竜の王様




第三章 
背信への傾斜



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※ここでの『』の言葉は竜人語です





 突然現れた朱里という少年がどんな男なのか分かるまで、いったん引いた方がいいのかもしれない・・・・・龍巳はそう思ったのだが、
碧香はそうではなかったらしい。
 パッと顔を上げると、碧香はいきなりその場に片膝を着き、そのまま両手の平を地面に着けた。
 「碧香?」
 「気を追いかけてみます」
 「そんな事が出来るのか?」
 「・・・・・あの、朱里という人間の方は分かりませんが、一緒にいた竜人、浅葱といった者の気は追うことが出来ると思います」
そんな事も出来るのかと、龍巳は驚いたように碧香を見た。
(・・・・・分かる・・・・・力が増幅しているのが・・・・・)
碧香の気が膨らんでいくのを龍巳も感じた。それは、何時もの穏やかで優しい碧香のものとは違う気質のものだ。
(もしかしたら、碧香は攻撃の力は小さくても、別の力はかなり大きいのかも・・・・・)
 生まれた時から、王位には就けないと決まっていた第二王子。碧香の話では、長兄紅蓮は竜王としての資質を十分に持っている
というが、第二王子である碧香にはそれを補佐するような力が備わっているのではないか。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 龍巳は碧香の肩に手を置いた。
まだどういう風に力をコントロールしていいのか分からない龍巳だったが、自分の気を碧香に注いで出来るだけ手助けをしたいと思った
のだ。
(せっかくの手掛かりを見過ごすわけにはいかない・・・・・っ)



 集中させていた自分の気の中に、新たな熱い気が加わった。それが龍巳のものだということは、何時も側にいる碧香には直ぐに分
かった。
直ぐに振り返って礼を言いたかったが、碧香はその感謝の気持ちを胸に抱いてそのまま浅葱の気を追う。
(見失わないようにしなければ・・・・・っ)
 かなり大きな力を持っているらしい浅葱は逃げる端から自分の気を消していっている。その瞬間を捕まえて追いかけるのは力と同時
に随分神経も使うが、碧香は諦めずにそれを追い続けた。
 「・・・・・っ」
(おかしい・・・・・)
 先程から思っていたことだが、浅葱は転々と移動をしているようでいて、気はこの場から離れていかないのだ。
この山の中を常に動いている・・・・・それはどういう意味なのだろうか?
 「・・・・・東苑」
 「見付かったのか?」
 「・・・・・ここに、あるかもしれません」
 「え?」
 「王にだけ反応するという翡翠の玉は、今まで王宮の外に持ち出されることはありませんでした。見ることが出来るのも王族と神官
長くらいです」
 碧香が見た翡翠の玉とは、碧香の両手で抱えるくらいの少し大きなもので、実際に持ち上げたわけではないので重さは分からな
い。
(あれを持ち出すことが出来たから、てっきり容易に持って移動をする事も出来ると思っていたけれど、もしかしたら一度動かせば、次
に動かすのは難しい物という可能性もあるかもしれない)
 「この周辺から、気が絶えることが無いのです」
 「ここから?じゃあ、逃げていないっていうことか?」
 「はい。彼らも私達と出会ったことは想定外のことのはずです。本来ならば仲間の元にもどり、その対策を考えるのではないでしょう
か?それをせずにこの辺りから去らないという事は、この地から離れられない要因があるということで・・・・・」
 「それが、玉ってことか」
 「どう思いますか?」
自分の考えが当たっているのかどうか、碧香は顔を上げて龍巳を振り返った。



(確かに、碧香の言うことも考えられるな)
 父の言葉に後押しをされるように再びこの地にやって来たが、本当に竜人と再会するとは思わなかった。
一度姿を見られてしまった場所に、あえている理由。それも、次期竜王候補だという少年、朱里も連れてだ。
 「・・・・・それは、考えられるかもしれない」
 「東苑」
 「碧香が俺の前に、あの滝壺に現れたように、この場所にも意味が・・・・・もしかしたら竜人界と繋がる何かがあるのかもしれない。
碧香、それは感じ取れるか?」
 「・・・・・やってみます」
 龍巳の言葉に力を得たのか、碧香は再び地に着けている手に力を集中させる。
龍巳は探索は碧香に任せると、自分も目を閉じて・・・・・朱里の存在を探った。
(絶対に、見付けてみせる・・・・・っ)
竜人の事は、悔しいが龍巳には分からない。いくら遠い昔の竜の血を受け継いでいるからとはいえ、見知らぬ気を探るにはまだ時間
が掛かってしまうだろう。
 しかし、朱里なら、同じ人間の気ならば追いかける事が出来そうな気がした。
(あの2人は一緒に移動しているはずだ。どちらかでも気を捕まえる事が出来れば・・・・・っ)





