竜の王様




第三章 
背信への傾斜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 蒼樹が蘇芳を連れて行ったのは自分の執務室ではなく、武器庫である地下倉庫だった。
 「このような場所で悪いが、あなたと共にいるところをあまり見られたくないもので」
 「構わないよ。・・・・・まあ、邪魔者は気になるけど」
彼が言うのは、最後にここに入って扉を閉めた浅緋のことだろう。
蒼樹は特に付いてきて欲しいと思ったわけではないが、かといっていても邪魔だと思うことは無い。いや、むしろここに第三者がいた方
がいいかもしれないと思った。
(余計な疑いをかけられるよりはな)
 昔、父親が謀反を企てた息子である蒼樹と、現王族に反意を抱いているとされる蘇芳。この2人が共にいて何かあると勘繰られて
も仕方が無いが、そこに浅緋がいたならば・・・・・四天王の1人である彼ならば、潔白を証明する証人としては十分だろう。
 「それで、話とは何だ」
 それでも長時間この男といる気は無かった。蒼樹にとって、蘇芳は理解し難い人物だからだ。
 「コーヤの周りに不吉な気を見たことは話したな」
 「ああ」
 「どう考えても、それはこの王宮に関係があると出ている」
 「・・・・・どういうことだ」
 「この王宮の中にいる人物がその不吉な気を出している・・・・・つまり、コーヤがしている翡翠の玉探しに害となる気を・・・・・それが
どういうことか分かるか?」
まるで自分を試すように言う蘇芳の言い方が気に食わず、蒼樹はきつい眼差しを向けた。
 「遠回しな言い方は止めてもらおう」
 「じゃあ、言わせてもらう。この王宮の中に裏切り者がいると感じないか?」
 「裏切り者?」
 「そう。紅蓮が王になることを良しとしない者、王族に反意を持つ者・・・・・蒼樹、心当たりは?」
 「・・・・・それが私だと言うのか」
 「俺はただ聞いているだけだ」
 そんなものは知らない。
先王亡き今、蒼樹は紅蓮と碧香を守ることだけを誓い、副将軍という地位を拝命しているのだ。昔、父親が先王に対して刃を向
けたことは、蒼樹にとっては関係のないことだった。
 「私には分かりかねる。だが、紅蓮様を疎ましく思う者など、この王宮内にいるはずが無い」
 王宮の中の事を知るはずも無い蘇芳がたかが占いで見た気配など、蒼樹はそのまま信じることは出来なかった。



 「もういいな」
 まるで睨み合うように向かい合っている蘇芳と蒼樹の間に割り込んだ浅緋は、話は終わっただろうと言い切った。
これだけ紅蓮に忠誠を誓っている蒼樹に疑いの言葉を掛けるだけでも許し難い。
(大体、紅蓮様はこいつと江幻殿の入城を許されたわけではないのに・・・・・)
強引に訪れ、そのままコーヤと会い、今、ここにいる。本来ならばこんな奥まで通される事を許される身ではないのだ。
 「浅緋」
 「なんだ」
 「報われないのに大変だな」
 「・・・・・」
 「少し見ない間に、蒼樹の美しさには磨きがかかっているみたいだし、求婚者はひきりなしにあるんじゃないのか?」
 「うるさ・・・・・っ」
 「浅緋、挑発に乗るな」
 何かを暗示するかのような蘇芳の言葉にかっと頭に血が上った浅緋だが、蒼樹はそんな浅緋を宥めるようにそっと腕に手を置いた。
 「蘇芳、話は終わった。さあ、ここから出てもらおうか」
 「はいはい、お忙しい将軍や副将軍の時間を取らせてすみませんね」
 「・・・・・っ」
(忌々しい奴・・・・・っ)
多分、蒼樹が言うように、蘇芳はわざと自分を怒らそうとしているのだろう。それが、冷静過ぎる蒼樹にあてつけたものか、それとも他
に意味があるのかは分からないが、これ以上蘇芳といても何の意味も無いと思った。
 蘇芳もこれ以上は何も言う気が無いのか、わりと素直に部屋の外に出て行く。
そのまま3人が先程顔を合わせた場所にまで戻ってきた時、偶然紫苑に出会った。
 「浅緋、蒼樹・・・・・蘇芳殿?」
 「ああ、これは神官長」
恭しく・・・・・とは、とても思えない蘇芳の口調に、紫苑はゆっくり頭を横に振った。
 「私の力など、江幻殿に遠く及びません。本来ならあの方が神官長となるべき方なのですが・・・・・」
 「何を言う、紫苑。あんなのらりくらりとした放蕩者より、真面目なあなたが神官長に相応しい。謙遜しても、そ奴は言葉通りにとっ
てしまうぞ」
浅緋が真剣にそう言っても、紫苑は苦笑を浮かべるだけだった。



