竜の王様




第一章 
沈黙の王座



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※ここでの『』の言葉は日本語です






(こ、こいつ、また俺を・・・・・っ?)
 昂也は上から圧し掛かってくるグレンの顔を呆然と見上げた。
もう、あんなことは起きない・・・・・それは根拠の無い思いだったが、自分でも少しはこの世界のことに触れ、何人もと関わることでそん
な事を思っていた昂也。
特にグレンは昂也に対しては親愛などは欠片も無い上、出来るだけ視界にも入れないようにしているということが感じ取れたので(そ
のわりには視線が合うが)二度もあんな接触は無いだろう、そう思い込んでいた。
 「グレン!」
 叫ぶようにその名を呼んだが、グレンは顰め面をしたまま昂也が身に纏っていた服を剥ぎ取ろうとしている。風呂上りでストンと上から
被るような簡易な服を着ていた昂也は、たちまち足が剥きだしになってしまった。
 『う、うわ!触んなよ!』
 旅をしている間、しっかりと服を着ていたとはいえ、鋭い木先や岩などで肌には所々擦り傷がある。
それをグレンに触れられ、昂也はビクッと身体を震わせた。
 『ほ、本気か?俺、男だって!前ので分かってるだろっ?俺なんか抱いても気持ちよくないってば!』
昂也は何とかグレンの胸を両腕で押し返すと、気が変わってくれというように必死に訴えた。



(・・・・・煩い)
 紅蓮は一向に大人しく自分を受け入れようとしないコーヤに少し苛立っていた。
自分が抱くと言えば、誰もが自分から足を開いてきた紅蓮からすれば、コーヤのこの態度は全く解せなかった。
 「・・・・・」
 『う、うわ!触んなよ!』
 剥き出しになったコーヤの足に触れると、所々指先が引っ掛かる場所があった。視線を落とすと、それはどうやら治り掛けの擦り傷の
ようだ。
(こんな子供のような肌では傷付き易かっただろう)
蒼玉探しという旅を言い付けたのは自分自身だったが、自分の目の届かない場所でコーヤが傷付いたのは面白くなく、紅蓮は目を
眇めながらそれを見下ろす。
 その時、
 『ほ、本気か?俺、男だって!前ので分かってるだろっ?俺なんか抱いても気持ちよくないってば!』
いきなり今まで以上に大きな声で叫んだコーヤが、自分の胸を押し返してきた。
紅蓮ならば片手で掴めそうなほど細い腕にそうされても少しもぐらつくことは無かったが、そうまでして自分を拒絶しようとするコーヤの
気持ちが分からなかった。
どんなに受け入れがたくても、結局しばらくはこの竜人界にいなければならないコーヤにとって、時期竜王である、今この国で最高の
権力を持つ自分に従っていた方が楽に違いが無いはずだ。
 「・・・・・お前は、なぜに私を拒絶する?」
 『とにかく、身体をどけろって!』
 「むしろ、人間であるお前を抱いてやるのだ、自ら身体を開くぐらいしろ」
 『だーかーらー!俺の言葉は分かんなくっても、態度で十分読み取れよ!』
意味の分からない言葉を喚いているコーヤを見下ろしながら、紅蓮はもう何も言わずに足の間に手を入れていった。



 全く自分の言うことを理解してくれようとしないグレンに焦れた昂也だったが、いきなり足の間に手を入れられてビクッと身体が震えて
しまった。
風呂上りでまだ身体が温かい自分と、普段から体温の低そうなグレンの手の冷たさの差にびっくりしたのだが、そのまま手がどんどんと
上に移動してくると違った意味で身体が震えてしまう。
 『止めろ!』
自分のその言葉がとても虚しく思ってしまうが、昂也はそう叫んでいた。
体格でも体力でも数段違うだろう相手に、とにかく自分が嫌がっていることを伝えなけれならないと焦るが、それでもグレンの手は止ま
らず、更に・・・・・もう一度と開き掛けたコーヤの唇にいきなりキスをしてきたのだ。
 『!』
 それは、新たな衝撃だった。
もちろん身体の奥深くを犯されるセックス(いや、あれは強姦だ)ももちろんだが、キスをされるという行為は今まで守ろうとしていた自分
の意思まで覆い尽くされた気がした。
(い・・・・・やだ、嫌だ、嫌だ!)
 男同士のセックスなんておかしい。
だが、それ以上に暴力的な行為はおかしい。
悔しくて、目尻に涙が浮かんできた昂也は、諦めたように押し返そうとしていた手から力を抜き掛けた。
(抵抗したってヤラレるんなら・・・・・痛くない方がよっぽどいい)
 前回は抵抗し続けたので、あの部分が出血するほどに傷付いたのだ。
諦めた方が、自分の心も身体も楽だ・・・・・そう思い掛けた昂也だったが、心のどこかで、全てを諦めきれない思いがあるのを無視す
ることもやっぱり出来ない。
(本当に・・・・・いいのか・・・・・?)
 何も抵抗せず、受け入れて、本当に自分は後悔しないだろうか?
 「コーヤ」
昂也が身体から力を抜いたことで抵抗を止めたと思ったのか、グレンの気配が少し柔らかいものに変わった。
まるで女に対しているように・・・・・そう思った瞬間、昂也の中の負けず嫌いの虫がザワザワと騒ぎ出した。
 『男が諦めてどーするんだよ!!』
 「・・・・・っ」
 いきなり、昂也は振り上げた足でグレンの腹を蹴り上げると、突然の反撃で体勢を崩したグレンの腕の中から素早く逃げてベッドの
横へと降り立った。
 『生憎、俺は諦め悪いんだよ!!』
半分服を脱がされ掛けたまま、それでも昂也はグレンを真っ直ぐに睨み返した。



