竜の王様




第三章 
背信への傾斜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 紅蓮に命令されたことを遂行しようと仲間が急いで部屋の外へと出て行く。
それに合わせるように自分も出た紫苑は、そのまま神殿へと足を急がせた。
(黒蓉殿は・・・・・気付いている)
 自分を見る黒蓉の眼差しには、疑いと疑問が入り混じったような複雑な色があった。もしかしたら、まだはっきりとは分かっていないの
かもしれないが、疑いは持っている・・・・・そんな状態なのかもしれない。
(知られるのは時間の問題とは思っていたが・・・・・)
それでも、その事実を面前に突き出されると動揺してしまう。
 「紫苑様っ、緊急の呼び出しとはいったい・・・・・っ」
 神殿に戻ってくると江紫が慌てて駆け寄ってきた。王宮内の異変を敏感に感じ取っているのは、もしかしたら江紫のような歳若い
者達の方かもしれないと思うと、紫苑は落ち着かせるように少しだけ笑みを浮かべ、穏やかな口調を崩さずに言った。
 「心配することはない。私は今から祈りの間に入るので、人払いを」
 「紫苑様っ」
 「お前達は赤ん坊達の世話と祈りを忘れないように」
 そう言って、紫苑は神殿の奥の祈りの間に入った。
祈りの間というのは神殿付きの人間だけが言っている、狭い空間のことだ。一切の外界の音が入らず、祈りに集中出来る場所という
ことなのだが、紫苑は全く違う用途としてこの神聖な場所を使っていた。
 「・・・・・」
 紫苑は目を閉じた。
神経を集中し、頭の中で交信を始める。
(聖樹殿)
《・・・・・紫苑》
(先程、碧香様が戻られました。人間の男と一緒です)
《ああ・・・・・やはり、あの男は共にやってきたか。どうやら、それ相応の力を持っておるようだな》
(・・・・・あなたの計画通りなのですか?)
《多少の予想外の出来事も含んで計算せねばな。我らも無事に竜人界へと戻ってきた。明日の朝我らはそちらに向かう。正面から
堂々と、竜の姿になって・・・・・な》
(・・・・・)
《お前は何も知らない・・・・・いいな、それで》
(分かっています)






 『・・・・・で、話は?』
 昂也はグレンを真正面から見つめながら言った。
どこに連れて行かれるのかなと少し考えたが、結局はグレンの私室に連れてこられ、直ぐに何か言われると思っていたのだが、グレンは
なかなか話しを切り出そうとしてくれない。
(こんなとこでのんびりしていていいのかな)
 皆忙しく動いているというのに、自分達だけこんな所でのんびりとしていていいのだろうかと思った昂也は、じれったくなって自分から聞
いてみたのだが・・・・・グレンはチラッと視線を向けてくるだけだ。
(全く、わけ分かんない)
 『・・・・・コーヤ』
 しばらくして、ようやくグレンが口を開いた。
緋玉のおかげで言葉が分かる昂也は、グレンが何を言いたいのか聞き逃さないようにとしっかりと視線を向けた。
 『お前は自分が誰のものか、きちんと分かっているのか?』
 『は?』
 『私のものでありながら、江幻や蘇芳と馴れ馴れしく言葉を交わし、身体に触れさすとは何事だ』
 『・・・・・はあ?』
(いったい何を言ってんだ?こいつ・・・・・)
 自分がグレンのものとか、コーゲンやスオーと馴れ馴れしくするなとか、自分が全く考えもつかないようなことを言われても、昂也自身
はピンと来なかった。
 しかし、厳しい表情をしながら自分を睨むように見つめてくるグレンを見れば、それが単に冗談や勘違いかと笑い飛ばすことも出来
ず、昂也は困惑して自分も顔を顰めてしまった。



(こやつ・・・・・なにも分かっておらぬな)
 とぼけた表情をしているコーヤは、自分の言葉の意味が全く分かっていないようだ。
(全く、こいつは・・・・・)
 「コーヤ」
 「あのさあ、グレンって、俺のこと嫌いだろう?」
 「・・・・・なぜだ」
 「なぜって、どう考えてもそうとしか思えないし。最初の頃は、お互いのことも知らないし無理も無いけど・・・・・って、あ!そうだよ!
本当なら俺の方があんたに怒ってるのが本当だし!」
 「・・・・・私の何に腹をたてることがある」
 「お、覚えてないっていうのかっ?会った途端、お、俺に、俺に・・・・・その・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・その・・・・・エッチなことしたろっ?」
 「エッチ?なんだ、それは」
 「だから〜」
 何時もきっぱりと物事を言うコーヤにしては珍しく、どこか言い難そうに言葉を選んでいるのが、なんだか自分と距離を置かれている
ようで面白くない。
少なくとも江幻や蘇芳には、こんな態度はとっていなかったように思う・・・・・自分が、情けなく思う。
 「エッチって言うのは〜、えっと・・・・・あんたが俺を、その・・・・・」
 ふと、紅蓮は思い当たった。
 「私がお前の中に精を注ぎ込んだことか?」
 「・・・・・っ、そんなこと、真面目な顔して言うなよっ」
 「あれは、お前との意思の疎通が出来るかと試そうとしたうえでのことだ。不思議に思うことはもちろん、腹立たしさを感じることもない
と思うが」
普通の人間を抱くことなど本来は考えられない自分が、いくら理由があるとはいえ、この腕に抱いたのだ。むしろ、次期竜王となる自
分の精を与えてもらえたと、喜ぶのが当然だろう。
 「お前は変わったことを言う」