 ここで蘇芳に会ったのは何の運命か・・・・・内心しまったと思いながら、紫苑の表情は変わることはなかった。
そして、どうやら気配に敏い蘇芳も、紫苑の動揺には気付かなかったようだ。いや、たとえ気付いたとしても王宮内をウロウロしている
蘇芳と出会うこと自体が驚くことだという風に取ったのかもしれない。
 「紫苑、どちらに行かれる?」
 「所用で少し外へ。日が暮れる前には戻ります」
 「供は?江紫か?」
 「いいえ、私1人ですが」
 「では、兵を数人連れて行くよう手配しよう。今の時期、何があるか分からぬからな」
 王宮の中にも不審者がいると言う浅緋の視線の先には蘇芳がいる。どうやらこの2人は合わないようだ。
 「浅緋、私も四天王の端に名を連ねる者、それほど簡単に何かあるということはないと思いますが」
 「紫苑、浅緋の言う通りにしてやったらどうだ?大きな図体に似合わず、神経が細かいようだから、余計な心配はさせない方がい
いだろう」
 「・・・・・そうですか」
ここで、強く否定する方がおかしいかもしれない。
紫苑はただの兵士ならば何とかなると、浅緋が言うように同行を頼むことにした。
(早く、善後策を考えなければ・・・・・)
 少しずつ、計画がズレてきている。
碧香と入れ替わりに来る人間が、コーヤのような少年だったことが、先ず紫苑にとっては誤算だった。もっと利己主義な、醜い心の持
ち主ならば、全く罪悪感を感じることはなかった。
 そして、江幻と蘇芳の存在。
まさか、彼らが玉探しに協力をするとは思わなかった。
(全て、コーヤの存在か・・・・・)
こんな人間がいると、もっと早く知りたかった。



 どうやら紫苑とは入れ違いになったらしく、コーヤは残念そうに眉を下げていた。
その表情は愛らしかったが、あまりに表情が崩れているとコーヤが怒ることも分かっているので、江幻は直接紅蓮のもとへ行こうと提案
した。
考えれば、名付けは神官長がつけたとしても、今回は多分紅蓮が否と言えば通らないということだろう。
 「紅蓮の元に行った方が早いだろうし」
 「グレン?」
 「そう。コーヤが頼めば、紅蓮は頷くだろうし・・・・・ね」
 『?』
 「・・・・・」
(本当に、見ていると笑えるくらいなんだけれどね)
 紅蓮が相当コーヤを意識しているのは分かる。本人は、多分そう自分が思っていること自体腹立たしいのだろうが、どう無視しよう
としてもその眼差しはコーヤの姿を追っているのだ。
 コーヤを気に入っている江幻としては、紅蓮の思いはあまり面白いものではない。今の状況でコーヤが紅蓮を・・・・・と、言うことは考
えられないし、反対に紅蓮も他の者に自分の複雑な思いを覚らせようとはしないだろうが、それでも万が一という事がある。
(紅蓮にみすみすコーヤを渡すことなんて・・・・・するわけがない)



(シオン、どこ行っちゃったんだろ)
 意気込んでいただけに、昂也はシオンの不在にガックリとしていた。それでも、大切な用があるらしいということを聞けば、自分が急に
思い付いた用件で足止めをする事も出来ない。
 「紅蓮に頼みましょうか?どちらにせよ、彼が頷けばそれで済むだろうし」
 落ち込んだ昂也を宥める為か、どうやらコーゲンはグレンに会いに行こうと提案したらしい。
その名前と仕草でそう感じた昂也は、少し考えて頷いた。
(そうだよな、グレンが決めてくれるのが一番早いかも)
 まだ名前を付けていないからといって、グレンがあの赤ん坊達を蔑ろにしているかと思えばそうでもないらしい。頼めばうんと言ってくれ
るような気もして、昂也は意識を切り替えた。
 『でも、あれだけの人数がいるし、なかなか直ぐには決められないかも』
 「紅蓮はかなりコーヤを気に入っているようだけれど」
 『兄弟とは違うから、みんなバラバラな名前にするのかな』
普通、人間がそれぞれ苗字が違うように、竜人も名前に付いて何か決まり事があるかもしれない。
(あ、俺、青嵐の名前、好きな響きで付けちゃったけど・・・・・良かったのか?)
 『グレン、改名しろなんて言わないよね?』
 「まさか、昨日戻って直ぐに手を出されたなんてことはない?」
 『あ、そういえば、男とか女とかって性別、生まれた時からあるわけ?青嵐は一応チンチンあったけどさ』
 「・・・・・」
 『・・・・・ねえ、俺の話、通じてる?』
 「・・・・・ん〜、どうやら、私達の話は噛み合ってない気がするんだけどね」
 互いが勝手なことを言い合っている・・・・・そう思った昂也がコーゲンの顔を見上げると、コーゲンの方もコーヤを見下ろしていて。
2人は視線が合うと思わず笑ってしまった。
今もコーゲンは緋玉を持っているが、出来れば重大な話し合いの時や、最大のピンチまでは使わないでおきたいと思っていることはコ
ーゲンにも伝えているのだが、こんな風にあまりにも話が食い違っている雰囲気を感じるとどうだかなと思う。
自分の我が儘だけを通さない方がいいというのも分かるのだが・・・・・。
 そんな事を考えていた昂也に、コーゲンが不意に訊ねてきた。
 「コーヤ」
 「?」
 「紅蓮のこと、嫌い?」
 試しにでも好きだと言われるのは面白くないのでそう聞くと、コーヤは少し首を傾げた。
(グレンが好きかって?)
食べ物のこともあり、好き嫌いの単語は覚えている。どうしてそんな事を聞かれるのか分からないが、昂也は誤魔化すことなく答えた。
 「グレン、きあい」
 「・・・・・」
 「こあくて、がんこ。グレン、にあて」
顔を顰めながら言う言葉は、幼い子供のものに近いが意味はちゃんと通じたようだ。
 「そうか、苦手か」
なぜか、頬がにやけていたコーゲンは、それを誤魔化すかのように自分の頬をペシッと叩いた。