竜の王様




第三章 
背信への傾斜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 江紫が江幻と合うのは初めてだ。
噂だけは先輩の神官達から聞いて、今自分の上司である紫苑に匹敵する力の主だということは知っている。
どんな人物だろうと想像だけは膨らんでいたが、まさかこんなにも若く、そして穏やかな笑みを浮かべる主だとは思わなかった。
(紅蓮様と同じ、赤い瞳をされているなんて・・・・・)
 赤い瞳と髪を持っているこの人物が、実際どれだけの力を持っているのかは分からない。それでも、彼が人間のコーヤに対してこれほ
ど優しい眼差しを向けていることには、ただただ驚くしかなかった。
 「江紫、紫苑は今どこに?」
 「多分・・・・・神殿の方だと」
 「分かった。コーヤ」
 江紫の答えを聞いた江幻は、赤ん坊達の真ん中に座って笑っているコーヤを呼ぶ。
 「コーゲン?」
 「紫苑の元へ行こうか」
 「シオン?」
 「私が見たところ、この子達の成長や纏っている気に異常は見られない。もしも、忙しいという理由だけなら、私が・・・・・いや、お前
が名付け親になってもいいし」
 「こ、江幻様っ?」
竜人界の未来を担う大切な赤ん坊達に、人間のコーヤが名前を付けることなど許されるはずが無い。
江紫は慌てて江幻に進言しようとしたが、口を開く前に江幻の方が江紫を振り返って言った。
 「大丈夫、きっとコーヤはいい名前を付けるはずだ」
 「で、でもっ」
 「ねえ、江紫、コーヤが連れていた角持ち、あの子の名前もコーヤが付けたんだよ?相手を思いやりながら考えることに悪い意味な
ど無い。お前はコーヤを人間だからと思っているかもしれないが、コーヤの方はどうだろうか?私達を竜人だからと区別しているように感
じる?」
 「・・・・・」
 嘘は、付けなかった。
確かにコーヤは最初こそ戸惑った様子を見せていたが、直ぐに自分の方から江紫達の方へと歩み寄ってきた。そこに打算などは感じ
られず、純粋に自分達と交流したいというコーヤの感情が伝わってきた。
 頷くことも否定する事も出来ない江紫の頭を、江幻は再び優しく撫でてくれた。こんな手の感触は初めて感じる。
(私は・・・・・)
幼い頃に能力を認められて王宮に召し上げられた江紫は、親との触れ合いもあまり無かった。紫苑は優しく接してくれるが、それでも
こんな風に触れてくることは無い。
 「自分の信じるものを無理に否定する事はないよ、江紫」
 初めて会うのに、自分の心を見透かし、それを否定することなく力付けてくれる江幻に、江紫は畏怖だけではない感情を抱きつつ
あった。



 「紫苑の元へ行きましょうか」
 シオンという名前と、今の話の前後を合わせて考えれば、どうやらコーゲンは赤ん坊達の名付けの件で紫苑と掛け合ってくれるよう
だ。
もちろん直ぐに昂也は頷いて、赤ん坊を床に下ろし、また後でと手を振りながらコーゲンと共に部屋を出た。
 『シオン、直ぐに分かってくれるといいけど・・・・・』
 「それにしても、あれだけの赤ん坊がいると賑やかですね」
 『グレンは頭が固いからなかなか俺の話を聞いてくれないだろうけど、シオンは結構話が分かってくれるから大丈夫か』
 「皆、コーヤに懐いて・・・・・よほど慕っているようだ。少し妬けますね」
 『そういえば・・・・・あ!!』

 ググゥ~

 「・・・・・コーヤ?」
 急に立ち止まってしまった昂也に合わせて足を止めたコーゲンは、どうしたのだというように顔を覗き込んでくる。
 「・・・・・ごあん・・・・・」
 「ゴアン?・・・・・ああ、もしかしたら食事がまだだった?」
食事や寝ることに関しての言葉なら本能的に聞き取れる昂也は、コーゲンの言った食事という言葉に激しく頷いて見せた。
今日は起きぬけにコーゲンとスオーの来訪のことでバタバタとして、今お腹が鳴るまでそのことを全く忘れてしまっていたのだ。
 「ゴアン・・・・・ぺっこり・・・・・」
 気付いてしまった瞬間からグーグーと煩く鳴り出した腹を押さえてしまったコーヤを見て、コーゲンはいきなりプッとふき出した。
 「くくっ、こんな緊迫した空気だというのに・・・・・」
 「コーゲン?」
 「いいね、コーヤは・・・・・すごく、いい・・・・・」
何かを言いながら、それでも笑い続けるコーゲンを見て、昂也はいったい自分の何が彼の笑い上戸に火をつけたのか分からなかった。
眉を下げ、情けなさそうな顔のまま、コーゲンの顔を見ていると、