 「・・・・・っ」
 腹に鈍い衝撃が走った。
それはとても致命傷を負うほどの強いものではなかったが、今この瞬間自分を受け入れようとしていたコーヤが何をしたのか考えること
が出来なくて、不覚にも紅蓮は僅かだが拘束の手を緩めてしまった。
 『生憎、俺は諦めが悪いんだよ!!』
 寝台の横に立ち、そう言いながら自分を睨み付けてくるコーヤ。その視線は反感や拒絶といった光よりも、屈しないという強い意志
が感じ取れた。
 「・・・・・」
服は紅蓮が乱したまま、顔色も青褪めているのに、それでも自分の足で立つコーヤ。
紅蓮はなぜか・・・・・そんなコーヤの姿に見惚れてしまった。
 『せめて、俺のフルネーム言える様になってから押し倒せ!』
 一気に何か言ったコーヤは、そのまま部屋から飛び出していく。
紅蓮はその小さな背中を引き止ることが出来なかった。



 「コーヤっ?」
 「シオン!」
 部屋から飛び出した昂也は、なぜかドアの前に立っていたシオンの身体にぶつかってしまったが、倒れる前にその身体はシオンにしっ
かりと抱き止められた。
シオンはざっと昂也の全身に目を走らせ、服の乱れを眉を潜めて直してくれながら言う。
 「いったい、何があったんです?紅蓮様は・・・・・」
 『ごめんっ、逃げる!』
今ここで掴まってしまったら、今度こそ押し倒されて最後までされるような気がする。
そうなる前にと、昂也は引き止めるシオンの腕を振り払って駆け出した。
(ど、どこっ、どこに行けばいいんだっ?)
 この建物の中にいる限り、グレンの目の届かない場所というものは無いだろう。それでも、どこかグレンが見落とすような場所があるは
ずだ・・・・・そう思いながら走っていた昂也は、いきなり別の方角から現れた人影にぶつかってしまい、そのままあっと尻餅をついてしまっ
た。
 『いったあ〜!』
 「・・・・・何をしている」
 『・・・・・うわ、最悪』
思わず漏れてしまった言葉を慌てて口元に手をやって誤魔化しながら、昂也は廊下にへたり込んだ格好で相手を見上げた。



 「紅蓮様」
 掛けられた声に紅蓮は直ぐに振り向かなかった。
 「紅蓮様、コーヤが今・・・・・」
 「分かっておる」
 「あのような格好で逃げ出すなど、コーヤに何をされたのですか」
静かながら、紫苑は紅蓮に意見をしていた。
四天王の中でも穏やかな気質の紫苑が紅蓮に反意を示すことなど今まで皆無だったが、コーヤが現れてから紫苑は明らかに変わっ
た。その変化は必ずしも紅蓮にとっては良いものではない。
 「・・・・・あの者は、なぜに私を受け入れぬ」
 「紅蓮様・・・・・」
 「大人しく私の庇護の元に暮らしておれば、悪いようにはしないものを」
 紅蓮とコーヤを比べれば、体格はもちろん力も遥かに紅蓮が勝っている。今も、コーヤの反撃に驚きはしたものの、その腕を再び掴
もうとすれば容易に出来たはずだった。
それなのに、むざむざこの腕の中から逃してしまったのは、紅蓮の竜人としての矜持が働いたからだ。

 竜人である自分が、これほどまでに人間を欲しいと思うはずが無い。

あの時コーヤを抱いたのはあくまでも言葉を分からせる為の方法の一つだ。結局、コーヤは竜人界の言葉が分からないままだったが。
 「コーヤを捜せ」
 「紅蓮様」
 「連れて来ずとも良い。あのまま宮の外に出られても困るからな」
今日、コーヤを抱こうとした自分と、逃げられて追い掛けない自分。
今までならば考えられない自身の行動の数々に、紅蓮は確かに変わろうとしている自分の内面を見つめないではいられなかった。