竜の王様
第三章 背信への傾斜
11
※ここでの『』の言葉は竜人語です
出来る限り人気のない時間がいい。
龍巳と碧香は始発で目的の場所へと向かった。
「・・・・・」
「・・・・・」
碧香は何かを決意したかのような表情で、表面上は恐れを抱いているようには見えなかった。もちろん、龍巳も今自分が持っている
力の全てを使って碧香を守ろうと思っているが、その相手が碧香の叔父だというあの男だったらどうだろうか?
(俺は・・・・・勝てるか?)
先日対峙した時は、龍巳は全く手も足も出ないという状況を初めて経験した。
人間と竜人という違いだけではなく、歳の差もあり、能力の差もある。幾ら自分なりの修行をしたとはいえ、根本的な能力の違いを
考えれば、客観的にでも自分が勝つ可能性はほとんどないが・・・・・。
「東苑?」
「・・・・・」
「・・・・・」
不意に、柔らかなものが自分の手に重なった。
視線を向ければ、細くて少しひんやりとした碧香の手が重なっている。
「・・・・・」
言葉を交わさなくても、碧香が自分を気遣ってくれているのが分かる。自分の身内が大それたことをしたと、碧香の方が不安でたまら
ないと思うのに・・・・・龍巳は自分の情けなさに苦笑し、碧香の手を握り返した。
「大丈夫だよ」
「東苑」
「俺は、大丈夫」
(力を貸してくれよ、昂也)
平日の山には、自分達以外の人影は無かった。
山道を登り始めて直ぐに、碧香は先日来た時とは僅かに違う気を感じとって警戒を強くした。誰かが、自分以外の竜人が確かにここ
にいる。
(叔父上・・・・・いや、それとは少し違う?)
叔父である聖樹よりは強くないが、死んでしまった黄恒よりは強い気。
こんな気の持ち主がこの山にいるということは、東苑の父東邑が言ったように、ここに手掛かりがあるのかもしれない。
「東苑」
「うん、俺も感じる」
「1人ではないようです」
「碧香、危険を感じたら直ぐに逃げ出せよ?俺、出来るだけ抵抗はするけど、絶対大丈夫だっていう自信ないからさ」
自分の弱さをちゃんと認めている龍巳は強い人間だと思う。
今の時点で、龍巳がどれ程の力を持っているのかは分からないが、碧香は龍巳に危機が訪れれば、自分が身体を張ってでも龍巳
を助けるつもりだ。
竜人界のことで、龍巳の命を危険に晒す事など出来ない。
「碧香、聞いてる?」
「聞いています」
「ちゃんと逃げろよ?」
「はい」
(逃げるのならば、あなたと一緒に)
1人だけで助かっても、龍巳がいなくなってしまったら・・・・・。それだけはどうしても頷けなかった。
「この辺りだったかな・・・・・」
「多分・・・・・黄恒の気がまだ残っているので・・・・・」
前回も、感じた気を追いかける事に必死で、ちゃんとした道を歩いたわけではなかった。獣道に近い道や、それこそ道でない場所
を通ったし、森の中でははっきりとした目印があったわけでもないが、龍巳も碧香も大体ここだったかというような場所にようやく到着
した。
まだ、先日死んでしまった黄恒の気が残っていると、その場で目を閉じ、手を合わせる碧香を見ていた龍巳だったが、
「!」
鋭い気配を感じて視線を向けた。
(どこだ・・・・・っ?)
何者かが自分達を見ている・・・・・龍巳は意識を集中させ、360度木に囲まれた周囲の気配を探っていく。
「・・・・・」
気を研ぎ澄ませていくと、木々のざわめきの合間に鳴る風の音や、住んでいる動物の息遣いさえも聞き分けられる。
その中に、荒い呼吸をしている何かが、龍巳の意識に引っ掛かった。
「・・・・・あっちだ」
「東苑?」
「碧香そこにいろよ」
気配から感じるのは1人だが、上手く気配を消して待ち伏せされている可能性もある。
龍巳は碧香を一先ずその場に残し、自分だけが感じた気配の主へと近付いていった。
(味方って、ことはないよな。もしもそうなら、碧香の姿を見れば姿を隠すことなく近付いてくるはずだし・・・・・)
初めから攻撃的な姿勢でいいのかどうかとも迷うが、多分この肌に刺すような気は友好的なものだとは言い難く、龍巳は右手に少
しずつだが気を溜めながら歩いた。
「・・・・・そこにいるのは誰だ?俺の言葉は分かるか?」
日本語が聞き取れるかどうか、確認するように言いながら歩を進める。
すると、
「お前は人間か?」
「・・・・・っ」
いきなり、目の前に人が降ってきた。
高い木の上の方から下りたのだろその人物は、まるで猫のようにしなやかな身のこなしで龍巳の前に歩み寄った。
「・・・・・日本人?」
「竜人の血を引く・・・・・ね。お前は?」
「・・・・・同じだ。俺も、遥か昔、人間界にやって来たっていう竜人の子孫だ」
「・・・・・なるほど。だから、気配は人間なのに、気は異質なのか」
「・・・・・」
自分だけが納得したように呟きながら頷く目の前の人物を、龍巳はただ呆然と見つめるしか出来ない。
(いったい・・・・・誰だ?)