 キュルルル~

再び、タイミングよく腹が鳴った。
すると、コーゲンは先程よりも激しく笑い出してしまい、昂也はどうしようかと廊下の真ん中で立ち尽くしてしまった。



 黒蓉と別れた蘇芳は、そのまま足を兵舎の方へと向けた。
ずっと以前、一度だけ来たことがあるこの王宮の間取りを、蘇芳は忘れずに覚えていたのだ。
 「さてと・・・・・あ、ちょっと」
 そして、丁度通り掛った巡回の衛兵に声を掛けた。
初めて見る顔にとっさに警戒を強くしたらしい衛兵に、蘇芳は人を食ったような笑みを浮かべたまま続ける。
 「蒼樹はどこにいる?」
 「・・・・・副将軍に何用だ」
 「ああ、あいつ、副将軍にまでなってたんだ。えらく出世したもんだなあ、あんなことがあったのに」
 「あんなこと?」
蘇芳の言葉に引っ掛かった衛兵がさらに追求しようとした時、荒々しい足音が2人の方へと近付いてきた。
(お、来た来た)
 少し前からその男の気配を感じ取っていた蘇芳だったが、向こうはまるで蘇芳の動きを見張るかのように動かなかったので、向こうか
ら顔を出してもらうように禁句を言ってみたのだ。
案の定、男はこれ以上蘇芳を喋らせないというように直ぐに行動してきた。
 「その男の用件は私が聞こう」
 「将軍っ?」
 「お前は任務に戻れ」
 「はっ」
 多分、蘇芳の言葉が気になって仕方がないのだろうが、衛兵は将軍である浅緋の言葉には逆らえずに直ぐに踵を返す。
その姿が見えなくなるまで背を見送ってから、浅緋を蘇芳を振り返った。
(お~お、視線だけなら俺を殺せたかもしれないな)
 浅緋が紅蓮に忠誠を誓っているのとは別の意味で、蒼樹に妄信的な思いを抱いていることを知っていた蘇芳は、射殺すような激
しい眼差しを向けられても少しも意にかえさなかった。
 「このような場所で不用意なことを言うのは止めていただこう」
 「どの言葉が不用意なのか分からんな」
 「蘇芳!」
 「俺はただ蒼樹に会って話がしたいだけだ」
そう言って口元を緩めた蘇芳に、浅緋は奥歯を噛み締めた。



(なぜ、蘇芳が蒼樹殿に・・・・・)
 「用件は」
 「昔のことをちょっと聞こうと思ってな。父親が謀反を・・・・・」
 「黙れ!」
 浅緋は鋭くその次の言葉を制した。
(そのようなことを王宮内で発言したらどうなるか・・・・・っ)
 蒼樹の父聖樹が、自分の息子を竜王候補にたてて、当時の竜王であった紅蓮の父に反旗を翻したのは埋もれるほどの過去の
話ではない。
今だそのことを覚えている大臣や長老の中では、蒼樹が紅蓮に忠誠を誓っているのは見せ掛けで、いずれは父親のように紅蓮に対
して謀反を企てるのではないか。今のうちに、副将軍という大任から下ろした方がいいのではと言う者も少なくないのだ。
 「私で分かることは答える」
 「・・・・・会わせてくれないのか?」
 「お前の真意が分からぬ限りは」
 「・・・・・」
 きっぱりと言い切ると、蘇芳は少し考えるように黙り込んだ。
蘇芳・・・・・噂では、紅蓮と血が繋がっている兄弟ではないかと言われている男だが、浅緋からすれば紅蓮が持っているような王者の
気を蘇芳は持っていないと感じる。
ただ、その代わりのようにこの男が持っているのは不気味なあやふやさだ。かなりの力を持っているはずなのに、その力を何の為に使う
か分からない素養を持っているのが怖い。この男が本気を出せば、もしかしたら紅蓮に匹敵する何かを見せるのではないか・・・・・そ
んな恐れさえ抱かせるのだ。
 「蘇芳」
 「お前は変わらないな、浅緋。昔から直情で、正義感が強い。その上、守るべきものがあるんだからな、俺でもやっかいだと思う相手
だよ」
 「・・・・・人のことが言えるのか」
 「あの騒ぎの後、お前だけは蒼樹に対しての態度は変わらなかった。もちろん、紅蓮や他の四天王達もそうだったが、お前だけは思
いの種類を変えなかった・・・・・いや」
 「蘇芳、止めろ」
 「多少は変わったかもしれないがな」
 「・・・・・分かった、とにかく私が話を聞く」
 王宮の廊下という、何時誰が通るかも分からない場所でこれ以上蘇芳に喋らせてはならないと思った浅緋は、そのまま男を自分の
私室へと連れて行こうと思った。しかし、
 「遅かったな、浅緋」
 「何?」
 「待ち人が向こうから来た」
 「!」
 蘇芳の言葉にパッと振り向いた浅緋は、何時もの無表情のままこちらへと向かってくる蒼樹の姿を見付ける。自分では出来るだけ
冷静に蘇芳と対峙していたと思っていたが、蒼樹の気配に全く気付かないほどに惑乱してしまっていたようだ。
(くそっ、蒼樹殿には会わせないつもりだったが・・・・・っ)
 「先程すれ違った衛兵が見慣れない男がいたと言っていたが・・・・・お前だったか、蘇芳」
 「久し振りだな、蒼樹。相変わらず美人で、いい目の保養が出来る」
 「馬鹿なことを言ってないで、いったい何を考えてふらついているのか答えろ」
 「お前に会いたくて、ね」
 「・・・・・私に?」
 蒼樹は少しだけ眉を顰めて意外そうに呟く。
その姿を見ながら、浅緋は絶対自分も同行することを強く心に決めていた。






                                        






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