竜の王様
第三章 背信への傾斜
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「久し振りの王都だな」
「お前は自分が好んで来ないくせに」
「お前だって同じ様なものだろう?」
「理由は私の方が正当だと思うけどね」
まだ朝靄に包まれた王都の空に、突然に現れた2匹の竜。
どちらも赤竜だが、一匹は金色を帯びた鱗を持つ赤い目の竜で、もう1匹は赤紫色に銀の光を帯びた鱗を持つ、赤紫の目を持つ
竜だ。
まだかなり早い時間だった為か、この2匹が雄大に、華麗に空を飛ぶ様を見れたのは、本当にごく少数な者達だけかもしれなかった。
「さて、コーヤは起きているかな」
「この時間なら寝ているだろう」
「・・・・・まさか、紅蓮と同じ部屋でとかは無いだろうな」
「・・・・・そうだったら、どうなんだ?」
「・・・・・むかつく、な」
言下に答える蘇芳の言葉に、江幻はくっと苦笑を洩らしてしまった。
確かに自分も蘇芳と同じ様に、もしもコーヤが紅蓮と一緒にいたらと思うと腹立たしく思うが、蘇芳ほどには大人気なく堂々と口には
出来なかった。
これも性格の違いからかもしれないが、気が合うくせに根本が違う方が長く付き合えるのかもしれないとさえ思えるほどの関係の深さく
らいはある。
今も、笑い上戸の顔を持つ江幻の頬に浮かんだそれが、自分のどの言葉のせいだと分かっているだろうが、蘇芳は腹を立てることも
なく、王宮の裏山をどんどんと下りていく。
「空気が重いな」
「翡翠の玉が無いせいだろうか」
「ん〜・・・・・霞が掛かって見えるんだよな。はっきりは表現出来ないが」
「コーヤに感じていた悪い予感はどうだ?」
「もちろん、綺麗さっぱり無くなったな」
「もう?」
「俺が傍にいるんだ、危険が寄って来る隙も無いだろう」
お前も頭数には入っているからなと堂々と言ってのけた蘇芳に、江幻は思わず立ち止まってくくっと笑いを零してしまった。
早朝の正門の前に堂々と並び立った蘇芳と江幻は、呆然と自分達を見上げている門番に向かって言った。
「悪いが、急いでいる。入らせてもらうぞ」
「ま、待て!」
2人が門番の横をすり抜けて行こうとした時、ようやく自分達の役目を思い出したのか、門番達は手に持った槍を威嚇するように2
人に向けた。
「勝手に王宮の中に入ることは許さない!今上の者に伺いをたてる、お前達の名前と身分を」
「面倒くさいな」
元々畏まった事が嫌いな蘇芳は眉を顰め、そのまま自分の胸元に突きつけられた槍の刃先を指先で摘むと、力を入れることも無
く、一瞬でまるで砂のように粉々にしてしまった。
「!」
「俺達にこんなものは効かない。でもま、門番としてのお前の立場もあるだろうから、少しだけ待ってやってもいいぞ。俺達と話が通じ
そうな奴・・・・・四天王の誰でもいいから連れて来い」
尊大な蘇芳の言葉にも、門番は抵抗する事が出来なかったようだ。たった今自分の目の前で行われた事に恐怖を感じて、それを
一刻でも早く誰かに手渡したいのが見え見えのように王宮の中へと駆け込んでいく。
「あんな者が入口を守っていて大丈夫なのかね」
江幻の呟きに、蘇芳は全く同意だった。
「江幻殿っ、蘇芳っ?」
白鳴は門扉の前に立つ2人の姿に思わず声を上げた。
どんな時にも冷静沈着であると言われている宰相、白鳴のその姿はとても珍しいものだったが、本人はそんな外聞を気にしている間
など全く無かった。
「2人揃って王宮に来られるとは・・・・・人間の少年?」
「さすが話が早い」
「コーヤは無事に王宮に着いているんですね」
「まさか紅蓮の奴の部屋にいるとは言わないだろうな?」
「角持ちの子供も同行したと思いますが、彼も元気で?コーヤは困っていませんか?」
「寝台が一緒じゃなくても、同じ部屋にいたとしたら面白くないよな」
「・・・・・」
2人が交互に繰り出す言葉。
白鳴は2人がこんなにも饒舌に話すところなど見たことが無かった。いや、会ったことさえも数えるほどしかなく、それは2人別々であっ
たが、その時江幻はただ曖昧な笑みを浮かべて、王宮に召し上げるとの言葉にのらりくらりと逃げ、蘇芳は笑いながら今の権勢への
皮肉を口にしていた。
その2人が、揃って誰かを、それも人間の少年を気遣う言葉を言うなどと、とても想像出来なかった。
(あの人間が竜人界に来てからそれ程に時間は経っていない。それも、王宮の外に出てからはもっと・・・・・)
それ程に短い間に、あの人間の少年はこの・・・・・竜人界の中でも特出した能力を持つこの2人をどうやって惹きつけたのか、白鳴
は猛烈に興味が湧いた。
「わざわざここにお越し頂いたのは、あの人間に、コーヤに会いに来られたということですか?」
「もちろん」
「あいつ以外に、ここに会う価値のある奴はいないだろう?」
きっぱりと言う蘇芳に、白鳴は苦笑を漏らした。
(ここまで堂々と言ってくれたら、いっそ気持ちがいいな)
「では、中にご案内しよう」
「紅蓮の許可はいらないのか?」
「ある程度の権限は頂いているので」
そう言うと、白鳴は背を向けた。
目覚めたばかりの紅蓮は、いきなり部屋にやってきた黒蓉の言葉に眉を顰めた。
「江幻と蘇芳が?」
「ただいま白鳴が対応しているはずです」
門番からの知らせに、2人への対応には白鳴が直ぐに向かい、紅蓮への知らせにはこうやって黒蓉が駆けつけたのだ。
「あ奴らが、わざわざ王宮に・・・・・」
(忌み嫌っているはずのここに・・・・・?)
