竜の王様




第三章 
背信への傾斜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 今回のように、国を揺るがす大事が起こった時、それが影響が大きければ大きいほど、自分が疑われる事を蒼樹は覚悟してきた。
昔、父はそれだけのことを犯してしまったのだと分かっているからだ。
それが、例え子供の自分まで責任を負うことではないとか、あの時、自分は前王側に付いたとか、きっとそんなことをここで言ったとして
も意味が無いだろうということも分かっていた。
全てを承知した上で、蒼樹はここに残ったのだ。
 「紅蓮様、私に命令を下してください」
 「・・・・・どういうことだ」
 「聖樹の討伐を」
 自分の言葉に周りがざわめくが、蒼樹は目の前の紅蓮しか見ていない。彼の言葉だけが自分を生かすも殺すもするのだと、蒼樹
はもうずっと以前から覚悟を決めていた。
 「自分の父親を討つと言うか」
 「はい」
 「出来るのか、お前に」
 「出来ます。あなたの命令ならば」
 既に父とは親子の縁を切った。いや、きっと、自分が王族側に付いた瞬間から、父の中では自分の存在は無かったものとなっている
だろう。それが悲しいとか辛いとか、そう思う感情は既に消えている。
 「紅蓮様」
 紅蓮は深い赤い色の瞳で蒼樹の顔を見ている。
蒼樹はどんな決断が下されるのか、じっと紅蓮の顔を見つめ返していた。
 「命を奪う事は簡単だろうが、その前に今回の大事の詳細を把握しなければならぬ。蒼樹、お前には謀反を企てた者達全てを捉
え、私の前に連れてくることを命ずる」
 「御意」
 深く頭を下げた蒼樹の隣で、浅緋が声を上げる。
 「紅蓮様、私に蒼樹殿の補佐を御命じ下さいっ。どうかっ、どうかっ、紅蓮様っ」
真摯に言葉を言い募る浅緋を、蒼樹は訝しげに見つめた。



 『ん・・・・・』
(お・・・・・なか、すい、た・・・・・)
 ぐーぐーと自分の腹が鳴っているのが聞こえたような気がして、昂也はふうと息をついて・・・・・ゆっくりと目を開けた。
 『・・・・・あれ?』
直ぐに視界の中に入ってきたのは、見慣れない薄暗い天井。
(・・・・・夜?)
 『え?俺、どのくらい寝てたんだ?』
 頭の中にアオカが話しかけてきたことは覚えている。
最初の頃はともかく、最近は慣れて、アオカとの交感が終わっても気を失ったりすることはなくなったというのに、今回はあまりにアオカの
緊張が大きく、昂也の神経まで疲弊してしまってそのまま眠るように気を失ってしまったのだ。
(アオカ・・・・・いったい、どんな話をしてたんだろう・・・・・)
 会話の内容は分からなくても、アオカの真剣な口調と、目の前にいる紅蓮と江幻の驚いたような表情(自分ほど変化が顕著では
ないのだが)を見て、結構重要な話をしていたのかとは思うのだが・・・・・。

 グリュリュ・・・・・

 『・・・・・腹減った〜』
 今度は意識がはっきりしている時に聞こえてしまった腹の音に、空腹感はさらに大きくなってしまった。
とにかく、何か食べる物をもらいに行かないとと、ようやくベッドから起き上がったものの、少しだけ頭がくらっとして揺れてしまった。
 『う・・・・・食堂まで行けるかな、俺・・・・・』
 薄暗い中、目が慣れてくるとベッドから少し離れた場所にある椅子に、コーゲンとスオーが座っているのが見えた。2人共腕組みをし
て、少し俯き加減になっているのは眠っているのだろうか。
(あんな格好で寝ちゃったら、身体バリバリになっちゃうって)
 起こして、ちゃんと横になった方がいいと伝えようと思った昂也は、ゆっくりと足を床に下ろして立ち上がろうとしたが・・・・・。
 『!』
ふと、視線を上げた昂也はビクッと身体を震わせた。
コーゲンとスオーがいる場所とは反対側に影が見えたからだ。
 『う・・・・・わあ、びっくりさせるなよ』
 一瞬、幽霊かなにかだと思ってしまった昂也だが、直ぐにそれが人・・・・・それも、グレンだということが分かった。闇の中で、あの赤い
目が光って見えたからだ。
 「グレン」
 「・・・・・」
 「なに?よう?」
 「・・・・・」
 「グレンッ」
 なかなか反応してくれないグレンに、昂也は焦れたように立ち上がった。
今度は意識もしっかりとしているのか身体がふらつくことも無い。昂也はよしと勢いをつけると、ゆっくりとグレンの前まで歩み寄った。
 『何か用なんだろう?ほらっ、ちゃんと言ってくれないと・・・・・あ、言ってくれても分かんないんだけど、幽霊みたいに立ってるの止めろ
よな。コーゲン達、何も言わなかったのか?』
 その瞬間、いったい何が引き金になったのかは分からないが、いきなりグレンは昂也の身体を抱きしめてきた。
 『ちょ、ちょっとっ、グレン!』
 「黙れっ」
 『ねえって、どうしたんだよっ?』
強い腕の力は、ますます昂也の身体を強く拘束してきた。



