竜の王様




第三章 
背信への傾斜








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 人間とは違い、母親の胎内から卵として生まれる竜人。
1,2ヶ月はその姿のまま卵が大きくなり、やがて卵は孵化し、ヒト型として生まれ出でてくるのだが、中には半年以上経っても、孵化
しない卵がある。
 父母の相性が悪い場合や、先天的な病を抱えているもので、それらの卵は神殿に集められ、それから更に孵化を促すが、そこで
孵化するのはほとんど無く、1年以上経った卵は静卵の部屋に入れられ、神官長が魂を沈める祈りを捧げて、地下神殿にある聖泉
の中に沈めるのだ。

 静卵の部屋というのは、いわば卵の棺といってもいい。



 「じゃあ、前の王様が亡くなってから、卵の数も少なくなったんだ・・・・・ですね」
 「紅蓮様が竜王になられれば、それも変化するはずだ」
 「ふ〜ん」
 大変なんだなと、暢気な事を言うコーヤを、黒蓉は眉を顰めて見下ろしていた。
(・・・・・なぜ、私はこの人間と触れていなければならないのか・・・・・)
会話を成立させる為には、共に緋玉に手を触れさせなければならない。しかし、それは人間を厭う黒蓉にとっては苦痛なものだった。
いや、苦痛・・・・・とは、また少し違うかもしれない。胸がざわめいて、とにかく触れている手が気になって・・・・・どちらにせよ、この人
間の少年は自分にとっては負の存在でしかないように思えた。

 ・・・・・ぎゃぁ

 「あっ」
 微かな、赤ん坊の声が耳に届いてきた。
それはコーヤも聞こえたようで、途端にその声の方向へと走り出す。
 「コーヤッ?」
思わず舌打ちをうった黒蓉も、コーヤの後を追い掛けた。



 ぎゃあっ、おぎゃぁ

 『ここかっ?』
 昂也は声が聞こえる方向へと一生懸命に走った。整然と並ぶドアがそれぞれどんな部屋かは全く分からないが、それでも不思議と
自分が呼ばれている方向が分かるのだ。
 『あ!』
(ここだ!)

 ぎゃあっ、おぎゃぁ

 ドアを開けた瞬間、昂也は思わず目を丸くしてしまった。
 『ほ、本当に、あの時の・・・・・赤ちゃん、達?』
呆然と立っている昂也の足元に、我先にと近付こうとしてくる赤ん坊達。
あの時生まれた8人(?)の赤ん坊達は、生まれてまだ半月も経っていないはずだ。しかし、人間の赤ん坊と比べてもその成長はか
なり早いようで、もう這って自在に動き回っている。
(そ、そういえば、青嵐も成長が早いって思ってたけど・・・・・)
 外見は人間に似ていても、やはり何かが違うのだろうか。
 「ぎゃあ」
 「あうぅ」
 「きゃぁぅ」
 『・・・・・かわいーーー!!』
だが、心の中に生まれた疑問など、昂也の頭の中から瞬時に抜け落ちてしまった。赤ん坊達は、とにかく可愛い。
肌が透けるほどに薄い衣からは、生まれた時にも見えた鱗のようなものはまだ見えているし、尻の部分が少し盛り上がっているのは尻
尾があるのだろう。
耳も先が少し尖っていて、八重歯のような小さな歯が牙のように口から覗いている姿は以前と変わらないままだが、明らかに成長して
いるのが目に見えて分かった。
 『俺のこと、覚えてるのか?』
 「んぎゃあ」
 『そっか』
 昂也は満面に笑みを浮かべ、その場に跪く。すると、たちまち身体を赤ん坊達に囲まれてしまった。
膝に乗り上げてくる者、背中に覆い被さってくる者、腕にしがみ付いてくる者。
8人もいるので一度に全員を抱く事は出来ないが、それでも1人1人(?)を順番に抱き上げ、ぎゅうっと(それでも加減して)抱きし
めた。
人間の赤ん坊ならばミルクのような匂いがするはずだが、この子達は・・・・・。
(これは、多分・・・・・花?)
少しだけ甘い香りに、昂也は思わず頬を緩める。
(これが、竜の赤ちゃんの匂いかあ)



 「・・・・・」
 部屋の中に広がっている光景に、コーヤの後を追いかけて来た黒蓉は思わず足を止めてしまった。
(どうして・・・・・人間にこれ程懐いている・・・・・?)

