竜の王様
第三章 背信への傾斜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「改めて、初めまして、龍巳東苑といいます。昂也とは幼馴染で・・・・・えと、幼馴染って言うのは・・・・・」
「ああ、分かるよ。小さな頃から一緒に育ってきたってことだろう。じゃあ、もしかしたらコーヤと歳は一緒ってことかな?」
「はい」
「へえ・・・・・」
全然そうは見えないという言葉を賢明にも言わない江幻を横目で見ながら、蘇芳は少し離れた場所からタツミという男を見てい
た。あんなにもコーヤと親しい感じがしたのは幼友達だからという理由は分かったが、今度は別のもの・・・・・タツミが纏っている気が気
になる。
ついさっき、紅蓮の攻撃をかわしたあの反発力と共に、この男にはコーヤとはまた違った気を感じるのだ。人間のコーヤが持つものとは
違う、自分達に近い何かを・・・・・。
(竜の血を継いでいるのか?・・・・・まあ、そう考えなければ、ただの人間が、幾ら王族の碧香と一緒だからといってこちらの世界に無
傷で来られるわけが無い)
蘇芳はああと気が付いた。もう一つ、確かめておきたいことがある。
「おい」
「・・・・・スオー、さん?」
「スオーでいい」
どうやらコーヤよりも物覚えは良さそうな男に、蘇芳は一応聞いておくがと前置きをして言った。
「コーヤとお前はデキているのか?」
「え?」
不思議そうな表情をして聞き返すタツミに、蘇芳は今のは無しと言った。言葉で聞かなくても、この反応で分かる。コーヤとこの男は
幼友達という感情以上のものはないようだ。
(これでこっちは心配ないな。後は・・・・・向こうの反応か)
蘇芳の視線の先には、コーヤを射るような目付きで睨んでいる紅蓮の姿がある。今まで感情というものが無いと思っていたこの冷酷
な男が、コーヤに関わることになると熱くなる。
その理由を、蘇芳は早く知っておいた方がいいのではないかと思っていた。
コーヤに押し退けられた形になった紅蓮は、滾るような怒りを込めてコーヤを睨んでいた。
あのくらいの力で自分が倒れることはもちろん無いが、王子である自分の行動を阻止しようとしたあの行動をこのまま見過ごすことなど
出来なかった。
(再びあの白い身体を引き裂いて、二度と私に逆らおうなどと思わないようにさせてやる・・・・・っ)
しかし、今は先ず、この碧香の目のことを聞いておかなければならない。怒りで全てを忘れてしまうほどに、自分は愚かではないつも
りだった。
そんな風に自分の心を落ち着かせた紅蓮は、コーヤに向けていた視線を碧香へと引き戻す。自然とその瞳からは先程までの殺気は
抜けていたが、それでも厳しい光は消えないままでいた。
「・・・・・碧香、理由を話せ」
「・・・・・兄様、ここには皆揃っておいででしょうか?」
「皆とは、誰のことだ?」
「東苑に、コーヤ、四天王の方々を始め、江幻殿と蘇芳殿、そして、蒼樹殿も」
「蒼樹も?」
「はい。皆が揃った上で、私も話したいと思っております」
(蒼樹も、か?)
紅蓮はじっと碧香の顔を見つめるが、碧香はそう言ったきり口をつぐんでいる。
そこに強い意志を感じた紅蓮は、傍にいる黒蓉に言った。
「直ぐに残りの者を集めてここに連れて来い」
「御意」
直ぐに部屋を出て行く黒蓉を見送ることも無く碧香に視線を戻した紅蓮は、そこへ近付いていくコーヤの姿を見て眉を顰めてしまっ
た。
(何をするつもりだ?)