 長く、重い空気の会議が終わり、紅蓮の足は自然とコーヤに宛がった部屋へと向かった。
あれから、ずっと眠ったままらしいコーヤ。今、その部屋には江幻と蘇芳がいるはずだ。
 「・・・・・」
 その2人に任せておけば、この王宮内でもコーヤの身柄は安全だと確信している。悔しいが、自分の部下達に匹敵する、いや、そ
れ以上かもしれない力を持つ2人に守られているコーヤは、そこに私利私欲が絡んでいないだけに一番安全かもしれない。
 それでも、紅蓮は自分の目で確かめずにいられなかった。
愛する弟碧香の帰界はもちろん嬉しいが、碧香が戻った瞬間にコーヤの姿が消えてしまうかと思うと・・・・・それが、自分が見ていな
い時にだと思うと、じっとしてはいられない。
 「・・・・・」
 部屋の中には、案の定江幻と蘇芳もいた。
椅子に腰掛け、腕を組んだ形で少し俯き加減でいる2人が眠っているとは思わなかった。例え眠っていたとしても、紅蓮がこの部屋の
扉を開けた瞬間、いや、この部屋に近付く自分の気配を感じれば目を覚ますはずだ。
 「・・・・・」
 そのまま2人の傍を通り抜け、寝台の上に視線を向けると、子供のような顔をしてコーヤが眠っていた。
(まだ・・・・・いる)
ここに、まだコーヤがいると、なぜだが紅蓮は安心した。

 コーヤの姿を確かめて、直ぐに部屋を出て行くつもりだったが、紅蓮はなかなかその寝顔から目を逸らすことが出来なかった。
そして・・・・・どのくらい時間が経ったのか、不意に寝返りを打ったコーヤが起きた気配がした。
 『・・・・・あれ?』
 「・・・・・」
 『え?俺、どのくらい寝てたんだ?』
不思議な響きの声が、次々と言葉を紡ぎだす。
そして、起き上がったコーヤは自分の姿に気が付いたようだった。
 「グレン」
 首を傾げて訊ねてくるコーヤをじっと見下ろすが、臣下達の中でも目を逸らす者が多いこの赤い目で見つめても、コーヤの中に恐れ
の色はない。それがいいのか悪いのかは分からないが、コーヤの目に自分の姿だけが映っているという状況を、紅蓮はしばらく味わって
いた。
 だが、不意にコーヤの言葉の中に江幻の名前を聞き取った時、紅蓮はカッと頭に血が上った。
(なぜっ、江幻の名を呼ぶ!)
 自分のもののはずなのに、どうして他の男に媚を売るのか。
悔しくて、紅蓮は感情のままにコーヤの身体を抱きしめた。
 『ねえって、どうしたんだよっ?』
 「・・・・・っ」
暢気な口調が気に入らない。
そのまま口を塞いでやろうかと身を屈めた時、
 「ふぁ〜」
 「・・・・・」
 わざとらしい声と共に、がたっと椅子が引かれる音がする。
紅蓮は舌打ちを打ち、それでもコーヤを腕から解放しないまま振り向いた。
 「誰の許可を得てこの部屋にいる。不本意だが、お前達には部屋を用意してやったはずだ」
 「俺達の為に部屋を空けてもらって悪いからな。これだけ広いし、3人でも十分だろう」
 新しい寝台を入れて欲しいがなとうそぶく蘇芳を睨みつけるが、この鈍感な男は少しも気にしていないようだ。
 「・・・・・」
 「紅蓮、お前こそ、こんな夜更けに何しに来たんだ?まさか、竜人界の偉大な皇太子が、忌み嫌っているはずの人間の部屋に夜
這いに来たってことは無いだろう?」
 「蘇芳」
 「何だ」
 「本当のことを言ったら悪いだろう?本人だって、認めたくないことだろうし」
紅蓮と蘇芳の言い合いに、のんびりとした口調の江幻が入ってきた。
認めたくは無いが、その瞬間にコーヤの顔がホッと安堵したように緩んだのが分かり、紅蓮は眉を顰めてますます強くコーヤの身体を
抱きしめる。
 『い、痛いって、グレン!』
 「大人しくしろ」
 小さな手で何度も拘束している腕を叩かれるが、紅蓮にとっては痛くも痒くもない。身体の大きさも力も、数段自分よりも劣るコー
ヤの抵抗など、全く意にかえさなかった。
しかし、力が入ったせいか、コーヤの身体は少し宙を浮き、爪先が床から離れてしまったようで、
 『苦しいって!!』
 「・・・・・っ」
 バタバタと足をバタつかせたコーヤの足が脛に当たり、思わず拘束が緩んだ紅蓮の腕の中から逃げ出したコーヤは、弾みでその場に
尻餅をついてしまった。
 『いったあ〜』
 「コ・・・・・」
 「コーヤ、大丈夫か?」
 紅蓮が手を伸ばす前に、江幻が一瞬早く手を差し出す。
続いて、蘇芳がそんな2人と紅蓮の身体の間に割り込んで、皮肉気に唇を歪めて笑った。
 「もう夜も遅い。肌を温めて欲しいなら、お前が好みそうな血筋のいい女を呼んだらどうだ?」
 「・・・・・っ」
 「おやすみ、紅蓮」
 この2人がいる限り、自分がコーヤの傍にいることは無理だろう。
紅蓮はきつく江幻と蘇芳を睨んだが、そのまま何も言うことも出来ず、逃げるように部屋から出て行くしか出来なかった。