顔を、眩しい魂の輝きを失う事は考えたくなくて、紫苑は計画の変更を頭の中で考えていた。
「コーヤがいなくなってしまったら・・・・・寂しいですね」
「ホント?そう思ってもらうと嬉しいな」
紫苑の言葉に、コーヤは照れくさそうに笑っている。
全てを知ったコーヤが同じ様な笑みを向けてくれるかどうかは分からないが、自分の前から永遠に居なくなってしまうよりは、怒りを感じ
ていても側にいてくれた方がいい。
(連絡を取らねばならないな)
コーヤのことだけではなく、竜人界の・・・・・いや、王族の継承に関して少しも興味を持たなかったであろう江幻と蘇芳が、コーヤの
為のようだが翡翠探しに加わった事を伝えなければならない。
(人間界も・・・・・もしかしたら大きく動いているのだろうか・・・・・?)
こちら側からは全く様子が窺い知ることの出来ない人間界。
碧香がどこまで真相に近付いているのか、紫苑は人間界へと侵入している同志との連絡を急ごうと考えていた。
当たり前の事を言ったのに、周りの反応が大きかったのには昂也自身が驚いていた。
(俺が何時までもこっちにいるわけないじゃん)
江幻や紫苑、そして蘇芳。他にも、この世界でも自分に親切にしてくれた者や、温かい気遣いをしてくれた者もいて、一番最初にこ
の世界に来た時とは違い、昂也も多少はこの世界も悪くはないと思い始めていた。
それでも、自分の大切なものは元の世界、人間界に多くいるのだ。
(俺にとっての帰る場所は、やっぱり元の世界だよな)
『でも、考えたら好都合かも』
『どういうこと?』
『コーゲンやスオーがこっちに来てくれて、呼びに行く手間が省けたし。これで、玉探しも大々的に出来るし』
『おいおい、コーヤ、お前俺達をこき使う気か?』
『え?その為に来てくれたんだろ?』
『期待を裏切るようで悪いがな、俺達がここに来たのはお前の事が心配だからだ。確かに、お前と協力して玉探しもするとは言った
が・・・・・玉が見付かったらお前が帰るんだと思ったら、少し考えを変えたくなったな』
『何だよ!それ!』
力を貸すと言ってくれたスオーが、昂也が人間界に帰るのが面白くないから協力を考え直すと言う。
昂也は約束が違うと眉を顰め、スオーの胸倉を(身長差があるので、昂也の方がぶら下がっているように見えるが)掴んで、思いっきり
睨みつけた。
『自分の国の為だろ!協力しろよな!』
『・・・・・じゃあ、褒美をくれないか?』
『何で俺が・・・・・っ?』
こういう時、褒美を出すのは国の王様の役目だろうと、昂也はグレンへと視線を向けるが、グレンは全くスオーの言葉を意に関して
いないようだ。
(俺、お金持ってないんだけど・・・・・)
いったいスオーが何を要求するのかは分からないが、取りあえずはここで自分が頷いておかないと話が進まない。
『まあ・・・・・俺が出来ることならって条件付でなら・・・・・』
『その言葉に嘘はないな?』
『う、うん』
(・・・・・そんなに難しい事は言わないよな?・・・・・多分)
OKを出した途端のスオーの笑みは気になったが、無理だと思ったことはすぐさま拒否すればいいかと、昂也は全く学習能力もなく
頷いた。
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