龍巳の目の前にいきなり現れたのは、自分とそれ程歳の変わらない、多分・・・・・少年だった。多分というのは、相手の外見を見
ただけでは、一瞬男女どちらなのかと悩んだからだ。
「・・・・・」
身長は碧香よりも低く、彼と同様に体付きも華奢で、その容貌も綺麗だと形容してもいいほどのものだった。
碧香は、髪や目の色からして人外の美しさを感じるが、目の前の少年(?)は、黒髪に黒い瞳と外見は日本人そのものだが、透き
通るような肌の色や赤い唇は、どこか神秘的な美しさを感じる。
(竜人の血を引くって・・・・・もしかして?)
この目の前の人物も自分と同様に、はるか昔、人間界にやってきた竜人がそのまま人間と結ばれて、その血を受け継いだ子孫の
1人だと言うのだろうか?
「東苑!」
そこへ、碧香が駆けつけてきた。
龍巳の目の前にいる人物を見て一瞬目を瞬かせたが、龍巳の腕に手を置いて彼は誰なのかと訊ねてくる。
「彼は・・・・・」
「僕は竜崎朱里(りゅうざき しゅり)。次期竜王の資格を持つ者だよ」
堂々と言い放つ朱里に、龍巳は直ぐに反論する事が出来なかった。
碧香は思わず龍巳の腕を強く握り締めてしまう。
(次期・・・・・竜王?)
兄、紅蓮の他に、竜王となる資格を持つ者などいないはずだった。ましてや、目の前にいるこの人物は幾らか竜人の気を持っている
ようだが、どう見ても身体のほとんどは人間のはずだ。
(この者が竜王の資格を持っているなど考えられない・・・・・っ)
唇を噛み締めた碧香は、向かい合う人間・・・・・朱里といった相手に言った。
「次期竜王は、我が兄紅蓮です」
「・・・・・ああ、あんた、竜人界の王子様だね。綺麗な顔をしてるけど、竜人ってみんなそんな顔なのかな?」
「・・・・・」
「僕が会った竜人は5人だけど、そういえばみんなまあまあ綺麗な顔してたっけ。それが血だからだというのは面白くないけど、醜いよ
りはいいかな」
朱里は笑いながら言うと、自分の右手をほらと上に向けた。
その手には輝く光の結晶・・・・・気が乗っている。これ程目に見えるほどに綺麗で大きな気を集める事が出来るということは、かなりの
使い手だと言ってもいいだろう。
(確かに、東苑も短期間の修練でかなりの気を操ることが出来るようになったけれど・・・・・)
元々の素養がなければ、出来ないことだ。
「これ、綺麗でしょう?」
軽い口調でそう言うと、朱里はその気を飛ばして見せた。
ガッ ザザッ
その気は少し離れた大木を真っ二つに切り裂いて、根元から倒してしまう。
「!」
碧香は、いや、龍巳も、その光景に息を飲んでしまった。
「分かるとは思うけど、これ、目一杯の力じゃないから」
「・・・・・」
「ねえ、名前、何ていうの?僕は名乗ったんだから、教えてくれるよね?」
朱里が見つめているのは、碧香ではなく龍巳だった。自分と同じ人間で、その身体の中に竜の血を受け継いでいるという事に親近
感を抱いているのかもしれないが、碧香は急に龍巳を取られてしまいそうな不安に襲われ、思わずその腕にしがみ付くように身体を
寄せてしまった。
「・・・・・碧香?」
すると、それまで目の前の朱里に全意識を向けていた龍巳が、自分を振り返ってくれた。それが嬉しくて思わず頬を綻ばせた碧香
とは対照的に、朱里は面白く無さそうに唇を尖らせてしまう。
「なに?お前はそっち側?」
「・・・・・どういう意味だ?」
「同じ人間同士、僕の方に付いてくれてもいいと思うんだけど」
「・・・・・俺は、碧香に力を貸すって約束したから」
きっぱりと言い切った龍巳に、朱里は2人の顔を交互に見つめながら溜め息をついた。
「勿体無いなあ、結構好きなタイプだから殺したくないんだけど」
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