竜の王様
第一章 沈黙の王座
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※ここでの『』の言葉は日本語です
北の谷にきて今日で10回目の夜を迎えた。
『見付かんないよなあ〜、玉』
昂也は空に浮かんだ月を見ながら呟いた。
(この世界にも月はあるんだなあ〜・・・・・少し青いけど)
自分が見慣れている月の色は綺麗な黄色か、せいぜいオレンジに近い色だったが、この世界の月は青っぽい色を放っている。
珍しいなと思いながらも、自分が住んでいた所との共通点を見付けたようで嬉しく思うが、昂也は少し離れた所に座って話している
浅緋と蒼樹の姿を見ると、再び今の現状を思い出して溜め息をついた。
『ここにあるのかな・・・・・?』
数日前、ようやく昂也は碧香から全ての事情を聞かされた。
自分がなぜこの世界に来てしまったのか。
何の為に、この北の谷にいるのか。
初めて聞いた時、昂也は・・・・・ただただ、驚いた。
どうして自分がとか、何時戻れるのかとか。
碧香に聞きたいことはたくさんあったが、結局昂也が言ったことはただ一言・・・・・大丈夫という言葉だけだった。
どんなに嘆いても、自分が直ぐにもとの世界に戻れないのならば、この世界で快適に過ごせるように努力をしなければならない。
碧香と何とか交感が出来るようになって、分からないことは一々訊ねることも出来る。
現状は以前よりもはるかに良くなったのだ・・・・・昂也は意識してそう思うようにした。
「コーヤ」
「?」
「食事だ」
「ごあん?」
それに、今一緒にいる浅緋と蒼樹は、碧香の口添えもあったせいか昂也に良くしてくれる。
確かに、急な崖を登らされたり、腰まで浸かりそうな泥沼を渡らせられたり、まるでどこの冒険家なんだと思うようなことを強いられては
いるが、本当に立ちすくんだ時には手を伸ばしてくれるし、寝ずの番は昂也にはさせない。
(仲間って・・・・・感じなんだよな)
気持ちが2人を受け入れたせいか、言葉も少しずつだが分かってきた気がする。長い文章は確かに無理だが、単語はかなり聞き
取れるようになったと思う。
そして、浅緋と蒼樹も、
『おはよう』
『おやすみ』
朝夕のその挨拶だけは日本語で言ってくれるようになった。
それは、昂也にとって本当に嬉しく・・・・・彼らの為にも頑張ろうと思える要因の一つになっていた。
「ごあん?」
「ああ、早く来い」
「は〜い!」
「・・・・・」
ぼんやりと空を見上げていた昂也は、蒼樹の言葉に嬉しそうに駆け寄ってきた。
竜人も人間も、食べる物にそれほど違いは無く、ただ、昂也の方が自分達よりも濃い目の味や、焼いたり炒めたりという手を加えた
物を好むようだった。
「ほら」
浅緋が木に刺した炙り肉を差し出すと、昂也は何か一言言って受け取った。
それが礼だという事を、浅緋と蒼樹は最近知った。
誰かが自分に何かをしてくれたことに対して、浅緋も蒼樹も礼を言ったことは無かったのだ。それは、目下の者や仕えている者が自分
に対して何かをすることは当たり前のことだからだ。
礼を言われることは、悪い気はしない。
そう思うようになった浅緋と蒼樹は、紅蓮から見れば人間に感化されたと文句を言われるかもしれない。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・浅緋、一度宮に戻ろう」
「蒼樹殿」
「もう、10の昼夜、この北の谷を捜し歩いたが、蒼玉の気配など少しも感じられなかった。幾ら玉が竜王やそれに順ずる者にしか
反応しないとしても、私も末端ながら王族の血を引く身。その私にも少しも気配を感じられないとは・・・・・この地には無いような気が
してきた」
「・・・・・」
浅緋が黙っているということは、多かれ少なかれ彼も同じようなことを考えていたのだろう。
蒼樹はさらに続けた。
「時間は一時も無駄には出来ない。可能性がない所は切り捨て、次の可能性を模索せねばなるまい」
「・・・・・確かに」
「碧香様が人間界で紅玉を見つけ出すよりも早く蒼玉を探し出し、紅蓮様にお渡しせねば・・・・・。一つでも玉があれば少しは違
うだろうからな」
紅蓮と碧香の父親でもある先代の竜王が崩御してからもう1年以上だ。
これ以上の王座の空白はあまり歓迎すべきものではないだろう。
