竜の王様




第三章 
背信への傾斜








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 込み入った話をするようなので、昂也は自分の部屋から緋玉を持ってきた。
頑張って聞き取ろうと思っても、今の自分では無理だという事も分かっている。それならば妙な意地を張るよりはさっさと前に向かって
進む方が得策に思えた。
 『・・・・・でも、これってどうする?』
 ここにいるのは2、3人という少人数ではなく、自分も含めれば7人もいる。いや、今部屋の中にやってきたアサヒとソージュを合わせ
れば結構な人数だ。
(ここにいるみんなの手を重ねるなんて・・・・・変な光景だよな)
順番もそうだが、普通の男以上に立派な体格をしている者達の集団だ、玉に手を置く時にくっ付かれても暑苦しくて仕方が無い。
 「コーゲン」
 どうすると訊ねる意味でコーゲンを振り返ると、コーゲンはにっこりと笑って言った。
 「コーヤの可愛らしい手に、多くの男を触れさすのも面白くないしね」
 「?」
 「・・・・・」
コーゲンは笑いながら何か言うと、緋玉に自分の手を翳した。すると、ぼんやりとした光が緋玉の内側から漏れ出し、それは1メートル
四方に広がる。
 「ほら」
コーゲンに手を取られて光に手を翳した昂也の耳に、耳慣れた日本語が聞こえてきた。
 『ほら、ちゃんと分かるだろう?』
 『う、うん。すごっ、コーゲン、魔法使いみたい!』



 「魔法?ふふ、確かに、魔法に似たものかもしれないけどね」
 コーヤの尊敬に満ち溢れた眼差しを向けられるのはくすぐったかったが、ここは早く話を進めようと、江幻はそれまで周りで自分の動き
を見ていた者達を振り返った。
 「この光に手を翳して話せば、コーヤにも分かるし、コーヤの言葉もこちらが理解出来る」
 「なんだ、手を重ねるのが楽しいのに」
蘇芳は口では文句を言っていたが素直に手を翳し、白鳴も紫苑も、そして浅緋と蒼樹も手を指しだす。
 しかし、江幻の言葉に素直に従いたくないのか、それともこの話し合い自体無駄だと思っているのか、紅蓮と黒蓉はなかなか動かな
かった。
それでも、この部屋から出て行かないことが、彼らの迷いを示しているようにも見える。
どうしたものかと考えた江幻は、自分の隣に立っているコーヤに向かって言った。
 「コーヤ、紅蓮と黒蓉を呼んで来てくれないか?」
 「え〜、俺が?」
 「コーヤが一番適任だから」
 「・・・・・変なの」
 コーヤ自身、自分が紅蓮達に嫌われている自覚はあるのだろう。口を尖らせて不満の意思を示したが、江幻はコーヤの頭に手をや
り、くしゃっと髪を撫でた。
 「頼むよ、コーヤ」
矜持の高い紅蓮や黒蓉には、自分達が言うよりもそれが一番いいと思ったからだ。
 「・・・・・もうっ」
 コーヤは溜め息混じりに言うと、ズカズカと紅蓮と黒蓉の傍に歩み寄り、
 「何をするっ」
黒蓉はとっさに文句を言ったが、その声に全く動じないまま(紅蓮や黒蓉が怒りっぽいのは十分知っているのか)、いきなり2人の手を
掴んだコーヤは、実力行使が一番だと強引に2人の手を光に翳した。
 「話し合いをするんだから、ちゃっちゃと行動しろよな!」
 「・・・・・っ」
自分より年少で、身分の低い人間の少年に諭された紅蓮は、眉間に皺を寄せながらもコーヤの手を振り払おうとはしなかった。



(紅蓮様・・・・・コーヤの手を厭うてらっしゃらないのか・・・・・?)
 紫苑は、コーヤに取られた手を振り払わない紅蓮の様子をじっと見つめていた。
紫苑の知っている今までの紅蓮だったなら、人間に触れられることも汚らわしいと思うはずだ。それなのに、大人しくコーヤに腕を取ら
れたままだというのは・・・・・。
(紅蓮様の中で、コーヤの存在価値が変わっているということなのか・・・・・)
 紫苑は眉を顰めた。
人間界に行く碧香の代わりに、この竜人界に人間が1人来ることは分かっていた。
 しかし、人間嫌いな紅蓮が関わることはないと思っていたし、それに・・・・・やってきたのがコーヤのような少年だとは全く考えも付か
なかった。
それで、少しだけだが計画がずれた。
やってくる人間が、昂也のような青年でなかったら・・・・・。
(・・・・・だが、今更止める事は出来ない)
進みだした時間は、既に引き返すことなど出来なかった。