「アオカ」
「・・・・・昂也」
明るく自分の名前を呼ぶその相手が誰なのか、碧香は目が見えなくても直ぐに分かった。そうでなくとも、もう数え切れないほどにお
互いに身体の中を気で行き来していたくらいで、碧香にとっては昂也はもう1人の自分のようでもあるのだ。
「どんな奴なのかなってずっと思ってたんだ。こんなに美人なんてびっくり!本当に男?」
「・・・・・」
「本当に俺達よりも年上?全然そう見えないよ!」
無邪気に話しかけてくる昂也に、思わず笑みが漏れてしまう。緊迫したこの空気の中で自分を見失わない昂也があまりにも想像
通りで、碧香も思わず僅かだが声を弾ませてしまった。
「私も、昂也はどんな方なんだろうと、ずっと想像していました」
「え?ホント?」
「東苑がよく話してくれましたよ。とても、大切な幼馴染だと」
「な、なんだよっ、トーエンの奴」
口調とは反対の嬉しそうな気配が碧香にも伝わる。
いきなりこの世界に呼ばれ、大変な苦労もしただろうに、昂也から感じるものは正の温かい気だ。
(そんな昂也だからこそ、江幻殿や蘇芳殿も力を貸してくださることになったんだろう・・・・・)
「・・・・・アオカ、俺の顔、見えないの?」
「・・・・・ええ、とても残念なのですが・・・・・」
「ん〜・・・・・じゃあさ」
不意に、碧香は手を取られた。
そして、そのままその手は持ち上げられ、何かに押し当てられてしまう。柔らかなそれの感触は、もしかしたら・・・・・。
「昂也の、顔?」
「触っても、少しくらい感じるんじゃないかな」
鼻が低いのも分かるかなと言いながら、ゆっくりと自分の顔に触れさせる昂也に、碧香はジワジワとした嬉しさがこみ上げてきて、見え
ない目に涙が浮かぶのが分かる。
可哀想だとか、どうしてこんなだとか、自分の行動を否定される言葉しか想像していなかった(事実そうだが)碧香にとって、けして
後ろ向きではない昂也の言葉は、とても・・・・・胸に沁みるものだった。
それ程時間を置くことも無く、碧香の部屋にはこの国の主要人物達といっていいだけの者が集まった。
紅蓮を始め、四天王に、蒼樹、そして江幻と蘇芳に、コーヤともう1人の人間。
「碧香」
紅蓮は碧香に言った。
「お前が言う者は皆集めた。話は出来るか」
その言葉に、碧香の顔が自分ではなくその向こう・・・・・人間の男に向けられたのが分かり、紅蓮は眉を顰めてしまう。
それでも今度は先ず話を聞かなければならないという気持ちの方が大きく、碧香の行動を諌めることはしなかった。
「はい。兄上、そしてここにいる皆に、私と東苑が人間界で見聞きしたことを伝えます。一切私情は含まないつもりですが・・・・・感
情を乱したら申し訳ありません」
そう一言前置きをした碧香は、真っ直ぐに顔を上げてゆっくりと口を開いた。
人間界で出会った数人の竜人。
その正体と、彼らが次期王として立てようとしている人間と竜人の血を受け継ぐ少年。
そして、視力を失った理由。
淡々と語られる碧香の言葉に、誰も口を挟めなかった。信じられないというよりも、それほどに大きな力を持った竜人が人間界にま
で行っていることへの驚きがあった。
それに・・・・・。
「・・・・・裏切り者、だと?」
「・・・・・はっきりとした名前を聞いたわけではありません。それでも、兄様の周りに、その即位を望まない者がいるのかもしれないとい
うことは事実だと、思います」
「・・・・・っ」
紅蓮は低く唸った。
前王の第一王子である自分が王位を継ぐことは至極当然のことで、それに異を唱えるものがいるなどと考えたことも無かったのだ。
(王の証である翡翠の玉を奪ったのも、私を即位させない為だと・・・・・っ)
「申し訳ありませんっ」
そんな紅蓮の前に、蒼樹が歩み寄って跪いた。
「愚かな父が、まだそのような虚言を吐いていようとは・・・・・っ」
「それは、蒼樹殿のせいではないっ」
そんな蒼樹の肩に手をやったのは浅緋だ。蒼樹を慕う浅緋にとっては、今回のことはあくまで聖樹が単独でしたことであって、蒼樹に
は何の咎も無いと言いたいのだろう。
それは、紅蓮も同じ思いだった。蒼樹が父の為にどれ程苦労し、そして、それを償うかのように、どれほど深い忠誠を自分に誓って
くれているのかは知っているつもりだ。
それでも、心のざわめきをどうすればいいのかと、紅蓮はやり場の無い怒りに唇を噛み締めた。
「・・・・・」
碧香の話の間、黒蓉はずっと紫苑の様子を伺っていた。
顔色は良くないものの、それでも一片の動揺も見せない紫苑に、それが彼の厚い仮面のせいか、それとも真実無実の為かは判断が
つきかねた。
(碧香様は紫苑のことを言われなかったが・・・・・)
紅蓮の直ぐ身近に裏切り者がいるとは言ったものの、それが紫苑だと名指しはしなかった。意図してその名を口にしなかったのか、そ
れとも碧香自身確信を持てないからなのかは分からないが、黒蓉はこれで自分の胸だけに押し留めていた錘が少しだけ軽くなったよ
うな気がした。
(紅蓮様も、気をつけてくださるだろう)
目に見えない裏切り者という存在に、紅蓮もこれからは身辺に注意を払うだろう。
紫苑も、簡単に動くことは出来ないはずだ。
そして・・・・・自分はそんな紫苑の身辺に目を配ればいい。
「・・・・・その交渉を、私としたいと言っているのか」
「はい。私達がこちらに戻ってくる直前、彼らも竜王候補の少年を連れて竜人界へと来ているはずです。向こうから何らかの働き掛
けが近日中にあるでしょう」
「・・・・・白鳴」
「はい」
「これまでの謀反を働こうとして処罰してきた者の名前を調べろ。本人だけではなく、その家族もだ」
「御意」
「浅緋は、王宮とその周りの警備の強化を手配しろ」
「はっ」
「紫苑は、地下宮殿以外に時空の扉が開く可能性のある場所を探れ」
「・・・・・分かりました」
「黒蓉は私と共に今後の対策を考える。・・・・・正当な王位を持つ私以外に、竜王などいるはずがない」
命令を下す紅蓮に頷きながら、黒蓉は再び紫苑を見つめる。
「・・・・・」
その黒蓉の視線に気が付いたのか、顔を上げた紫苑は黒蓉を見つめ・・・・・やがて無言のまま目を逸らした。
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