 ・・・・・・・・・・

 どのくらい時間が経っただろうか。
実際は5分も経っていないだろうが、それぞれに目的のものの気を探っていた2人だったが、いきなり碧香が立ち上がって叫んだ。
 「見えましたっ、水があります!」
 「水?」
 「はいっ、この場所よりももう少し奥に行った地面の地下に清い水があるはずですっ」
 竜人界と人間界を繋ぐには、清浄な水が必要だった。龍巳の家があるあの山の滝壺は、代々竜人の血を引く者が守っていたせい
か穢れが無く、だからこそ碧香もその地に現れることが出来た。
 この山に来た時、浅く少量の水が流れている川は見たが、とても移動が可能なほどの水量ではなく、ただ単に移動する途中でこの
地に現れただけだと思っていたが、どうやらその水は確かにこの地にある。それも、地下だ。
 「行こう!」
 「で、でも、もしかしたらそこには・・・・・」
 叔父である聖樹がいるかもしれないと思うと、碧香の身体は直ぐには動くことが出来なかった。
先日、久し振りに会った聖樹の気は以前よりもさらに大きく感じたと同時に、暗い負の要素もあって、碧香はもう一度聖樹と対峙す
ることが怖くて仕方が無いのだ。
(叔父上が、本当に竜人界を、兄上を憎まれていたとしたら・・・・・)
 その憎しみが向かう相手が自分だけならいいが、何の落ち度もない龍巳にまで向けられたらと思うと、安易にこのまま向かってもいい
のかという迷いが出た。
 しかし、そんな碧香の迷いを、龍巳は直ぐに打ち消してきた。
 「大丈夫!」
 「東苑」
 「大丈夫っ、俺達2人で向かえば何とかなる!」
根拠の無い言葉なのだろうが、不思議とその言葉は碧香の胸を突き刺す。
 「碧香、このまま向かわないと、もしかしたらあるはずの玉を持ち去られてしまうかもしれないっ。このタイミングを外すな!」
 「・・・・・はいっ」
 このまま無傷で、あの居心地のいい場所に帰れるかどうかは分からないが、引けば絶対に後悔をすることは分かっている。
(私が傷付くのは構わないし・・・・・東苑も絶対に守る!)
この優しい人間を、絶対に自分が守るつもりだった。



 「そこを、真っ直ぐ!」
 碧香の手を引き、龍巳は山道を走っていた。
出来れば碧香を抱いて走りたかったし、今の自分ならばそれは可能なほどの腕力も脚力もあるのだが、地面に足が(体の一部)が
付いていた方が場所がはっきり分かるというので、手を引いての移動になっている。
 碧香もかなり早く走っているので、移動時間がどうのという問題ではないのだが、石や枯れ枝が碧香の足を傷付けるのが(裸足で
走っている)心配だった。

 「私達は人間よりも痛覚が鈍いのですよ」

 以前碧香はそう言っていたことがあったが、初対面の時、鱗を自分の胸元に突き刺した時の苦悶の表情を忘れた事はなかったし、
それ以降も身体が弱いらしい碧香は度々倒れている。
心痛ということもあるだろうが、外見的にほとんど人間とは変わらない碧香が、痛みだけに感覚が鈍いということは考え難かった。
 「・・・・・っ」
 時折、碧香が痛みを堪えていることが、握り合っている手を通じて伝わってくる。
どうにかしたいが、多分自分の言うことなど聞かないという碧香の頑固な面も分かるので、龍巳はとにかく少しでも早く目的の場所に
着くように走り続けた。



 そして、頂上にあと少しという所まで辿り着いた時、
 「ここです!」
足下に目的の気を見付けた碧香が叫ぶと、龍巳は立ち止まって辺りを見回した。
これほどに起伏のある山を走ってきたというのに、息を上げることも無く、気も直ぐに集中させている。
 「・・・・・水の音は聞こえないな」
 「でも、確かにこの辺りです」
 開けた場所ではなく、木も、草も鬱蒼と茂っている場所。
碧香の足の下には確かに清浄な気を感じるのだが、龍巳が言うように目で見る限りは水の気配はなかった。
(でも、確かにこの足の下なのに・・・・・っ)
 「・・・・・碧香、ちょっとここにいて」
 「え?」
 不意にそう言った龍巳は、碧香の手を離して歩き始めた。
 「東苑?」
何かを探すように、それでいて確信したような足取りで歩いていた龍巳は、少し離れた大きな岩の前で立ち止まり、そこに屈んで草な
どを手で払っている。
 いったい何をしているのかと近付き掛けた碧香は、
 「見付けた」
龍巳の声に、思わず駆け寄った。
 「東苑、何があったのですかっ?」
 「ここ、ほら」
 「・・・・・あ」
岩と岩の重なった場所で、少し分かりにくいが、確かに暗黒の穴が口を開いていた。