まだ別れて一昼夜も経っていない。コーヤを帰すという約束の時にはまだ間があるというのに、わざわざここに来るというのはどんな理
由があるのだろうか。
「・・・・・」
紅蓮は直ぐに衣装を夜着から着替えると、無言のまま部屋を出る。
「紅蓮様」
「あ奴らは今どこに?」
「まだ門前にいるはずですが・・・・・」
「・・・・・」
(いや、白鳴は必ず通す)
自分に忠実な臣下である白鳴だが、彼は革新的な考えの持ち主だ。紅蓮の事を敬愛しているだろうが、一方で竜人界の発展を
願っている宰相の彼は、紅蓮にとっては喜ぶべき事ではなくても、それが竜人界の為になるのならば押し通すことをする。
今現れた江幻と蘇芳も、その性格には多少難があったとしても能力的にはずば抜けている。竜人界の為にもその力を欲しいと白鳴
が思ってもおかしくは無いだろう。
その彼らがコーヤと会うことを望めば・・・・・。
(白鳴ならば・・・・・)
「コーヤの部屋に行く」
「紅蓮様?」
「・・・・・」
ようやく、コーヤを自分の手の中に取り戻したのだ。やすやすとあの2人に渡す事など出来なかった。
『・・・・・ん・・・・・』
コーゲンの小屋の板の寝台よりは数段に寝心地の良いベッドで、昂也は久々に夢も見ないで眠っていた。
その前の碧香との交信で少し疲れたせいもあるのかもしれないし、味は薄味だがお腹いっぱいご飯を食べたからかもしれないが、昂
也の身体はなかなか目覚めようとはしなかった。
『・・・・・ふん・・・・・?』
不意に、何かが頬に触れた。
『んー』
思わずそれを振り払って、寝る向きを変えたつもりだが・・・・・やはり、その何かが触れてくる。
髪を撫でてくれる優しいもの。
頬がすっぽり納まってしまうくらいの大きな・・・・・手。
誰かの手が自分に触れている。そう思った昂也の意識は急速に目覚めへと向かった。
『ん・・・・・ぁ?』
「コーヤ」
『お、れ?』
「相変わらず、可愛い寝顔だな」
『へ?』
何となく、以前聞いたことがあるような言葉の響きに慌てて騒がしく瞬きをした昂也の面前に、悪戯っぽく笑ったハンザムな顔がある。
「ス、スオー?」
「おはよう、コーヤ」
『!』
チュッと、唇に触れたのは、間違いなくスオーの唇だ。
起き抜けだというのに、昂也は顔を真っ赤にさせ、ここにスオーがいる不自然さを全く考えないまま怒鳴ってしまった。
『勝手にキスするなって言っただろ!このスケベ魔人め!!』
「あ〜あ、江幻、宥めてくれ」
「自分が怒らせたくせに・・・・・コーヤ、はい、これで消毒」
怒っている昂也の顎は不意に誰かに取られ、それが誰かと分かる前に再び唇を重ねられる。スオーの時よりも少し長いそれに昂也
が呆然とした時、
「何をしている・・・・・っ」
いきなり威嚇するような声がした。
慌てて振り向いた昂也の目に映ったのは、不機嫌全開なグレンだ。
『な、何なんだ?』
改めて自分のベッドの周りを見ればコーゲンにスオーにハクメーがいて、グレンの後ろにはコクヨーがいる。
わけの分からないままのこの状況に、昂也は先程の怒りを忘れ、ただ彼らの顔を交互に見ることしか出来なかった。
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