竜の王様




第三章 
背信への傾斜








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





(紅蓮様に何ということを・・・・・!)
 たとえそれが言葉だけだとしても、この王宮にいる者は、いや、竜人界で生きている者ならば紅蓮に意見をするなど考えられない
事だ。
江紫が驚いたのはそれだけではない。この淡い赤い色が付いた玉に触れていると、今まで全く分からなかったコーヤの言葉が意味を
持って自分の耳に聞こえてくるのだ。
(いったい、どんな術なんだ・・・・・)
 「なあ、コーシ、この子達の名前早く付けてもらえる様に、グレンに言いに行こう」
 「え、そ、そんな事、私の口から言えるはずがありませんっ」
 「どうして?」
 「どうしてって・・・・・、紅蓮様にこちらから意見をするなど・・・・・」
 「だって、当たり前の事だろ?コーシ、お前だって、もし名前が無くって、お前とか、こいつとか呼ばれたらどういう気持ちだ?こんな子
供だって、ちゃんと自分が愛情を向けられているかどうか、ちゃんと分かってるんだぜ?」
 「コーヤ・・・・・」
 反論しようとした江紫だが、言うべき言葉は見付からなかった。コーヤの言っていることは、言い方は別にしても正論で、実は江紫
も、他の神官見習い達も、この赤ん坊達をなんと読んでいいのか戸惑っていたのだ。
 「な、行こう、コーシ」
 「・・・・・紫苑様に、お願いしてみます。私には、紅蓮様に意見する事など出来ません」
 「でもさあ」
 「この人間は何を言っているんだ」
 「!こ、黒蓉、様」
 その時、江紫は今まで意識の外にあった黒蓉の存在にようやく気付いた。
普段ならばこれ程に威圧的な気を纏っている黒蓉に気付かないはずが無いのに・・・・・江紫は慌てて緋玉から手を離すと、黒蓉に
向かって礼をとった。



 「何を言っていた、申せ」
 「・・・・・」
 命令に逆らう術など無いはずの神官見習いは、それでも一瞬口篭っていた。
何に対してそんな配慮をするのだろうか・・・・・黒蓉はそれを認めたくなくて、そのまま江紫に視線を向ける。
 「言え」
 「・・・・・この赤子達に名前を付けてもらうよう・・・・・紅蓮様にお願いしたいと」
 「名前?」
 「はい。・・・・・畏れながら、黒蓉様、私もコーヤと同じ考えを持っておりました。静卵の部屋にいたからとはいえ、既にこの赤ん坊達
は生を得ているのです。名前を与えてやるのは当然かと・・・・・」
 「・・・・・それを、この人間が言ったのか?」
 「そうです」
きっぱりと言い切る江紫から視線を移し、黒蓉は身体中に赤ん坊を纏わり付かせているコーヤを見た。
今聞いた話は、黒蓉自身頷けることだった。そうでなくても最近は出生率が下がってしまい、この生まれた赤ん坊達は貴重な竜人達
なのだ。一刻も早く、名を与え、新たな仲間として迎えてやらなければならないはずだった。
(しかし・・・・・それをこの者から言われるとは・・・・・)
気付かなかった自分が歯噛みするほど苛立たしいが、それをコーヤの前で見せる事は出来なかった。



 「それでは、私はコーヤの側に参りますので」
 「・・・・・」
 ゆっくりと頭を下げて言う紫苑に、紅蓮は今一度というように声を掛けた。
 「紫苑、お前はコーヤをどう思っている」
紫苑が自分の言葉に逆らってまでコーヤの側にいたいと思うのはどういうわけか、その心を揺らしたものを知りたいと思った。
それは、今まで自分を慕ってくれ、仕えてくれる臣下達の心の内を少しも疑うことがなかった紅蓮にとっては、かなりの心境の変化だ。
 「紅蓮様、私は紅蓮様の事を第一にと思っております」
 「紫苑」
 「コーヤに関わるのもその一環とお思い下さい」
 穏やかな笑みを湛えたまま、それではと紫苑は紅蓮の部屋を出て行った。
その後ろ姿を、今度は呼び止めることは出来ない。
(真意では・・・・・ない、な)
生真面目な紫苑ならばそう言ってもおかしくは無かった答え。それでも、紅蓮はどこかで違和感を感じていた。
出来ればこんな懸念を残したまま、コーヤの世話をさせない方がいいとは思うが、かといって明確な理由が無いままに駄目だというの
も言えない。暴君のように見えるものの、紅蓮は理由の無い命令を部下に対して命じる事はほとんど無いのだ。
(仕方ない。しばらくコーヤは紫苑に預けるしかないか)



