竜の王様




第三章 
背信への傾斜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 チラチラと視線を向けられるのを感じ、昂也は少し考えて自分の両隣を歩く男二人を交互に見た。
(この2人がいるから・・・・・だよな)
思えば、この建物の中では自分は異質な存在で、歩くたびに視線を向けられることも多々あったが、今はその比ではないくらいに多
い。
それは多分、自分と同行しているこの男達のせいだ。
昂也は知らないのだが、コーゲンとスオーの存在はこの竜人界でも有名で、噂だけしか届かない彼らの姿を一目でも見ようという者が
王宮の中にも多いのだ。
 『・・・・・まあ、そのせいで俺が目立たないのはいいんだけど・・・・・一緒にいるだけで見られていたら・・・・・一緒?』
 「ん?どうした、コーヤ、可愛い顔して」
 眉を顰めている昂也の顔を覗き込むようにスオーが何か言った。緋玉を手にしていないので何を言っているのかははっきり分からない
が、その雰囲気で内容が分かる気がする。
 『どーせ、またスケベなことでも言ってるんだろ』
 「せっかく会いに来た時も、抱きついて再会を喜んでくれなかったし。冷たいな、お前は」
 『変なこと言ってないで、ほらっ、早く赤ちゃん達のとこに行こって!』
昂也が2人を連れて歩いているのは、別に彼らを見せびらかしたいというわけではない。2人には、卵から生まれた赤ん坊達と会っても
らいたいと思ったからだ。
本当はそのまま死んでいたはずの卵から生まれた赤ん坊達が、これからちゃんと育っていけるのか、昂也は心配で仕方が無かった。
神官や医者と同等の力を持つコーゲンと、優秀な占術師だという(昂也は今だに疑っているが)スオーが2人いるのなら、赤ん坊達の
未来も分かるかもしれないと思った。
 『あ、スオー、子供の前で変なこと言うなよ?』
一応念を押してそう言ったが、スオーが分かってくれているかといえば不安だった。



 ンギャーッ フギャー!

 「・・・・・これはまた」
 さすがに蘇芳は驚いたように呟き、
 「一度にこんなに多くの赤ん坊を見るのは久し振りだな」
江幻は目元を和らげて微笑んだ。
 「最近は少子化が進んでいるからな」
 「これを孵したのがコーヤだと?」
 「あ、は、はい」
赤ん坊達がいる部屋の中にいた世話係りらしい少年は、江幻の問い掛けに緊張した面持ちで答えている。
 その面影に珪那の姿を重ねた江幻はさらに笑みを深めてその頭を撫でると、扉を開けた瞬間に自分達に、いや、コーヤに向かって
いっせいに這ってきた赤ん坊達を感慨深く見つめた。
 近年の少子化に加え、先王が崩御してからはほとんど新しい生命が生まれることが無かった竜人界の中で、一度にこれほどの卵
が孵化するということは奇跡だ。
(それも、静卵行きだった卵が、な)
 「どう思う、蘇芳」
 「変化があったとしたらコーヤの存在だな」
 「・・・・・何か、誘発する力があるんだろうか?」
 「・・・・・」
 竜人界の中であった変化といえば、翡翠の玉が持ち去られたという事と、人間のコーヤがやってきたことくらいだ。そのどちらに原因が
あるかと考えれば、孵化した瞬間にその場にいたというコーヤの存在に違いない。
 「成長は異常が無い?」
 「は、はい。むしろ、今までの他の赤ん坊達よりも生育はいいそうです」
 「ふ・・・・・む」
 「コーゲン!」
 考え込んでいた江幻に、両腕に赤ん坊を抱き、足元にも纏わり付かせているコーヤが声を掛けてきた。
 「どうしました、コーヤ」
 「コーゲン、なーえ」
 「なーえ?」
 「なーえ、いる。なーえ!コーゲン、スオー、コーシ、コーヤ」
コーヤ自身、自分の言葉が伝わり難いと自覚しているのか、何時も言葉だけではなく身体全体で会話をしようとしてくれる。今も、
両腕に赤ん坊を抱いているが、指先だけそれぞれを指しながら名前を呼んでいき、最後に赤ん坊達に視線を向けた。
何を言っているのかと江幻が想像していると、側にいた、先程コーヤが指差してコーシと言った少年が口を開いた。
 「コーヤは、この子達に名前を付けたいらしいのです」
 「名前・・・・・ああ、それで」
自分達の名前と自分の名前を言った訳を理解して、江幻はコーシに笑い掛けた。
 「では、君の名前はコーシ?」
 「はい、神官見習いの江紫と申します」
 「神官見習い・・・・・では、君の上司・・・・・確か、今の神官は紫苑がなっていると思うが、彼は何と言っているんだ?名付けは神
官の役目でもあるだろう?」
 子供の名付けは、通常は神官の役目だ。
本来は一番位の高い王宮の神官長がその役を担うのだが、ここまで来れない者はその地域の神官達に名付けをしてもらう。
親の意向というよりも、子供達にとって一番良い名前を選択してやるのが一番大切だからだ。
 そして、本来王宮預かりの形になっているこの赤ん坊達の名前は、紫苑が付けてもおかしくは無いのだが・・・・・。
 「紫苑様はもう少し様子を見ようと。静卵の部屋の卵が孵化するのは初めてのことで、きちんと成長するかどうかは分からないからと
おっしゃって・・・・・」
 「成長がいいのに?」
 「・・・・・」
江紫も自分が言っている言葉の矛盾に気付いているようだが、それを判断しているのは江紫ではなく紫苑だ。
(いったい何を考えているんだ?)



