竜の王様
第四章 勝機を呼ぶ者
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※ここでの『』の言葉は日本語です
扉が閉まり、4人の姿が消えた瞬間、紅蓮は浅緋に命令した。
「奴らが何時攻撃を仕掛けてくるのか分からん。急ぎ、兵士を戦いの形態に。攻撃だけではなく、守りも怠るなっ」
「はっ」
「白鳴っ、お前は各地に伝令を飛ばせ。反意を持つ者があの3人だけとは限らぬはずだ。どこの地にその芽が芽吹いているのか早
急に調べるように」
「はっ」
「目覚めた赤子達は危険の及ばぬ場所に早急に移せっ」
紅蓮の命を下す声を遠くで聞きながら、紫苑は今のコーヤと聖樹達の対面を思い出していた。
(聖樹殿は、どう思われたのか・・・・・)
人間界へと向かった碧香の代わりに、竜人界へ人間が1人やってきたことは報告をしていた。しかし、それがどんな者か・・・・・性別を
含め、その性格は報告をしていない。
その後、紅蓮とどのように係わっていたのか、もちろんそれも伝えていないので、幼い頃から少年期の紅蓮を見知っている聖樹にす
れば、普通にコーヤと会話し、その身体に触れる紅蓮の姿というのは驚き入った光景だっただろう。
(コーヤを利用するというようなことも言われていたが、いったい・・・・・)
頭のいい彼のことだ、きっと何か・・・・・。
「紫苑」
「・・・・・黒蓉殿」
不意に声を掛けられた紫苑は顔を上げた。
考えごとをしていたせいか近付いてくる気配に気付くのが遅れてしまった。それに内心後悔しながらも、表情は少しも変えずに紫苑は
振り返る。
「何か?」
「話がある」
「・・・・・最近、黒蓉殿は私と話すことが多くなりましたね。嬉しいことですが、少し、怖くも思いますよ」
聖樹がこの王宮にまで乗り込んできて、実質的な宣戦布告をした。
今まで疑いは持っていたかもしれないが、まさかと打ち消したであろうことを黒蓉は確かめようとするのだろう。
(私も・・・・・覚悟を決めなければならないかもしれない)
聖樹からは情報収集の為に、自分がどちら側についているのか分からぬようにしておけと言われているが、何時までも隠しとおせるこ
とではないということも十分分かっていた。
部屋の中がざわめき、グレンが厳しい口調で何事か指示している。
今緋玉のおかげでこの部屋の中の会話は十分聞き取れている昂也は、今から何が起こるのか薄々と感じ取っていた。
『コーゲン、戦争が起きるのか?』
『・・・・・争いは避けられないだろうね』
『今ここにいたおじさんとだろ?あの人、そんなに力があるのか?』
昂也から見れば、ただの短気で強引な男であるグレンだが、それでもこの国の王子様である。いずれは(無くなった2つの玉が見付
かれば)王様になるその男に、あんなにも堂々と喧嘩を吹っかけるとは相当な自信があるように見えた。
しかし、コーゲンは昂也の言葉の別の所に引っ掛かったらしい。
『ははっ、あの聖樹をおじさん呼ばわりするのはコーヤくらいかもな』
『え・・・・・そんなに凄い人?』
『以前は、この竜人界で最高の武将と言われた人だ。剣の技術だけでなく、頭も相当によく、竜に変化も出来る。全てにおいて最
高の竜人だと謳われた方だな』
『そんな人が、どうして王子であるグレンに反抗するんだ?』
『さあ・・・・・そこには色んな事情があるんじゃないかな』
どちらかといえば、全く知らないでそう言っているというよりは、何らかの事情を承知の上で言葉をごまかされているような気がした。
ただ、今コーゲンをここで問い詰めたって何の意味もないように思える。
過去、あの男がどんなに立派な男だったとしても、今その自分の世界の王子に反旗を翻しているのは事実で・・・・・いや。
(・・・・・あれ?俺って、この世界のこと知らないのに、どうしてグレン達の方が正しいなんて思ってんだろ・・・・・)
幾ら王子様とはいえ、いい人物とは限らない。
もしかしたらとてつもない悪政を行ったりしていて、あの男達が反発しているのかもしれない。
『・・・・・』
昂也は部屋の中にいる者達に順に視線を向けた。
それぞれの名前も知っていて、少しだけだが性格も分かるようになっている。
『・・・・・』
『ん?』
『なんだ、可愛い顔して』
自分の側にいるコーゲンやスオーも、一緒にいる時間が多かったせいか、性格はともかく信用出来る相手だと思っている。
(俺・・・・・)
『・・・・・信じてみるか』
『コーヤ?』
グレンという人物をどこまで信用していいのか分からないが、あのシオンが仕え、嫌々な態度ながらも(はっきり口でも言っていた)協
力を申し出てくれたコーゲンとスオーが付き、昂也にとって一番の親友である龍巳が信じているアオカの兄なのだ。
素直に本人を信じていると言えない所が少し弱いが、それでも昂也は自分も出来ることは協力しようと思った。
(でも、出来れば戦争なんてしない方が・・・・・)
『あ』
『コーヤ、さっきからどうした?』
『俺、違う方から攻めてみようかな』
『はあ?』
怪訝そうな顔をするスオーに、昂也はへへっと笑ってみせる。
(せっかくここにいるんだし、戦争を止めたら俺はヒーローじゃん)
誰の命も失わず、出来れば怪我もさせないまま、なんとか考えて今回の争いを止めてみようと思った。要は、一刻でも早く、グレンを
この世界の王様にすればいいのではないか?