 『・・・・・』
 「・・・・・」
 『・・・・・』
(何で俺、こいつと一緒にいるんだろ・・・・・)
 昂也は自分の前を歩く黒蓉の後ろ姿を見ながら溜め息を噛み殺していた。
とにかくあの赤ん坊達に名前を・・・・・そう思った昂也の意思はどうやら伝わったようだが、それから結局どうなったのかが分からない。
 そうこうしているうちに何時の間にかやってきたコーシ以外の神官見習い達(昂也も以前会ったことがある者達ばかりだ)が、昂也
の身体に纏わり付いていた赤ん坊達を引き離し始めた。
どの子もむずかって泣き続け、昂也もそんな姿を見ると寂しくなってしまったが、また後で来るからなと1人1人(?)に言い聞かせて、
何とかあの部屋から出てきた。
 『青嵐、大丈夫かな』
 「・・・・・」
 『青嵐は、連れて来たかったんだけどな』
 「・・・・・」
 『・・・・・無視か』
(まあ、想像出来たけど・・・・・)
 青嵐はそのまま連れて来るつもりだったが、なぜかコーシが抱き上げてしまった。
きっと、青嵐は泣いてしまうと思ったが、なぜか機嫌良くコーシに抱かれて昂也に向かって手さえ振ってくる。薄情な奴と内心思ってし
まったが、グレンに会いに行くにはその方がいいと思い直した。言い合って興奮して、無いとは思うが青嵐を落としてしまったら大変だ。
 『・・・・・』
(でも、コクヨーといると落ち着かないんだよな)
 苦手意識というのだろうか、どうしてもコクヨーと2人だけでいると気持ちがソワソワしてしまう。自然と、何時でも逃げ出せるように距
離を置いて、大股に歩くコクヨーの後ろを付いて行っていた。
(言葉が通じても、多分こいつとは意見が絶対に合わないよなあ。何だろ?何が違うのかな)
 話し合えば理解出来ないことは無い。そうは思うものの、このコクヨーとグレンだけはそうは思えない。
はあっと、諦めたような溜め息を付いた時だった。

《コーヤ》

 頭の中に、声が響いた。
 『え?アオカ?』
 その声の主が誰なのか、もう何度も聞いたことがある昂也には直ぐに分かった。
よりにもよって、こんな廊下で、それもコクヨーと2人きりの時に・・・・・そうは思うものの、アオカから連絡を取ってくる時は、なんらかの
用がある時だということも分かっている。
 『どうしたんだ?アオカ』
《・・・・・今、側に誰かいますか?》
 『あ、俺さ、今またあのでっかい建物・・・・・王宮?ってとこにいるんだよ。いろいろあったんだけどさ、コーゲンに緋玉って玉借りて言
葉が通じるようになっただろ?それでちょっと・・・・・』
《あの、コーヤ、そこには誰か?》
 『あ、ごめん、うん、コクヨーがいるよ。何?誰かと話したいのか?』
《・・・・・》
 『アオカ?』
《・・・・・少し、身体を貸してもらってもいいですか?昂也にももちろんですが、黒蓉にも伝えたい事があるのです》
 『うん?いいけど』



(何を話しているんだ?)
 後ろを黙って付いて来ていると思っていたコーヤがいきなり何かを話し出し、黒蓉は眉を顰めて振り返った。
今は玉に触れていないので言葉は全く分からなかったが、それは独り言というよりは誰かと話しているように見えた。
 「コーヤ」
 『・・・・・』
いったい何をしているのか、問い詰めようとした黒蓉に目に映ったのは、何時ものコーヤとは少し雰囲気が変わった・・・・・。
(これは・・・・・)
 「黒蓉」
 「!」
 昂也の口から、自分の名前がはっきりと出てきた。玉に触れていないこの状態で、どうしてコーヤの言葉が分かるのか?いや、黒蓉
は自分の名を呼ぶこの口調を良く知っている。
そして、このコーヤの変化を以前にも見たはずだった。
 「黒蓉、私です」
 「・・・・・あお、か、様?」
 「ええ。何時も兄上を守ってくれて、ありがとう」
 「・・・・・っ」
目の前にいるのは、確かに人間の少年・・・・・コーヤだ。それなのに、この纏っている気はどう否定しようとも碧香のものだった。
人間界に行った碧香と、竜人界に来たコーヤ。波長が合うからこそ選ばれたコーヤだが、本当にこんな風に碧香と同調する事が出
来るのだろうか。
 「・・・・・本当に、碧香様ですか?」
 碧香と直接こうやって話すのは初めてで、黒蓉は自然と緊張しながら口を開いた。
 「信じられないのは仕方がありません。でも、黒蓉、今日はどうしても至急に知らせたいことがあり、こうやって昂也の身体を借りてあ
なたと話しているのです。私達の会話は・・・・・いえ、私のこの声はコーヤも聞こえていると思ってください」
芝居でも、ここまで完璧に碧香の口調や言い回しを真似出来るはずがない。
黒蓉は自然とその場に片膝を付いてしまった。
 「碧香様・・・・・」
 「黒蓉、私が今から話すことを兄上に伝えるかどうかはあなたに任せます。ただ、玉探しに関係があることなので・・・・・ああ、何と伝
えたらいいのか混乱してしまうが・・・・・黒蓉、実は、今回のこの騒動に関わった者に私は会いました」
 「翡翠の玉を持ち出した者にですかっ?」
思いも掛けない碧香(姿はコーヤだが)の言葉に、黒蓉は思わず声を荒げてしまった。