 久し振りに孵化した赤ん坊は、大切に大切に管理される事になっていた。
本来は葬られるしかなかった卵。それぞれの親達も諦めていたのでその喜びようは大きかったが、これまでになかった誕生に用心をす
る為、もうしばらく王宮で育てる事になっていたのだ。
 随分時間が経ってからの孵化に、その成長は危ぶまれはしたものの、その懸念を全て覆すように赤ん坊達は順調に育っていたが、
何時もはもっと静かで大人しくしていたのだが・・・・・。
(なぜに、これ程・・・・・)
 『何だよ、お前達〜。はは、くすぐったいって!』
 「・・・・・」
 『え〜と・・・・・あれ?何て名前だ?お前達』
 身体中に赤ん坊を纏わり付かせて笑っているコーヤは、屈託無くわけの分からない言葉で話し掛けている。
意味など通じるはずがないと分かっているのに、赤ん坊達の表情が嬉しそうなのは・・・・・それも気のせいなのか?
刺激を与えないように、黙って静かに世話をしている神官達よりも、こんなガサツな人間の方が気に入っているというのだろうか。
(いや、まさかっ)
 竜人の子供が、世話をしてくれる竜人ではなく人間の方に懐くなどありえるはずが無い。
黒蓉は軽く頭を振り、今の考えを捨て去ろうとした。



 「あ!コーヤッ?」
 『あ?』
 いきなり名前を呼ばれた昂也が振り向くと、丁度入口に立っているコクヨーと・・・・・青嵐を抱いているコーシを見た。
 『青嵐!』
 「あうぅ」
 「こ、こらっ、暴れないように!」
コーシの腕の中で青嵐は手足をバタバタと動かしている。ここにいる赤ん坊達よりもひと回り大きく見える青嵐を抱えるコーシはかなり
不安定な格好で、昂也は思わず立ち上がると、足元の赤ん坊達を踏まないように気をつけながら、コーシの側に行って両手を差し
出した。
 『青嵐、おいで』
 「こー」
 『何だよ、お前、俺が分かるのか?』
 泣き声がただそう聞こえただけかもしれないが、青嵐が自分の顔をちゃんと分かっていることが嬉しくて、昂也はコーシから青嵐を受
け取ると、そのままぎゅうっと抱きしめる。
その途端、まるで自分もというように、足元の赤ん坊達がいっせいに泣き出した。
 『何だよ、俺、モテモテじゃん』
 もちろん嫌だと思うことも無く、昂也は再びその場に腰を下ろす。
今度は8人(?)全員が自分に触れられるようにと足を伸ばすと、わらわらと赤ん坊達は再び昂也に寄ってきた。
 『なあ、この子達の名前は?』
 「な、何を言っているのですか?」
 『あ、そっか。言葉分かんないんだっけ。・・・・・ちょっと、こっち』
赤ん坊に纏わりつかれて動けない昂也は、コーシに向かって手招きをしてみせる。
コーシは戸惑っていたようだったが、やがてゆっくりと近付いてきた。
 『手、貸して』
 「え?」
 『ほら!』
 片手で青嵐を抱え直し(重くなっているので大変だが)、空いた手で胸元に入れていた緋玉を取り出して床に置くと、
 「あっ!」
コーシの手を引っ張って強引に座らせ、そのまま緋玉の上に一緒に手を重ねた。
 『俺の言葉、分かる?』
その瞬間、コーシの目が見開かれ・・・・・微かに声を震わせて答えてくる。
 『わ、分かり、ます』
 『うん、俺も、コーシの言葉が分かる』
(ドラえもんの道具みたいに便利だよな)
 昂也は改めてこれを貸してくれたコーゲンに感謝しながら、視線を赤ん坊達に向けて言った。
 『この子達の名前、教えてくれない?名前が無いと呼びにくいし』
 『こ、この赤ん坊達には、まだ名前はついていません』
 『え?まだ?』
 『元々静卵の部屋にいた卵達ですので、もう少し成長するまでと』
 『・・・・・なんだよ、それ・・・・・!』
(もしかして、このまま育たない可能性もあるから、まだ名前付けてないって言うのかっ?)
そんな理由は、昂也にはとても考えられないものだった。どんな子供だって、たとえ、明日死ぬ運命の子供だって、生きている今、名
前を呼んでやらなくてどうするのだ。
いったい誰がそんな事を決めたのかと憤然と考えていた昂也は、いいやと思った。誰が決めたのかは関係ない。それをそのまま許して
いる一番偉い立場にいる者・・・・・紅蓮が悪い。
 『・・・・・っそ、グレンに文句言ってやらないと!』
 『コ、コーヤ』
昂也の言葉に、コーシは今まで以上に焦ったようにその名を呼んだ。