 大人しくコーヤの行動に従っている紅蓮を横目で見た蘇芳は、あまり面白くない気分ではあったが、その一方で面白いとも思ってい
た。
江幻の森で対峙した時も、わざと怒らせるようなことを言ったが、どうやら紅蓮は自分では気付いていないものの、コーヤに対してかな
りの執着を持っているように見えた。
それが、単に自分以外が人間に接触しないようにしなければならないという次期竜王としての使命感からなのか、それとも昂也自身
に興味を持ったからなのか・・・・・蘇芳としては後者でない方がいいのだが、もしも紅蓮が昂也本人を欲しいと思っていたとしても自分
が負けるとは思わなかった。
第一、今立っている自分達の位置は違い過ぎる。
(コーヤの身体を知っているというのは面白くないが、どうせその後に可愛がってやる方が勝ちだしな)
 「なあ、スオー」
 「・・・・・あ、ん?」
 少し考え事をしていたせいか、蘇芳はコーヤに声を掛けられたことに直ぐには気付かなかった。
 「どうした、コーヤ」
 「どうしたじゃないって!ここはスオーが主役だろ?どうしてここまで来たのかって説明もしてもらわないといけないし、もしかして他にも
分かったことがあるんじゃないの?」
 「コーヤに早く会いたかったからっていう答えは?」
 「きゃ、却下!」
明らかなからかいの言葉なのに、コーヤは顔を真っ赤にして怒鳴っている。
その表情が可愛くて蘇芳は含み笑いを洩らしたが、そんな自分達の会話を紅蓮が息をつめて伺っている様子が良く分かった。
 今更憎いという子供っぽい感情を紅蓮に抱いているとはいわないが、あの済ました顔が醜い嫉妬で(本人は気付いていないだろう
が)歪んでいる様は面白い。
 蘇芳は更に紅蓮に見せ付けるように身を乗り出し、コーヤの顔に顔を近づけるようにして言った。
 「まあまあ、寂しかったっていうのは本当だ、なあ、江幻」
 「・・・・まあね。コーヤのいる賑やかな生活に慣れてしまうと、静かな時間というのは寂しい感じがする。珪那も、どこか元気が無いよ
うにみえたし」
 「・・・・・直ぐ戻るのに」
 「ああ、それは分かっていたけどな」
コーヤにとって、この世界で自分が帰る場所は江幻の小屋なのだろう。
その事実に満足した蘇芳は、さてというように一同を見渡した。



 「俺がここに来たのは、コーヤの身体を包む暗闇が見えたからだ」
 「暗闇?」
 「そう。まあ、もう少し厳密に言えば、それは黒じゃなくて、深い緑の色だがな。気の色としてはあまり良くない色だ」
 ついさっきまでは自分をからかっているような様子の蘇芳のいきなり真面目な口調に、紅蓮は思わず自分の手を握っているコーヤの
手を強く握り返してしまった。
 「それは何時見えた」
 「昨夜」
 「昨夜・・・・・」
 「コーヤが王宮に戻ることがあまり良くないことだと玉が教えてくれたんだ。だから、ここに来た」
 「・・・・・っ」
 半ば強引にコーヤを王宮に連れ戻した紅蓮は、言外にその事を非難されているような気がした。江幻や蘇芳、そしてコーヤ本人に
ももちろん話してはいなかったが、三昼夜経っても江幻の森に帰すつもりは無かったということを蘇芳の玉は知らせたのだろうか。
(いや、それくらいの事で・・・・・?)
幾ら蘇芳がコーヤを気に入っているとしても、そんな事で玉が反応するとは考えにくい。そうなれば、自分の考え付かないもっと別の理
由で玉はコーヤの危機を伝えたということだ。
 竜人界でコーヤの存在を知っている者はまだ僅かだ。この王宮にいる者と、江幻の周りの僅かな者だけ。第一、人間であるコーヤ
が竜人に恨まれる事など・・・・・。
(・・・・・いや、まだ、いる)
 「翡翠の玉を盗んだ者か?」
 「・・・・・」
 「翡翠の玉を盗みだし、その片方の玉を人間界へと持ち出した者は、こちらから王族の者が人間界に行くということを予想していた
だろう。そして、その者の代わりに人間が1人、こちらにやってくるということも分かっていたはずだ。その者達がコーヤに危害を加えようと
しているのではないか」
 「分からん」
 「蘇芳」
 考える余地もなくあっさりと言い放つ蘇芳に対し紅蓮は眉を顰めたが、分からないものは分からないと、蘇芳はお前こそどうなんだと
反対に聞いてきた。
 「王宮の外にいる時はそんな様子は見えなかったのに、王宮に戻った途端不穏な空気が見えてきた。これは、王宮の中に何か火
種があるということなんじゃないか?」



 蘇芳のその言葉に、黒蓉は一瞬息が詰まった。
(王宮の中に・・・・・火種が?)
蘇芳は何も知らない。知らないのに、この言葉を言ったのだ。

 【・・・・・神官長・・・・・紫苑に、気を付けてください】

あの言葉は、このことを意味していたのだろうか?
 「どうなんだ、紅蓮」
 「お前は私の臣下達を愚弄する気なのか?この王宮で私に仕えている者達の中に問題があるはずが無い。コーヤが王宮に戻って
不穏な空気を覚ったというのはお前の錯覚だろう」
 「生憎、まだ腕が鈍るほど歳はとっていないんだよ」
 2人の言い合いを遠くに聞きながら、黒蓉はチラッと紫苑に視線を向ける。
 「・・・・・」
その視線を感じたのか、紫苑が黒蓉の方へと顔を向けて・・・・・そのままゆっくりと唇を笑みの形に変えた。