(玉、玉だよな)
2つの玉とやらを一刻も早く見付けよう・・・・・昂也はそう決意して拳を握り締めた。
『碧香、大丈夫か?』
側で見ている限りは、多少顔色は青褪めていたもののしっかりと気丈にしていた碧香だったが、その気を張ってみせる相手がいなく
なってしまった途端に気力が萎えてしまわないかと、龍巳の手は自然と碧香の腰を抱いていた。
『・・・・・私は大丈夫です。東苑、今の話・・・・・』
『ああ。緋玉というのかな、あの玉のおかげで俺にも話は聞こえた』
『叔父上は本気で・・・・・兄様に刃を向けられるつもりのようです』
『うん』
『・・・・・この世界は、戦火に包まれてしまうのでしょうか・・・・・』
碧香の心配は良く分かる。
人間界でも、今だ戦争はどこかの国で起こっていて、遠い国の話ながら、龍巳も戦争というものは嫌なものだと思っていた。
それが、碧香にとっては自分の国で今まさに起ころうとしている戦いだ。どんなに心を痛めているのか・・・・・多分、想像するよりももっ
と辛く、悲しいことだろう。
どうにかしてやりたいと思うが、自分に何が出来るか分からない。多少力が使えるようにはなったものの、どう考えたって力の大きさの
違いは目に見えている。
(どうしたら・・・・・)
『トーエン!』
そんな龍巳の耳に、太陽のように明るい声が聞こえた。
『昂也』
後ろに2人の竜人を従えたまま駆け寄ってきた昂也は、内緒話をするように小声で言った。
『俺達も作戦たてようぜ』
『作戦?』
『この争いを止める作戦に決まってんじゃん!戦争は良くないって、お前も思うだろ?』
『昂也・・・・・』
『この世界の常識は、俺達には通用しないものかも知れないけどさ、どんな世界だって戦争っていうのは嫌なもんだし、出来たら避
けたいじゃないか。お前、凄い力が使えるようになったんだろ?お前と、このコーゲンとスオーの力借りて、俺達、戦争を止めたヒーロー
になろうぜ』
あまりに昂也らしい言葉に、龍巳は思わず笑ってしまった。
(全然変わってないな・・・・・)
子供の頃から元気で親分肌の昂也は、ヒーローごっこをする時も何時もヒーローの役だった。
しかし、最初にヒーローになり、悪者役を倒すと、昂也は周りの子分達にもヒーローの役を譲った。そのへんは、昂也は理想的な親
分だったように思う。
一度それを褒めた時、
『なんかさあ、悪役もカッコいいじゃん?』
そう言って、龍巳の考えを覆してくれたが。
『何、ぼーっとしてるんだよ!早く考えないと戦争が始まっちゃうって!』
『・・・・・うん、そうだな』
『アオカ、アオカも協力してくれよな』
昂也は碧香にも協力してくれと訴え、碧香も昂也の手を握り締めて、何度も何度も頷いている。
どうしたらいいのかと分からなかった暗闇の中に灯った光。竜人界の問題に、人間の自分が立ち入ることは出来ないかもしれないと
思っていた龍巳だったが、希望というものはあると確信した。
黒蓉が紫苑を連れて行ったのは神殿だった。
「・・・・・ここでよろしいのですか?」
神殿は、紫苑の領域だ。そう思ったのか訊ねてきた紫苑に、黒蓉は顎を引いて同意を示した。他の部屋よりも、ここが一番人目を
遮断出来ると思ったからだ。
「紫苑」
「はい」
「お前は私達を・・・・・紅蓮様を裏切っているのか?」
「・・・・・どうしてですか?」
直ぐに、違うと否定しなかったことが答えのような気がするものの、それでもはっきりと是という言葉を聞かない限り信じたくなかった。
黒蓉はその細い肩を掴んで揺さぶりたくなるのを拳を握って抑え、出来るだけ冷静にと自分自身に言い聞かせながら疑問をぶつけ
た。
「碧香様がお前の名を出した」
「・・・・・」
「理由はなんだ?」
「・・・・・」
「何の為に紅蓮様を裏切るっ?」
四天王として、紅蓮に選ばれた立場なのに、何の反意を持つ理由があるのか黒蓉には分からなかった。
始めから紅蓮に対して思うことがあればこの就任を断ればよかったはずで・・・・・紅蓮に一番近い地位に就いてから反意を持つことに
なるなど、黒蓉にはとても考えられない。
だからこそ、その線引きがどうしても知りたいと思った。
「紫苑!」
それでも、紫苑は静かな表情で黙っていた。まるで激昂している黒蓉の方がおかしいとでも言うように、憐れな者を見るような眼差し
を向けている。
「紫苑!!」
「・・・・・黒蓉殿。あなたはなぜ私のことを紅蓮様に伝えないのです?」
「なに・・・・・」
「それも、立派に紅蓮様を裏切る行為なのではありませんか?」
「!」
唐突に言った紫苑の言葉に、黒蓉は一瞬息をのむ。仲間を思っての自分の態度を皮肉るようなことを紫苑が言うとは思わず、黒
蓉は厳しいと思っていた自分の方こそ甘かったのかと思い知ることになった。
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