 子供を身体中に纏わり付かせて楽しそうに笑っているコーヤは可愛い。
蘇芳はコーヤの色んな顔が見たくて、足元の赤ん坊を片手で軽々摘み上げた。
 『ちょ、ちょっと!赤ちゃんなんだからもっと優しく!』
 「軽いなあ」
 『うわあああ!チューなんかするなってば!』
柔らかそうな頬に唇を寄せようとすると、コーヤは慌てて腕に抱いていた赤ん坊を下ろして、蘇芳が抱いている赤ん坊を取り上げてし
まう。
華奢なコーヤの腕には重そうなほどに丸々と太っている赤ん坊を見れば、今聞こえてきた江幻と少年の会話の中に出てきた、成長
が不安だという言葉は当てはまらないはずだ。
(もっと、他の意味がありそうな気が・・・・・)
 紅蓮に対するそっけなさとは対照的に(これは紅蓮本人も悪い)、かなりコーヤが懐いている様子の紫苑。蘇芳は直接は知らない
相手だが、妙に頭のどこかに引っ掛かるものがあった。
 「江幻」
 「何だ?」
 「少し外すぞ」
 「・・・・・分かった」
 江幻が側にいれば安心だし、仮にも王宮内で誰かに狙われるという事もないだろう。
江幻も蘇芳の意図を正確に読み取って軽く受け流し、コーヤに余計な心配をさせないような行動を取ってくれている。
蘇芳はそのまま、賑やかで明るい気に満ちた部屋から出ると、一変して冷えた廊下に立って少し考えた。
 「さて、どこから行くかな」



 人間に与する異端児の江幻と蘇芳の存在に苛立ちを感じながらも、何も言わない紅蓮を思えば黒蓉は自分が口を出すことは
出来なかった。
そして、紅蓮にはきっと考えがあるのだと思い直す。もしかすればこの機会に、性格には難があるが大きな能力を持つ2人を自分の
臣下にとするつもりかもしれない・・・・・そう思うとその考えが正しいような気がして、黒蓉は多少気持ちのざわつきが落ち着いてきた。
 「・・・・・」
 そのまま先に政務室へと向かった紅蓮の後を追おうとした黒蓉だったが、不意にピタッと歩みを止めた。
 「・・・・・蘇芳、か?」
 「ご名答」
丁度交差している廊下の影から姿を現したのは蘇芳だ。
その側にはコーヤや江幻はおらず、いったい1人で何をしているのだと黒蓉は眉を顰める。
 「探っても何もないぞ」
 「別に、紅蓮の弱みを探そうとは思っていないって」
 「・・・・・では、ここで何をしている」
 「お前に聞きたいことがあって」
 「・・・・・お前に、お前呼ばわりされる仲ではないと思うが」
 「これは失礼。では次期竜王の守役である黒蓉殿、少し時間をいただきたいのですが?」
 言葉だけを聞けば礼儀を踏まえた物言いだが、その表情にはからかいの色が濃く、黒蓉は自分が馬鹿にされているような不快感
を覚えた。



 黒蓉の表情が険しいままなのにも、蘇芳は全く懸念も恐れも抱くことは無い。自分の知りたい事実を教えてくれれば、後は何と思
われようとも構わなかった。
 さすがに廊下で話すことではないと思ったのか、黒蓉は直ぐ側の扉を開いて視線で蘇芳を促してきた。
(確かに、聞かれない方がいいか)
どうやらそこは使われていない部屋らしく、椅子も机も無いガランとした空間が広がっている。
 「話とは何だ」
 扉を閉めるなり早速切り出した黒蓉は、どうやら自分と長い時間を共有するつもりは無いようだ。蘇芳にとっても、昂也のような可
愛い子とならまだしも、自分とそう変わらない体格の、可愛げの無い男といても面白くも何とも無い。
とりあえず用件だけ済ませようと、蘇芳は回りくどい事を一切言わすに核心を突いた。
 「今王宮内で、異質な気を持つ者がいないか?」
 「・・・・・異質?」
 「そうだ。おっと、コーヤがとかは聞かないぞ?あれが人間で、俺達と違う気の持ち主というのは分かりきっている。俺が言っているの
は、竜人で、王宮内にいるはずはない反紅蓮という奴だ」
 「・・・・・」
 その瞬間、黒蓉の表情が僅かに変化したのを蘇芳は見逃さなかった。
 「・・・・・いるんだな?」
 「・・・・・いるはずがない、紅蓮様に反意を持つ者など・・・・・っ」
 「黒蓉」
 「話がそれだけならば失礼する。私はお前と違って暇ではないんだ」
吐き捨てるように言った黒蓉が部屋の中から出て行く後ろ姿を見送った蘇芳は、自分の人選に間違いはなかったことを確信した。
紅蓮の側に常に寄り添い、妄信的とも思える忠誠心を持っている黒蓉ならば、城の中の空気の僅かな変化にも気付いているので
はないかと思ったのだ。
(これは、もうちょっと探りを入れた方がいいようだな・・・・・少し、方向を変えるか)