 『それはこっちのセリフ!あんたの考えが変わってんだよ!』
 あのセックスが、ただの暴力や支配する手段としてのものではなく、ある意味を伴っていたということを初めて聞かされた昂也は、驚き
と呆れと怒りがないまぜになったような気分だった。
ただの、その場での雰囲気でそうなったということならばさらにショックだったかもしれないが・・・・・今は少しだけ、昂也の中に安堵の思
いが生まれたのも確かだ。
(エッチするくらいで、全く違う世界の相手と意思が通じるんなら簡単だよ)
 それでも・・・・・何の意味も無く、ただレイプされたのより、少しでも意味があると分かれば・・・・・。
(もちろん、それだって許せることじゃないけどさ)
 『・・・・・』
昂也はじっとグレンを見上げる。
 『・・・・・』
グレンはじっと昂也を見下ろしている。
 『グレン』
 『なんだ』
 『本当に、そんなことで意思の疎通が出来ると思ったのか?俺が怒るとか、全然思わなかった?』
 『お前の意思など関係ない』
 『あー、はいはい』
(そういうとこ、もう慣れてきちゃったのかもな)
 本当なら頭にきて怒鳴っても全然おかしくないところだと思うが、少しだけこのグレンと一緒にいる時間も増えてきた昂也には、これ
がこのグレンという男の個性なのだと思うようになってきた。
どちらかといえば呆れの感情が大きかったが・・・・・まあ、この男は仕方が無いのだろう。
(3歳児と同じって思ってればいいか)
図体が大きく、俺様な、こんな3歳児はいないと思うが。



 コーヤの纏っている空気が少し変化したような気がする。
それがどの瞬間からかは分からないが、紅蓮は当然の権利のようにその腕を掴んだ。
 「お前の意思がどうであれ、お前が私のものであることに変わりない。私のものであるお前が、江幻や蘇芳と気安く会話をするな」
 「それって、ちょっと変じゃない?」
 「何がおかしい」
 「もしも、もしもだけど、俺があんたのものだとして、コーゲンやスオーと話しをしたら駄目だってことにはならないんじゃない?あの2人、
結構大きな力を持ってるみたいだし、この世界の為には味方にしとくのが得策だと思うけど」
 「・・・・・」
 「あんたはそんな性格だから、きっとあの2人とは気が会わないだろうけど、俺は違うよ。俺を介して、あの2人の力を利用しようって
いう狡賢いこと考えないわけ?」
 「お前・・・・・」
 まさか、コーヤがそんなことを言うとは思わなかった。
どう考えても、コーヤは自分ではなく江幻や蘇芳側で、紅蓮に優位なことを考えるはずは無いのに・・・・・。
(この人間は・・・・・いや、コーヤだから、こんな考え方をするのか?)
 「・・・・・お前は、私が力を貸せといえばそうするのか?」
 「ん〜、俺が納得出来ることだったら、協力したいとは思ってる。あ、玉探しのことだってそうだぞ?俺、コーゲン達に手伝ってくれって
頼んだんだし」
 「・・・・・」
 「お願いしますは?」
 「・・・・・」
 「それぐらい、あんたも言えるんじゃない?」
 「・・・・・」
 この人間は、どうしてこうなのだろう。誰もが恐れるこの自分に、真っ直ぐに意見を述べるのか。
(・・・・・だから、傍に置いてみたくなるのかもしれない・・・・・)
 「コーヤ」
 「ん?」
紅蓮は、ゆっくりとコーヤの顔に自分の顔を近づけていく。
誰もいない、2人だけの空間で、紅蓮の心の中に生まれた僅かな思い・・・・・。その感情のまま、コーヤの唇を奪おうとした紅蓮だった
が、
 「うわっ!」
 「・・・・・っ」
いきなりコーヤの左腕が光ったかと思うと、雷に打たれたかのような衝撃を感じて、紅蓮の手はパッとコーヤから離れてしまった。
一瞬黙ってしまった2人だが、直ぐにコーヤが目を輝かせる。
 「・・・・・これって、コーゲンの言ってたやつ?すっげー」
 「・・・・・」
無邪気に感心しているコーヤとは反対に、紅蓮はますます江幻への感情が負の方向へと流れていくのを止めることはなかった。