「王の座に相応しいのは紅蓮様だ」
「・・・・・はい」
「その為にも、早く・・・・・少しでも早く、蒼玉を見つけなければ・・・・・」
真剣に話している2人の様子をチラチラと見ていた昂也だったが、話の内容は全く分からなかった。
ただ、今食べている肉は塩味は効いているものの、黒コショウがあったらもっと良かったのにとぼんやりと考えていた。
当初に比べて随分昂也の味覚にも気を遣ってくれているのは分かるが、やはり人間の世界のバラエティにとんだ味に慣れている昂也
には物足りない気がした。
(ワサビ醤油があっても美味しかったかも・・・・・)
「・・・・・んぐぁ?」
ふと顔を上げた視界の端に、何かが横切ったような気がした。
『今・・・・・』
ちらっと蒼樹と浅緋を見ると、2人はまだ額を付き合わせるようにして話している。
昂也は串を持ったまま、そっと立ち上がって目に映った何かを確認しに立ち上がった。
火を焚いていた場所からほんの数メートル茂みの中に入ると、たちまち真っ暗になったような気がする。
それでも何とか目が慣れてくると・・・・・。
『・・・・・あ・・・・・あか、ちゃん?』
一見、薄汚れた子犬のように見えたそれ・・・・・しかし、じっと目を凝らすと、それが四つんばいになった赤ん坊だということが分かった。
『な、何で赤ちゃんがこんなとこにっ?』
何も無い真っ黒で寒い森の中、こんな赤ん坊が1人でいることがとても信じられなくて、昂也は慌ててその赤ん坊を抱き上げた。
薄汚れた肌は目では見ても分からないが、触れた手の平には少しざらついた鱗のような感触がある。前に、王宮で8人もの赤ん坊を
見たが、この子も同じ様な感じではないかと思った。
『あ、あっ、つ、のっ?』
だが、良く見たらあの赤ん坊達とは違うところがある。
それは、額よりも少し頭寄りの場所に・・・・・なんと、小さな小さな角があったのだ。
「ソ、ソージュ!!」
「コーヤ?」
浅緋との話が一段落した蒼樹が顔を上げた時、先程までコーヤがいたその場所に誰もいなくなっていた。
「浅緋っ」
何があったのかとバッと立ち上がった2人は、
「ソ、ソージュ!!」
コーヤの叫び声を聞き、蒼樹と浅緋が急いでその方向へと駆け寄る。思った以上に近くにいたコーヤだったが・・・・・。
「そ、その腕・・・・・」
「・・・・・赤ん坊?」
「ソージュ・・・・・」
途方に暮れたような顔をしたコーヤの腕には赤ん坊が抱かれていた。泥で汚れ、少し痩せているようだが、間違いなく竜人の赤ん
坊だった。
本来、赤ん坊の数が限りなく少なくなっているこの世界では、生まれた卵の段階から王宮に引き取られて大切に大切に孵化を促さ
れる。それでも最近は孵化する卵も少なくなって、そのまま葬られることが多いくらいだった。
それが、こんな北の谷のような未開の地に、まるで捨てられたかのようにたった1人でいるとは・・・・・何時死んでもおかしくはないこの
状況で、ここにこうしている事さえ奇跡だった。
「浅緋っ、周りに気配はっ?」
「いいえ、誰もっ」
「・・・・・」
蒼樹は手を伸ばしてその赤ん坊をコーヤの腕の中から引き取ろうとしたが、その気配を察したのか赤ん坊はますますコーヤの腕の中
にもぐっていこうとする。
「蒼樹様」
「直ぐに王宮に戻る。紅蓮様にこの子をお見せしなければ」
まだもう少し残っている北の谷の探索だが、思い掛けないこの赤ん坊の存在はそれよりも重要なことだと思った。
「はい」
「・・・・・」
「ソージュ・・・・・」
どうしようと情けなさそうな顔をしたコーヤの腕の中にいるものに、蒼樹は再び厳しい視線を向ける。
(角持ち・・・・・能力者だな)
角を持って生まれた者は、ほとんど竜に変化出来る・・・・・それは祖竜の血を濃く受け継いだ証でもあるのだ。
本来ならば希少な存在として大切に育てられてしかるべき存在がなぜこんな場所にいるのか、蒼樹は長い王の不在が竜人界の規
律をも揺るがせ始めたのだろうかと不安が湧き上がる。
(いったい誰の子だ・・・・・?)
以前、この地に流されたという、反逆者の王族なのか・・・・・。
また何か自分に災いが降りかかってくるのかと思うと、蒼樹は新しく見付かったこの赤ん坊を素直に祝福するという気持ちにはなれな
かった。
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